六月に入ると、街はすっかり梅雨の気配に包まれた。
じっとりと湿った空気が廊下に満ち、窓ガラスはいつも白い霧を吹き付けたように曇っている。
この季節の美術室は、いつもより少しだけ暗い。
雨の音が屋根を叩く静かな空間で、葵は新しいキャンバスに向かい、僕は教卓の椅子に座って、現像を終えた何枚かの写真を見ていた。
「ねえ、蓮くん」
葵が筆を握ったまま、振り返らずに僕を呼んだ。
「ん?」
「蓮くんの写真って、雨の日でも、どこかあったかい光が写ってるよね。不思議」
僕は手元の一枚に目を落とした。
それは数日前、雨上がりの校庭の水たまりを映した一枚だった。
濁った水の中に、確かにちぎれた青空が反射している。
「……昔さ、親父が生きてた頃に言われたんだ」
僕はぽつりぽつりと、今まで誰にも話したことのなかった記憶を口にしていた。
「『カメラはな、暗闇を写す道具じゃない。どんなに暗い場所でも、そこにあるわずかな光を探すための道具なんだ』って」
葵の筆を動かす手が、ぴたりと止まった。
「親父が亡くなってから、カメラを構えるのが怖くなったんだ。ファインダーを覗くと、親父のいない世界が、光のないモノクロに見えちゃってさ。だから、ずっとリュックの底にしまい込んでた」
