***
放課後、校門を出る前にスマホを取り出した。
緋桜さんには、学校が終わる時間に迎えに来ると言われていた。けれど今は、会いたくなかった。
こんな惨めな顔を見られたら、その場で泣いてしまいそうだったから。
なにより、優しくしてくれる彼に、これ以上心配をかけたくなかった。
指先で、画面を打つ。
緋桜さんと連絡先を交換したのは昨日のことだ。
スマホは持っていたものの、電話機能くらいしか使っていなかったらしく、今後の連絡手段としてアプリを入れてもらった。
だから今、緋桜さんの友だち一覧には、たぶんわたししかいない。
『今日は、ひとりで歩いて帰ろうと思います。すみません』
少し迷ってから送信すると、すぐに既読がついた。
『分かった。気をつけて』
それだけだった。
もう少し何か言われるかと思っていたので、正直、少しだけ拍子抜けする。
スマホをしまい、桜並木の道へ足を向けた。
雨上がりの道には、まだ水たまりが残っている。
初夏なのに散らない桜が、濡れたアスファルトの上で淡く光っていた。
そのとき、足元で白いものが動いた。
「……柏?」
白猫が、何食わぬ顔でそこにいた。
艶やかな毛並み。尾と耳の先の桜色。額に浮かぶ薄紅の桜紋。
「緋桜さんに言われて来たの?」
柏はちらりとこちらを見上げ、にゃあん、と鳴いただけだった。
外にいるから、猫のふりをしているつもりなのかもしれない。
桜並木を、柏と並んで歩く。
何も聞かれない。
何も言わなくていい。
ただ隣を歩いてくれる存在がいるだけで、思っていたよりずっと呼吸がしやすくなった。
今日は、ずっとひとりだったから。
「ありがとうね」
小さく呟くと、柏はぴたりと足を止めた。
こちらを見上げ、ぱちりと片目をつむる。
「こちらこそ」
それだけ言うと、柏は何事もなかったように屋敷の方へ歩き出した。
優雅に揺れる尻尾を追いかけるように、わたしも小走りでその後に続いた。


