眼下に、夜の町が広がっていた。
点々と灯る家々の明かり。川沿いに続く提灯の列。山の向こうには、知らない町のまたたき。
その光のすべてが、ずっと下のほうにある。
少女は、男の腕に抱かれたまま、夜空に浮かんでいた。
――外の世界なんて、一生見られないと思っていた。
腰まで届く黒髪が夜風になびき、白い巫女装束の袖が月明かりに透けている。
まだ幼さの残る顔には、こらえきれない涙が浮かんでいた。
少女を抱いているのは、紅い瞳の男だった。
白銀の長い髪は月光を受けてほのかに輝き、毛先だけが桜を溶かしたような淡い桃色に染まっている。
――けれど緋桜さまは、わたしを鳥籠の外へ連れ出してくれた。
「君がどこに閉じ込められても。自分が誰なのか、分からなくなっても」
男の指が、少女の頬に触れる。
「俺が必ず迎えに行って――君の名前を呼ぶよ」
月光と桜吹雪の中で、男が笑う。
***
この幸せはずっと続くのだと、信じてやまなかった。
――あの夜が来るまでは。
月明かりの下、町を丸ごと見下ろすほど巨大な木に、満開の桜が咲いている。
太い幹は地上から天へ伸び、枝は夜空いっぱいに広がって、まるで町の上に花の雲をかけているみたいだった。
満月の夜、少女はいつものように久遠桜の下で男を待っていた。
白い衣の袖を胸元で握りしめ、何度も月を見上げる。
早く会いたい。
たったそれだけの願いが、胸の奥で小さく弾んでいた。
その背後に、音もなく影が伸びる。
男の表情は頭巾を深くかぶっていて見えない。
その奥で、濁った金色の瞳だけが闇に浮かんでいた。
「貴様が桜の巫女か」
声を上げる間もなく、男が取り出した冷たい刃がぶすりと胸を貫く。
「――ぁ」
小さく開いた唇から、声にならない息だけがこぼれる。
痛みとともに、白い衣に赤がじわりと滲んでいく。
月明かりの下。その色は、ぞっとするほど鮮やかだった。
「ふははははっ、ついに、ついにやったぞ——!」
「ひ……おう、さま……」
伸ばした指先は誰にも届かず、少女は桜の花びらの中に崩れ落ちる。
その瞳から、光が消えていった。
点々と灯る家々の明かり。川沿いに続く提灯の列。山の向こうには、知らない町のまたたき。
その光のすべてが、ずっと下のほうにある。
少女は、男の腕に抱かれたまま、夜空に浮かんでいた。
――外の世界なんて、一生見られないと思っていた。
腰まで届く黒髪が夜風になびき、白い巫女装束の袖が月明かりに透けている。
まだ幼さの残る顔には、こらえきれない涙が浮かんでいた。
少女を抱いているのは、紅い瞳の男だった。
白銀の長い髪は月光を受けてほのかに輝き、毛先だけが桜を溶かしたような淡い桃色に染まっている。
――けれど緋桜さまは、わたしを鳥籠の外へ連れ出してくれた。
「君がどこに閉じ込められても。自分が誰なのか、分からなくなっても」
男の指が、少女の頬に触れる。
「俺が必ず迎えに行って――君の名前を呼ぶよ」
月光と桜吹雪の中で、男が笑う。
***
この幸せはずっと続くのだと、信じてやまなかった。
――あの夜が来るまでは。
月明かりの下、町を丸ごと見下ろすほど巨大な木に、満開の桜が咲いている。
太い幹は地上から天へ伸び、枝は夜空いっぱいに広がって、まるで町の上に花の雲をかけているみたいだった。
満月の夜、少女はいつものように久遠桜の下で男を待っていた。
白い衣の袖を胸元で握りしめ、何度も月を見上げる。
早く会いたい。
たったそれだけの願いが、胸の奥で小さく弾んでいた。
その背後に、音もなく影が伸びる。
男の表情は頭巾を深くかぶっていて見えない。
その奥で、濁った金色の瞳だけが闇に浮かんでいた。
「貴様が桜の巫女か」
声を上げる間もなく、男が取り出した冷たい刃がぶすりと胸を貫く。
「――ぁ」
小さく開いた唇から、声にならない息だけがこぼれる。
痛みとともに、白い衣に赤がじわりと滲んでいく。
月明かりの下。その色は、ぞっとするほど鮮やかだった。
「ふははははっ、ついに、ついにやったぞ——!」
「ひ……おう、さま……」
伸ばした指先は誰にも届かず、少女は桜の花びらの中に崩れ落ちる。
その瞳から、光が消えていった。


