千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜



 ***

 久遠桜の根元で、誰かを待っている。

 白い衣の袖が夜風に揺れ、胸元では小さな願い札を握りしめていた。
 月明かりの中を、桜の花びらがゆっくりと流れていく。

 ――また、あの夢だ。

 白い衣をまとい、腰まで届く黒髪を揺らしている少女。
 彼女の名は、初音と言っただろうか。

 初音はいつものように、久遠桜の根元で緋桜さまを待っていた。
 足元には、月を映した小さな池がある。

 ふと、初音が水面を覗き込んだ。
 揺れる月明かりの中に、白い顔が映る。

 細い目元に、頼りなげな唇。
 どこか心細そうに立つその姿を見た瞬間、胸の奥が強く跳ねた。

 なぜ、今まで気がつかなかったんだろう。
 彼女は、どことなく私に似ている。

 まるで古い鏡を覗き込んでいるみたいだった。

 そのとき、初音の背後に影が落ちた。
 池の水面に、頭巾を深くかぶった男の姿が映る。

 「すみません。道を教えてくれませんか」

 初音が振り向いた。

 客人が迷い込んでしまったのだろうか。

 そう思った瞬間、胸の奥に違和感が走る。

 ここは久遠桜の社の内側で、結界の中だ。
 ふつうの里人ですら、簡単には立ち入れない場所のはずだった。

 けれど、それに気づいたときには、もう遅かった。

 冷たい刃が、ぶすりと初音の胸を貫く。

 「あ……」

 初音の膝が崩れた。

 ここから先は、いつもと同じだった。

 笑い声を上げる男から守るように。
 血の海の中に倒れた初音を、駆けつけた緋桜さまが抱き起こす。

 「初音、しっかりするんだ、初音——!」

 その叫びを聞くたび、胸の奥が苦しくなる。

 けれど、今日はそこで終わらなかった。
 桜の影に立つ頭巾の男が、血に濡れた手のひらを月にかざしている。

 「ふははははっ、ついに、ついにやったぞ! ああ、温かい。これが巫女の血か」

 男は、うっとりと指先を見つめた。

 「だが足りぬ。まだだ。もっと力が要る」

 そのとき、風に煽られて男の頭巾がめくれた。
 初めて、初音を殺した男の顔が見える。

 藤色を帯びた白髪に、濁った金色の瞳。

 顔の右半分には、焼け痕のような薄い痣が広がっていた。
 焦げた花びらが肌に貼りついたようにも、黒ずんだ桜の枝が頬を這っているようにも見える。

 整った顔立ちのはずなのに、どこか均衡を欠いていた。

 「巫女も、神も、人の願いも。すべて喰らい、すべて我が糧にしてやる」

 濁った金色の瞳が、初音ではなく、夢を見ているわたしを射抜いた気がした。

 その瞬間、闇が大きく波打った。