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翌朝も、昨日と同じように車に乗った。学校が近づくにつれて、胸が重くなる。
「この辺りで……」
昨日と同じ角が見えてきたところで、小さく声をかけた。
けれど、車は止まらない。
そのまま、校門へ向かってゆっくり進んでいく。
「今日は、俺も途中まで一緒に行ってもいいかな。今年度の寄付金の件で、学校側と少し話があって」
「はあ……」
そういうものなのだろうか。
隣に座る緋桜さんは、今日は黒いスーツ姿だった。人前に出るときは、こうして“桜小路家の当主”の顔になるらしい。
すらりとした長身に、整いすぎた横顔。髪を軽く後ろへ流した姿は、いつもより少しだけ近寄りがたい。
……目の保養だな。
こんな状況なのに、思わずそんなことを考えてしまう。
そして、そう思ったのは、どうやらわたしだけではなかった。
校門の前で車が止まり、緋桜さんが先に降りた瞬間、周囲の空気が一気に変わる。
「え、誰……?」
「めちゃくちゃかっこよくない?」
「芸能人?」
登校中の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ていた。
「あ、あの……新しい先生とかですか?」
誰かが、おそるおそる尋ねる。緋桜さんは、穏やかな表情で生徒たちへ向き直った。
「俺は、桜小路緋桜と申します」
その場が、どよめいた。
桜小路緋桜。
この町に住む人間なら、その名前を知らない者はいない。
車の中で、わたしは降りるタイミングをすっかり失っていた。
この空気の中で出ていくのは、さすがに目立ちすぎる。
どうしよう。
そう思った瞬間、緋桜さんが振り返った。
「朱里、おいで」
差し出された手に、周囲の視線が集まる。
わたしはその手を取り、車を降りる。
「あれ、千歳さん……?」
促されるまま隣に立つと、集まっていた生徒たちの視線が一斉に突き刺さった。
緋桜さんは、わたしの手を自分の腕にそっと添えさせる。
「彼女——千歳朱里さんは、俺の婚約者だ」
次の瞬間、昨日までわたしに向けられていた軽蔑の視線が、驚きと戸惑いに塗り替わっていく。
その輪の中に、雛乃がいた。
ほんの少し前まで浮かべていた柔らかな笑みが、綺麗に消えている。
目を見開いたまま、唇だけが引きつっていた。その隣には、驚いた様子の京介もいる。
「もしも、の話ですが——」
その場が、しんと静まり返る。
「朱里がこの学校で傷つくようなことがあれば。俺はそれを、桜小路家への敵対行為と見なします」
緋桜さんの視線が、ほんの一瞬だけ雛乃に向く。
「誰が相手でも、例外はありません」
雛乃の顔から、さっと血の気が引いた。
緋桜さんは、にこりと笑う。
「朱里が学校に慣れるまで、どうかよろしくお願いしますね」
言葉は穏やかだった。
でも、そこにいた誰もが分かったはずだ。
これはお願いではない。
警告だ。
その直後だった。
「何の騒ぎだ」
校門のほうから、男性教師が足早に近づいてきた。
集まっていた生徒たちが、さっと道を開ける。
教師は最初、険しい顔でこちらを見ていたが、緋桜さんの姿を認めた瞬間、表情を強張らせた。
「さ、桜小路さん……!?」
緋桜さんは、何事もなかったように軽く会釈した。
「朝早くに失礼いたします。今年度の寄付金の件で、学校側と少しお話しできればと思いまして」
「も、もちろんです。こちらへどうぞ。応接室をご用意いたします」
教師は慌てて姿勢を正し、校舎のほうを示した。
さっきまでわたしを囲んでいた視線が、今度は緋桜さんと教師のやりとりに釘づけになっている。
去り際、緋桜さんはわたしに向けて耳打ちした。
「夕食は、朱里の好きなものにしよう。何がいいか、考えておいて」
緋桜さんは教師に案内され、校舎の奥へと歩いていった。


