千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 緋桜さんに教わりながら、箱の中の手紙を一枚ずつ藤棚に結んでいく。

 ただ枝に結べばいいわけではない。

 細長い和紙の端を少しだけ折り、白い紐を通す。
 藤の枝にかけたあと、小さな輪を作って、もう一度紐をくぐらせる。
 最後に余った端を、花房の流れに沿うように垂らす。

 強すぎると和紙が傷み、弱すぎると風でほどけてしまう。

 「こんな感じですか?」
 「うん。上手だよ」

 最初は輪の大きさが揃わなかったり、紐の向きを間違えたりしたけれど、何枚か結ぶうちに、少しずつ形が整ってきた。

 問題は結びつける場所だ。

 低い枝なら、背伸びをすればどうにか届いた。けれど、藤棚の奥のほうは少し高い。

 「ん……届かないな……」

 もう一度背伸びをした、そのときだった。

 「朱里」

 背後から呼ばれたと思った瞬間、腰に腕が回る。

 「ひゃ!?」

 ふわりと体が浮いた。

 驚いて息を呑むと、すぐ耳元で緋桜さんの声がする。

 「これで届くだろう?」

 緋桜さんの腕が、後ろからわたしの腰をしっかり支えていた。

 そのまま、まるで重さなんてないみたいに持ち上げられる。

 ぐっと視界が高くなり、さっきまで届かなかった枝が目の前に来た。

 たしかに届く。

 けれど、それどころではなかった。

 腰を支える腕は、思っていたよりずっとしっかりしていて、逃げ場がないくらい近い。
 背中には緋桜さんの胸元が触れ、耳元でかすかな衣擦れの音がする。

 手紙を結ばなきゃいけないのに、指先がうまく動かない。

 どうにか紐を輪に通し、花房に沿うように端を垂らす。
 最後にそっと引くと、白い手紙が藤の花房のあいだで小さく揺れた。

 「あ、ありがとうございます……」
 「どういたしまして」

 やがて足先が玉砂利に触れ、ゆっくりと地面へ戻される。

 けれど腰に残った手の感触だけが、いつまでも消えない。
 緋桜さんは何も気づいていないみたいに、次の手紙を手に取った。

 「次は、あっちに結ぼうか」

 緋桜さんはいつも優しい。わたしを大切に扱ってくれるし、守ろうとしてくれる。

 でもそれは、わたしが初音さんの生まれ変わりだからかもしれない。
 千年かけて探していた魂を、今度こそ失いたくないだけなのかもしれない。

 それなら、この胸の高鳴りは、どこへ置けばいいのだろう。

 藤の花房が、風に揺れる。
 胸の奥の小さな棘も、それに合わせるように、ちくりと痛んだ。