星海に消えた約束。

__流星が、夜空を裂くように降り続いていた。

星影島の夜空いっぱいに、無数の光が尾を引いて流れていく。

__白く。
 
__青く。
 
__時に金色に。

まるで夜そのものが砕けて、星になって降っているみたいだった。

境内には大勢の人がいた。

祭りの最後を飾る流星群を見ようと、皆が空を見上げ、歓声を上げている。

「すごい……」
 
「見えた!」
 
「お願い事しなきゃ」

__笑い声。
 
__祭囃子。
 
__屋台の呼び込み。

賑やかな音が満ちているはずなのに。

星那にはもう、何も聞こえていなかった。

視界に映るのはただ一人。

目の前にいる冬雪だけだった。

「……冬雪くん」

声が震えた。

冬雪は、星那を見つめていた。

その瞳には涙が滲んでいる。

けれどその輪郭は、少しずつ、確かに薄れていた。

提灯の灯りが、冬雪の肩越しに透けて見える。

星那の指先から血の気が引いた。

嫌な予感が全身を駆け抜ける。

「……嫌」

無意識に、その手を強く握っていた。

消えてしまいそうで。

離したら、本当にいなくなってしまいそうで。

「行かないで……」

涙が止まらなかった。

声も、息も、全部震えている。

冬雪はそんな星那を見て、困ったように、少しだけ笑った。

昔と同じ笑い方だった。

八年前の“ゆき”と同じ。

「ごめん」

「謝らないでよ……!」

星那の声が崩れる。

「やっと会えたのに……」

ずっと探していた。

ずっと忘れられなかった。

夢だったのかもしれないと思った日もあった。

自分の作った記憶だったのかもしれないと、疑った夜もあった。

でも違った。

本当にいた。

ここにいた。

ようやく会えたのに。

また失うなんて。

そんなの。

あまりにも残酷だった。

冬雪は苦しそうに息をしながら、ゆっくり空を見上げた。

__流れ続ける星。

__海鳴り。

__夜風。

すべてが静かに二人を包んでいる。

「……でも」

冬雪が言った。

掠れた、小さな声だった。

「ちゃんと……会えてよかった」

星那は首を振った。

そんな言葉、聞きたくなかった。

それじゃまるで。

終わりみたいだった。

別れの言葉みたいだった。

「嫌……」

涙が頬を伝う。

「そんなこと言わないで……」

すると。

その瞬間だった。

冬雪の身体が大きく揺れた。

「……ぁ」

「冬雪くん!?」

冬雪が頭を押さえる。

呼吸が乱れる。

苦しそうに眉を寄せ、肩が震える。

星那は慌てて支えた。

「大丈夫!? 冬雪くん!」

冬雪の息は荒かった。

肩が上下している。

苦しそうに、何かに耐えるように。

そして。

ゆっくりと顔を上げた。

その瞳を見た瞬間。

星那の胸が、凍りついた。

「……え」

冬雪はゆっくり瞬きをした。

それから、辺りを見回した。

__提灯。

__石段。

__夜店。

__流星群。

まるで。

今、初めてここへ来たみたいに。

「……ここ」

掠れた声。

「俺……何して……」

星那の呼吸が止まった。

血の気が引く。

まさか。

そんな。

「冬雪くん……?」

冬雪は星那を見た。

でもその瞳には、さっきまでの熱がなかった。

八年前を思い出したあの瞳じゃない。

名前を呼んだ、あの涙じゃない。

今の、冬雪の目だった。

星那の指先が震えた。

喉が痛い。

怖い。

聞きたくない。

でも。

聞かなければいけなかった。

「……覚えてる?」

震える声。

冬雪は困ったように眉を寄せる。

「何を……?」

その一言で。

星那の中の何かが、音もなく崩れた。

__風が吹く。

__提灯が揺れる。

__祭囃子が遠くなる。

__世界が、静かに遠ざかっていく。

「……そっか」

声が掠れた。

冬雪は不安そうに星那を見た。

「ごめん……俺……」

戸惑っている。

分からないのだ。

何を話していたのか。

どうしてこんなに胸が苦しいのか。

なぜ目の前の少女が泣いているのか。

何ひとつ。

思い出せない。

星那は唇を噛んだ。

泣いてしまえば、
この人をもっと苦しめる気がした。

だから。

必死に、笑った。

涙でぐしゃぐしゃのまま。

それでも、笑った。

「……なんでもない」

冬雪が目を伏せる。

胸元を押さえながら、小さく息を吐いた。

「俺……変な感じがする」

星那は黙って聞いた。

冬雪は、流星の降る夜空を見上げる。

その横顔は、どこか寂しそうだった。

「何か……」

ぽつりと呟く。

「すごく大事なものを……忘れた気がする」

星那の涙がまた零れた。

__忘れた。

__本当に。

__全部。

でも。

消えなかった。

冬雪はここにいる。

目の前にいる。

それだけで、十分だと。

そう思わなければ、立っていられなかった。

冬雪は星那を見つめた。

その瞳が、少し揺れる。

そして。

理由も分からないまま、涙が零れた。

「……なんでだろう」

頬を伝う涙に、冬雪自身が驚いたように触れる。

「初めて会った気がしない」

星那の胸が、ふっとほどけた。

__悲しいのに。

__苦しいのに。

__どうしようもなく泣きたいのに。

それでも。

その言葉が、優しかった。

涙が溢れる。

止まらない。

でも。

今度の涙は、ほんの少しだけ、温かかった。

星那は泣きながら笑う。

そして小さく頷いた。

「……うん」

冬雪は、そんな星那を見つめていた。

__風が吹く。

__星が流れる。

長い沈黙のあと。

冬雪が、少し照れたように笑った。

「……名前、教えて」

星那は涙を拭った。

震える息を整えて。

そして、ゆっくり答える。

「……星那」

冬雪がその名前を繰り返す。

「せな」

その響きだけで、
胸がいっぱいになった。

「綺麗な名前だな」

星那は泣きそうに笑う。

「ありがとう」

夜空では、まだ星が降り続いていた。

無数の流星が、星影島の夜を照らしている。

記憶は消えてしまったかもしれない。

__約束も。

__思い出も。

__言葉も。

全部。

海に還ってしまったのかもしれない。

それでも。

今、ここでまた出会えた。

もう一度、名前を呼んでもらった。

もう一度、目が合った。

それだけで。

奇跡だった。

「……私も」

星那が小さく呟く。

冬雪が振り向く。

星那は涙を浮かべたまま笑った。

「初めて会った気がしないよ」

冬雪は少し驚いて。

それから、優しく笑った。

__風が吹いた。

__鈴が鳴る。

__祭りの音が遠く響く。

星影島の夜。

流星の海の下で。

忘れてしまっても。

思い出せなくても。

きっと。

何度でも。

何度でも。

二人は出会う。

星が降るたびに。

願いが夜空を渡るたびに。

あの夏の続きを、
もう一度始めるために。

そして二人は。

星の降る夜の下で、
静かに、
もう一度出会った。