***
その頃、雛乃の家には、息苦しい空気が沈んでいた。
居間に呼ばれた時点で、嫌な予感はしていた。
テーブルの向こうで、ママが苛立たしげにスマホを置く。
「さっき、お母さんから電話があったわ。今年の奉納祭、朱里さんが巫女を務めるそうじゃない」
朱里が、巫女を。
頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。
知らなかった。
巫女の儀式に正式に立てるのは十七歳から。だから今年は、自分の番だと思っていた。
町の人たちの前で、綺麗な巫女装束を着て、久遠桜の前に立つ。
みんなが見ている中で、千歳の娘として認められる。
やっと、私の番が来るはずだったのに。
「もう巫女装束まで用意しているって聞いたわ。あれだけ、今年は雛乃にってお願いしていたのに」
ママの声が、胸の奥をじりじりと焼いた。
パパは腕を組んだまま、大きくため息をつく。
まるで、私が失敗したみたいに。
「朱里さんには、自分から無理だと言ってもらえばいい。体調でも、学校での立場でも、理由はいくらでもあるだろう。人前に立てない事情があれば、本家も無理は言えない」
簡単に言わないでほしい。
そんなこと、私だってとっくに考えている。
できるなら、今すぐ朱里を巫女の座から引きずり下ろしたい。
でも、あの日のことが頭をよぎる。
校門前で、緋桜が告げた言葉。
朱里がこの学校で傷つくようなことがあれば、桜小路家への敵対行為と見なす。
誰が相手でも、例外はない。
あれ以来、クラスの子たちは前みたいには動かなくなった。
私が何か言っても、笑って頷くだけで、朱里に手を出そうとはしない。
みんな、私の味方をやめたわけじゃない。
ただ、自分が巻き込まれるのを怖がっているだけ。
「分かってる」
このままじゃ全部持っていかれる。
京介くんも、学校での立場も、町の人たちの視線も、久遠桜の巫女まで。
どうして。
ずっとこの町にいたのは、あたしなのに。
「ちゃんと考えるから」
その頃、雛乃の家には、息苦しい空気が沈んでいた。
居間に呼ばれた時点で、嫌な予感はしていた。
テーブルの向こうで、ママが苛立たしげにスマホを置く。
「さっき、お母さんから電話があったわ。今年の奉納祭、朱里さんが巫女を務めるそうじゃない」
朱里が、巫女を。
頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。
知らなかった。
巫女の儀式に正式に立てるのは十七歳から。だから今年は、自分の番だと思っていた。
町の人たちの前で、綺麗な巫女装束を着て、久遠桜の前に立つ。
みんなが見ている中で、千歳の娘として認められる。
やっと、私の番が来るはずだったのに。
「もう巫女装束まで用意しているって聞いたわ。あれだけ、今年は雛乃にってお願いしていたのに」
ママの声が、胸の奥をじりじりと焼いた。
パパは腕を組んだまま、大きくため息をつく。
まるで、私が失敗したみたいに。
「朱里さんには、自分から無理だと言ってもらえばいい。体調でも、学校での立場でも、理由はいくらでもあるだろう。人前に立てない事情があれば、本家も無理は言えない」
簡単に言わないでほしい。
そんなこと、私だってとっくに考えている。
できるなら、今すぐ朱里を巫女の座から引きずり下ろしたい。
でも、あの日のことが頭をよぎる。
校門前で、緋桜が告げた言葉。
朱里がこの学校で傷つくようなことがあれば、桜小路家への敵対行為と見なす。
誰が相手でも、例外はない。
あれ以来、クラスの子たちは前みたいには動かなくなった。
私が何か言っても、笑って頷くだけで、朱里に手を出そうとはしない。
みんな、私の味方をやめたわけじゃない。
ただ、自分が巻き込まれるのを怖がっているだけ。
「分かってる」
このままじゃ全部持っていかれる。
京介くんも、学校での立場も、町の人たちの視線も、久遠桜の巫女まで。
どうして。
ずっとこの町にいたのは、あたしなのに。
「ちゃんと考えるから」


