***
こうして、桜小路家での生活が始まった。
とはいえ、すぐに普段通りとはいかない。
荷物を移し、おばあちゃんに事情を説明し、母ともビデオ電話をした。
体はもう平気だったけれど、緋桜さんが「大事を取ったほうがいい」と言うので、学校は二日ほど休むことになった。
「こ、このワンピース……ブランドものでは……?」
用意された部屋の箪笥を開けた瞬間、思わず声が裏返った。
「朱里に似合うと思って」
「こ、こんなにいいもの、受け取れません……」
「気にしなくていい」
昨日まで着ていた制服も、教科書も、家の鍵も、全部そのままなのに。
目を覚ませば、桜小路家の広い部屋にいて、廊下には式神たちが静かに行き交っている。
食事は信じられないくらい丁寧に用意され、窓の外にはいつも、久遠桜の淡い光が揺れていた。
あまりにも急に世界が変わって、最初は、何が現実なのか分からなかった。
けれど、おばあちゃんの病室に緋桜さんを連れていくと、おばあちゃんは涙ぐむほど喜んでくれた。
緋桜さんは、おばあちゃんに対しても驚くほど優しい。
背筋を伸ばし、治療のことも、手術のことも、こちらで責任を持つと話してくれた。
母の生活についても、すぐに手を回してくれた。
東京で無理に働き続けなくてもいいように、当面の生活費を保証する。
落ち着いたらこちらへ来て、おばあちゃんのそばでゆっくり過ごせばいいと。
電話の向こうで、母は何度も言葉を詰まらせていた。
「……ありがとう、ございます」
その声を聞いて、初めて少しだけ肩の力が抜けた。
わたしひとりでは、どうにもできなかったことばかりだった。
それを緋桜さんは、当たり前のように整えていく。
神様というより、少し強引で、少し過保護な、頼もしすぎる婚約者。
まだ、その言葉には慣れないけれど。
学校へ行く朝、門の前には黒い車が停まっていた。
普通の高校生が乗るには、あまりにも目立つ車だ。
「学校の近くまで送る」
「あの、できれば少し離れたところで……」
緋桜さんは少し考えてから、頷いた。
「分かった」
「ありがとうございます」
「行ってらっしゃい」
「い、行ってきます」
わたしが桜小路緋桜の婚約者になったことや、桜小路家の屋敷で暮らしていることはまだ、学校の人には誰にも言っていない。
もちろん、雛乃にも。
こうして、桜小路家での生活が始まった。
とはいえ、すぐに普段通りとはいかない。
荷物を移し、おばあちゃんに事情を説明し、母ともビデオ電話をした。
体はもう平気だったけれど、緋桜さんが「大事を取ったほうがいい」と言うので、学校は二日ほど休むことになった。
「こ、このワンピース……ブランドものでは……?」
用意された部屋の箪笥を開けた瞬間、思わず声が裏返った。
「朱里に似合うと思って」
「こ、こんなにいいもの、受け取れません……」
「気にしなくていい」
昨日まで着ていた制服も、教科書も、家の鍵も、全部そのままなのに。
目を覚ませば、桜小路家の広い部屋にいて、廊下には式神たちが静かに行き交っている。
食事は信じられないくらい丁寧に用意され、窓の外にはいつも、久遠桜の淡い光が揺れていた。
あまりにも急に世界が変わって、最初は、何が現実なのか分からなかった。
けれど、おばあちゃんの病室に緋桜さんを連れていくと、おばあちゃんは涙ぐむほど喜んでくれた。
緋桜さんは、おばあちゃんに対しても驚くほど優しい。
背筋を伸ばし、治療のことも、手術のことも、こちらで責任を持つと話してくれた。
母の生活についても、すぐに手を回してくれた。
東京で無理に働き続けなくてもいいように、当面の生活費を保証する。
落ち着いたらこちらへ来て、おばあちゃんのそばでゆっくり過ごせばいいと。
電話の向こうで、母は何度も言葉を詰まらせていた。
「……ありがとう、ございます」
その声を聞いて、初めて少しだけ肩の力が抜けた。
わたしひとりでは、どうにもできなかったことばかりだった。
それを緋桜さんは、当たり前のように整えていく。
神様というより、少し強引で、少し過保護な、頼もしすぎる婚約者。
まだ、その言葉には慣れないけれど。
学校へ行く朝、門の前には黒い車が停まっていた。
普通の高校生が乗るには、あまりにも目立つ車だ。
「学校の近くまで送る」
「あの、できれば少し離れたところで……」
緋桜さんは少し考えてから、頷いた。
「分かった」
「ありがとうございます」
「行ってらっしゃい」
「い、行ってきます」
わたしが桜小路緋桜の婚約者になったことや、桜小路家の屋敷で暮らしていることはまだ、学校の人には誰にも言っていない。
もちろん、雛乃にも。


