千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

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 「なっ……なんだこれは!」

 少しして、部屋の中から水継さんの声が響いた。

 思わず廊下で肩が跳ねる。

 式神の人たちに運んでもらった器は、低い卓の上にずらりと並んでいた。

 神様に出すものが分からなくて、かなり調べた。お米、お酒、塩、水、野菜、果物、お菓子。
 神様へのお供えには、そういうものが多いらしい。

 いきなり本格的な神饌(しんせん)は用意できない。

 だから、調べたものを参考にしながら、わたしに作れるものを少しずつ膳に整えることにした。

 家でもよく作っていた出汁巻き卵に、桜えびと山菜を混ぜたおにぎり。
 薄く塩を振ったきゅうりと大根の浅漬け、小さく切った季節の果物。
 白玉には、桜のシロップを寒天でゆるく固めたものを添えた。
 それから、豆腐と三つ葉の味噌汁。

 特別な料理ではない。

 けれど、白い小皿や浅い椀に盛りつけると、思っていたよりもきちんと見えた。

 「うまい! うまいぞ!」

 水継さんの声が、さらに大きくなる。

 無骨で近寄りがたい神様だと思っていた水継さんは、真剣な顔で箸を進めていた。
 しかも、かなりの勢いで。

 豪快に頷きながら食べる水継さんの横で、宵白さんは表情ひとつ変えず、ぱくぱくと次の皿へ箸を伸ばしている。

 対照的なのに、どちらも遠慮がない。

 「我らは緋桜殿のように、いくらでも人の形を保てるわけではない。ここへ来るだけでも、それなりに腹が減るからな」

 口に合わなかったらどうしようと思っていたから、ひとまず胸を撫で下ろす。
 ただひとり、緋桜さんだけは黙っていた。

 低い卓の向こうで、器を前にしたまま動かない。表情も、少しだけ読みにくい。

 「緋桜殿は食わんのか?」

 水継さんが不思議そうに尋ねる。

 「俺は――」

 むぐ。
 
 宵白さんが、何のためらいもなく、緋桜さんの口におにぎりを押し込んだ。

 「……宵白」
 「おいしいよ?」

 宵白さんは平然としている。
 緋桜さんは何か言いたげにしたけれど、口に入っているので何も言えない。

 もぐ、もぐ。

 静かに咀嚼して、沈黙。

 怒っているわけではなさそうだ。
 でも、いつものようにやわらかく笑っているわけでもない。

 もしかして、口に合わなかったのだろうか。

 そう思ったところで、緋桜さんが静かに立ち上がった。

 「朱里」
 「は、はい」
 「少し、いい?」

 呼ばれたのは、廊下だった。

 部屋の中では、水継さんがまだ「この甘い蜜はなんだ」と柏に尋ねている。
 宵白さんは何事もなかったように、次の皿へ箸を伸ばしていた。

 わたしは緋桜さんのあとを追って、廊下へ出る。

 障子が静かに閉まった。

 「あの……すみません。やっぱり、余計なことでしたか?」
 「そんなことないよ」
 「でも、緋桜さん、ずっと黙っていたので……」

 「……いや」

 緋桜さんは、少しだけ視線を外した。

 「美味しいに決まっている」

 そこで言葉を切った緋桜さんの頬が、ほんの少し赤くなっていることに気づく。

 「ただ、少しだけ」

 めずらしく、言いづらそうにしている。

 「朱里の手料理を、あの二人に先に食べさせるのが惜しかった、というか……」

 拗ねたような声だった。

 いつも穏やかで、何でも見透かしているみたいな緋桜さんが、そんな顔をするなんて思わなかった。

 胸の奥が、どきんと跳ねる。

 「ま、また作ります」
 「いいの?」

 思ったより早く返事が返ってきて、今度はわたしのほうが戸惑ってしまう。

 「もちろんです。緋桜さんが望むなら」

 少しだけ息を吸う。

 「好きなものを、好きなだけ」

 口にしてから、それがいつか緋桜さんがわたしに言ってくれた言葉だと気づいた。

 あのとき、わたしはその言葉に救われた。
 今度は、その言葉を緋桜さんに返したかったのかもしれない。

 緋桜さんは、驚いたように目を見開いてから、ふっと表情をやわらげた。

 「それは、楽しみだね」