千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜



 すらりとした長身。白い肌に、涼やかな目元。
 整いすぎた顔立ちは、どこか現実味がない。白に近い銀の髪は少しふわふわしていて、毛先だけが桃色だ。
 全体的に柔らかい印象だけれど、こちらを見つめる紅い瞳だけは、不思議なほど熱を帯びていた。

 「傷も浅そうでよかった」

 言われて、自分の腕に視線を落とす。
 手首や肘に、白い布が巻かれていた。膝にも、薄く薬の匂いが残っている。
 川に流されたときにできた傷を、手当てしてくれたらしい。

 「あの……あなたは」
 「俺は、桜小路緋桜。この屋敷の当主だ」
 「ひ、緋桜さま!?」

 思わず声が裏返った。
 この町の人たちが信じている、久遠桜の神様。

 いや……違う。

 神様が本当にいるわけがない。
 だとしたら、目の前の人は、桜の神と同じ名を持つという、桜小路家の当主の方だろう。

 久遠桜を管理してきた桜小路家は、町でいちばん古い家だという。
 町に一つきりの病院も、駅前のスーパーも、唯一のホテルも、看板にはぜんぶ桜小路グループの名前がある。

 その当主が、どうしてわたしの前にいるのだろう。

 「……ここは?」
 「俺の屋敷だ。久遠桜のすぐ奥にある」

 この辺りは、おばあちゃんと何度も来たことがある。
 けれど、境内のさらに奥にこんな立派な日本家屋があるなんて、聞いたこともなかった。

 「あの、京介は——京介は、無事ですか」
 「あの男の子なら大丈夫だ。岸まで引き上げられて、いまは町の病院にいる。命に別状はない」

 ふっと、肩から力が抜けた。

 「ありがとう、ございます。緋桜さまが……助けてくれたんですよね。私のことも」

 ぺこりと頭を下げると、緋桜は少し困ったように笑った。

 「そんなに畏まらないで。俺のことは、緋桜でいい」

 それから、当たり前のように続ける。

 「君は、朱里だね?」

 なぜ、私の名前を知っているのだろう。

 「あの、失礼を承知でお伺いしますが。わたしたち、どこかでお会いしたことがありましたか。その……正直、記憶になく」

 訊いた瞬間、緋桜はほんの少しだけ寂しそうな顔をした。

 「ううん」

 短く答えてから、緋桜は言葉を選ぶように、わたしを見る。

 「君の名前を知っているのは……ずっと、探していたから」
 「私を……?」

 そのとき、足元から楽しげな声が響いた。

 「まったく。緋桜、あんたって本当に言葉が足りないのよ」
 「柏」
 「見てごらんなさい、彼女のあのお顔。ぽかんとして、まるで間抜けじゃない!」
 「こら。彼女に失礼な物言いは、俺が許さないよ」
 「事実でしょ」

 ……は?
 恐る恐る声の方向を見る。
 座布団の脇で香箱を組んでいたのは、あの白猫だった。

 「あの、すみません!いったん整理させてください。混乱しすぎて、わたしには、いま、猫が喋ったように聞こえたんですけど——」
 「ああ。やっぱり、眷属の声が聞こえるんだね」

 緋桜は、どこか満足そうに目を細めた。

 「順を追って話そうか」

 緋桜は湯呑みを置き直し、まっすぐわたしを見た。