「……あ、雨」
誰に言うでもない呟きが、コンクリートの床に吸い込まれていった。
都内にある小さな写真スタジオの勝手口。僕は撮影の合間の休憩中、缶コーヒーを片手に、急に降り出した通り雨を眺めていた。
アスファルトから立ち上る、独特の土の匂い。それが記憶のトリガーとなって、僕の意識を強烈に、あの一番熱くて切なかった「十九歳の夏」へと引き戻していく。
僕、秋月蓮(あきづき れん)は今、写真家のアシスタントとして忙しない日々を送っている。
ファインダーを覗き、世界の美しい瞬間を切り取る。それが今の僕の仕事であり、生きがいだ。
だけど、知っている。
僕がどれだけこれから先、何万枚、何十万枚の写真を撮り続けたとしても。
あの夏の夕暮れ、美術室の窓辺で、涙を溜めながら僕に微笑んだ「彼女」以上の被写体には、もう一生出会えないということを。
「春野葵(はるの あき)」
声に出してその名前を呼ぶだけで、胸の奥がチリリと音を立てて疼く。
スタジオのデスクに戻り、僕は使い古したリュックの底から、一冊のスケッチブックを取り出した。表紙の角は少し擦り切れている。
パラパラとページをめくれば、そこには彼女が遺していった、鮮やかで、圧倒的な色彩の世界が広がっていた。
そして、最後のページ。
そこには、満開のひまわり畑の中で、並んで笑う僕たちの姿がある。
「待っていてくれますか?」
手紙に書かれていた彼女の丸い文字が、今も僕の心を縛り、そして同時に、暗い足元を照らす太陽の光になっていた。
僕たちの恋は、未完成のまま終わった。
お互いの夢のために、お互いを想いすぎるあまりに、手を離してしまったから。人はそれを「失恋」と呼ぶのかもしれない。
だけど、僕にとってあの時間は、ただの悲恋では片付けられない、人生で最も眩しい「光」そのものだったんだ。
缶コーヒーの温もりが、いつの間にか彼女の手の温かさに思えてくる。
僕は静かに目を閉じ、すべての始まりだった、あの高校三年生の春の日の、五感のすべてを思い出す。
——それは、モノクロームだった僕の世界に、彼女という名の「鮮やかな黄色」が飛び込んできた、運命のあの日だった。
誰に言うでもない呟きが、コンクリートの床に吸い込まれていった。
都内にある小さな写真スタジオの勝手口。僕は撮影の合間の休憩中、缶コーヒーを片手に、急に降り出した通り雨を眺めていた。
アスファルトから立ち上る、独特の土の匂い。それが記憶のトリガーとなって、僕の意識を強烈に、あの一番熱くて切なかった「十九歳の夏」へと引き戻していく。
僕、秋月蓮(あきづき れん)は今、写真家のアシスタントとして忙しない日々を送っている。
ファインダーを覗き、世界の美しい瞬間を切り取る。それが今の僕の仕事であり、生きがいだ。
だけど、知っている。
僕がどれだけこれから先、何万枚、何十万枚の写真を撮り続けたとしても。
あの夏の夕暮れ、美術室の窓辺で、涙を溜めながら僕に微笑んだ「彼女」以上の被写体には、もう一生出会えないということを。
「春野葵(はるの あき)」
声に出してその名前を呼ぶだけで、胸の奥がチリリと音を立てて疼く。
スタジオのデスクに戻り、僕は使い古したリュックの底から、一冊のスケッチブックを取り出した。表紙の角は少し擦り切れている。
パラパラとページをめくれば、そこには彼女が遺していった、鮮やかで、圧倒的な色彩の世界が広がっていた。
そして、最後のページ。
そこには、満開のひまわり畑の中で、並んで笑う僕たちの姿がある。
「待っていてくれますか?」
手紙に書かれていた彼女の丸い文字が、今も僕の心を縛り、そして同時に、暗い足元を照らす太陽の光になっていた。
僕たちの恋は、未完成のまま終わった。
お互いの夢のために、お互いを想いすぎるあまりに、手を離してしまったから。人はそれを「失恋」と呼ぶのかもしれない。
だけど、僕にとってあの時間は、ただの悲恋では片付けられない、人生で最も眩しい「光」そのものだったんだ。
缶コーヒーの温もりが、いつの間にか彼女の手の温かさに思えてくる。
僕は静かに目を閉じ、すべての始まりだった、あの高校三年生の春の日の、五感のすべてを思い出す。
——それは、モノクロームだった僕の世界に、彼女という名の「鮮やかな黄色」が飛び込んできた、運命のあの日だった。
