千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

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 会合の場に通されたのは、久遠神社の奥にある広い一室だった。

 畳敷きの部屋の中央には低い卓があり、壁際では桜の枝を模した灯りがほのかにともっている。
 障子越しに差し込む久遠桜の淡い光が、部屋の空気まで薄紅に染めていた。

 低い卓の向こうには、すでに二人の神が待っていた。

 ひとりは、大柄な男の人だった。

 短く切った黒髪に、広い肩。
 濃紺の衣をまとった姿は、神様というより、荒れた川岸の岩がそのまま人の形になったみたいに無骨だった。

 もうひとりは、小柄な少年の姿をしていた。

 さらさらと長い水色の髪が、肩から背中へ流れている。
 眠たげな目は、こちらを見ているようで、どこか遠い夜の奥を見ているようでもあった。

 緋桜さんがわたしを隣に座らせると、部屋の空気が自然と引き締まった。

 「今日は、よく集まってくれた」

 静かな声が、低い卓の上に落ちる。

 「先に紹介しておく。彼女は千歳朱里。千歳本家の血を引く巫女で、今年の奉納祭で久遠桜の前に立つことになる」

 背筋が、ぴんと伸びた。

 「あ、あの……千歳朱里です。よろしくお願いします」

 慌てて頭を下げると、大柄な男の人が短く頷く。

 「西の八雲神社を預かる、水継(みつぎ)だ」

 八雲は、久遠桜へ届く祈りのうち、水や道中安全にまつわるものを受け止める社なのだという。
 川の無事や旅の安全、遠くへ行った人が無事に戻ること。そうした願いが、八雲を通して久遠桜へつながっていく。

 「八雲の家の者が世話をかけた」

 なんのことだか、すぐには分からなかった。

 「八雲の家、それも男児でありながら、水辺で乙女ひとり守れぬとは言語道断。おまけに緋桜殿の手まで煩わせるとは、まったく、あの小僧は何をしていたのか」

 その言葉で、ようやく彼が言っているのが京介のことだと気づく。

 川でのこと。学校でのこと。雛乃とのこと。いろいろなものが、一瞬で胸の奥をよぎった。

 「い、いえ……」
 「あの小僧の不始末は、八雲の不始末だ」

 水継さんは大きな体を折り、わたしに深く頭を下げた。

 「小僧に代わり、俺から詫びる。朱里殿」

 無骨で、短くて、まっすぐな謝罪だった。
 何を言えばいいのか分からないまま、わたしも小さく頭を下げ返す。

 「北の月代神社の、宵白だよ」

 白い少年が、眠たげな声でそう名乗った。

 北の月代神社は、久遠桜へ届く祈りのうち、学びや知恵、進む道にまつわるものを受け止める社だと聞いている。
 これから進む道に迷う者たちの願いが、月代を通して久遠桜へつながっていく。

 さっきまで低い卓の向こうに座っていたはずの宵白さんが、小さく瞬きをした。

 その姿が、ふっと揺れる。

 次の瞬間、畳を滑るように近づいてきた宵白さんは、もうわたしの目の前にいた。

 「……っ」

 息を呑む暇もない。

 ひやりとした指先が、わたしの顎に触れる。
 軽く持ち上げられ、眠たげな瞳に真正面から覗き込まれた。

 「君は……“あの子”の……」

 見られている、というより、心の奥まで覗かれているみたいだった。

 「勝手な振る舞いはよしてくれ、宵白」

 緋桜さんの声が、低く落ちる。

 さっきまでの穏やかさとは違う、少しだけ鋭い声だった。

 宵白さんは顎から手を離した。けれど、視線だけはわたしから外さない。

 「彼女は、初音と同じ魂を持つ者だ」
 「なっ……」

 水継さんの大きな体が、わずかに強張った。

 初音さんのことを、この人たちも知っている。
 その事実に、胸の奥がざわついた。

 宵白さんは、ふうん、と小さく息をつく。
 眠たげな目の奥で何かを確かめるように、わたしを上から下まで眺めた。

 「それで今日、ここに?」
 「そういうことだ」

 緋桜さんは短く答え、水継さんを見る。

 「暁乃(あけの)は」
 「持ち堪えている。ただ、しばらくは動けないだろう」

 部屋の空気が少し重くなった。緋桜さんが、わたしへ視線を戻す。

 「朱里。南の日輪神社のことは、聞いたことがある?」
 「南の郵便局のそばにある神社、ですよね。前に七姫と通りました。お祭りの提灯がたくさん出ていたところ……」
 「ああ。久遠神社に連なる四社のひとつだ。日輪は、久遠桜へ届く祈りのうち、家内安全や商売繁盛、健康、実りにまつわる願いを受け止める社だよ。そこを預かる神が、暁乃。本来なら、今日ここへ来るはずだった」

 緋桜さんの指先が、低い卓の上で静かに止まる。

 「暁乃は一昨日、堕神に襲われた」
 「……!」

 夢の中で見た、あの男の顔が浮かんだ。

 顔に痣のある男。

 初音さんを刺し、今はわたしの魂を狙っている相手。

 「堕神は、この時代の神の力まで喰い始めている。力をつけながら、久遠桜の巫女を狙っているんだと思う。俺がそばにいる間は、そう簡単には近づけないだろうけど……祭りの間も、こちらで厳重に守らせてもらう」

 堕神は、もう遠い夢の中の存在ではない。
 この町の神様まで襲い、奉納祭のすぐそばまで近づいている。

 「そのためにも、奉納祭の朝までに装束の浄化を済ませておく必要がある」

 水継さんが腕を組んだまま頷いた。

 「久遠桜の巫女は、装束をそのまま身につけるわけにはいかぬ。ただの衣では、久遠桜の前に立つには足りない。四社の祈りを通して、ようやく奉納祭の巫女装束となる」
 「四社の祈り……?」

 聞き返すと、宵白さんの指先が卓の木目をゆっくりとなぞった。

 「東の久遠、西の八雲、南の日輪、北の月代。それぞれの社で清めた札を浄化の間へ納め、祭壇の四隅で燃やす。その煙で小さな結界を張るんだ。結界の内側に置かれたものは、四社の祈りを通して清められる。衣も、扇も、神事に使う道具も、そこで初めて久遠桜の前に出せるものになるんだ」

 煙に変えて、衣へ移す。
 白い布が、静かな煙に包まれる光景が頭に浮かんだ。

 「初音さんも、そうしていたんですか?」

 思わず尋ねると、水継さんが短く首を横に振る。

 「いや、あの時代には我らはまだ神ではなかったからな。おおよそ三百年ほど後だ」

 三百年。

 久遠桜の神である緋桜さんが先にいて、そのあと長い年月をかけて、町の四方に祈りが積もった。
 水継さん、暁乃さん、宵白さんが神として形を得たのは、そのずっと後のことなのだ。

 「だから、この浄化の儀も、千年前にはまだなかった。人々の祈りも、未練も、痛みも、あの頃はすべて久遠桜へ集まっていた。初音も、その多くをひとりで受け止めていた」

 夢の中で見た、白い衣の少女。

 里の人々の願いを預かり、久遠桜の前に立っていた初音さん。

 「巫女装束と道具一式は、もう浄化の間に納めてあるはず。日輪と月代の札は、すでに納められていると聞いた。八雲の札も、あの坊主がそろそろ届けに行くはずだ」

 水継さんが苦々しげに眉を寄せた。

 その言い方で、今日来るのが京介なのだと分かった。

 「最後に、奉納祭の朝、俺が久遠神社の札を加える。四つの札が揃い、浄化が終わって初めて、その装束は久遠桜の巫女のためのものになる」

 奉納祭まであと三日。おばあちゃんが呉服屋さんに頼んでくれた巫女装束は、まだわたしの手元にはない。

 仕立て上がった装束は、久遠神社へ運ばれ、浄化の間に納められている。
 袖を通すのは、奉納祭の朝。清めの儀式を終えたあとだ。

 だから、どんな装束なのか、わたしはまだ知らない。

 「浄化が終われば、その衣は朱里を守るものにもなる。堕神とて、迂闊には近づけないはずだ」

 わたしが身につける装束は、ただの衣ではない。

 四つの社の祈りを受け、この町に積み重なってきた思いをまとって、久遠桜の前に立つためのものなのだ。

 その重さが、胸の奥に静かに沈んでいく。
 水継さんが、改めてこちらを向いた。

 「久遠桜の前に立ち、町の祈りを届けられるのは、千歳の巫女だけだ」

 水継さんは大きな体を折り、深く頭を下げた。

 「八雲の神として、俺からも頼む。奉納祭のこと、よろしく頼む。朱里殿」

 神様にそんなふうに頭を下げられるとは思わなくて、わたしは慌てて姿勢を正した。

 「私にできることなら、精いっぱいやります」

 緋桜さんが、わたしの方へ少しだけ体を向けた。

 「朱里に聞いてほしかった話は、ここまでだ。このあとは細かな確認になるから、先に外していて大丈夫だよ」
 「はい」
 「俺はもう少し残る。終わったら呼びに行くから」

 そう言われて立ち上がりかけたところで、ふと思い出す。

 「あの……もしよかったら」

 三人の視線が、一斉にこちらへ向いた。

 急に恥ずかしくなって、指先に力が入る。