さよなら、僕のひまわり


 八月中旬。街の熱気は、今夜開かれる花火大会に向けて最高潮に達していた。

 夕暮れ時の駅前広場は、色とりどりの浴衣姿の人々と、出店のソースの匂いで満ち溢れている。
 
 人混みの中で押し流されそうになりながら、僕は待ち合わせ場所の時計台の下で、落ち着かない足取りで彼女を待っていた。

 「蓮くん!」

 人混みの向こうから、僕を呼ぶ声がした。

 振り返った瞬間、僕は息を呑み、そのまま硬直してしまった。

 そこにいたのは、藍色の浴衣に身を包んだ葵だった。

 髪を少し上でまとめ、うなじが夕暮れの風に白く映えている。
 いつも美術室で見せるアクティブな姿とはまるで違う、大人びた彼女の姿に、胸が痛いくらいに跳ねた。

 「……変、かな? お母さんの浴衣、借りてきたんだけど」

 葵は少し恥ずかしそうに、浴衣の裾を小さく揺らした。

 「ううん、全然。……すごく、綺麗だ」

 本音がそのまま口からこぼれてしまい、慌てて視線を逸らす。
 
 葵も頬をほんのり赤くして、「ありがと」と小さく呟いた。

 花火の打ち上げ場所が近い河川敷へと向かう道中、人波はさらに激しさを増していった。

 誰かの肩が葵にぶつかり、彼女の体がよろめく。

 「わっ……」

 「危ない」

 僕は咄嗟に葵の手首を掴んだ。細くて、驚くほど華奢な手首。

 葵は驚いたように目を見開いたけれど、すぐに僕のシャツの袖をきゅっと掴み返してきた。
 
 あの雨の日よりも、ひまわり畑の日よりも、彼女の体温が近くに感じられて、鼓動がうるさいほどに鳴り響く。