__沈黙が落ちた。
__社務所の中。
窓の外では、
夜風が木々を揺らしている。
遠くから祭りの準備をする音が微かに聞こえた。
けれど。
この部屋だけ、
時間が止まったみたいに静かだった。
星里はしばらく何も言わなかった。
湯呑みに触れたまま、
どこか遠くを見るように目を伏せている。
星那は息を呑んだ。
冬雪も黙っている。
やがて。
星里が小さく口を開いた。
「……本当は」
低い声。
「もっと先まで、話すつもりはなかったの」
その言葉に、空気が少し張る。
星那は自然と背筋を伸ばした。
星里は続ける。
「でも、もう時間がないのかもしれない」
静かな声だった。
けれど、そこには確かな重さがあった。
風鈴が鳴る。
カラン、と小さな音。
星里はゆっくり顔を上げた。
そして。
「あなたたちに、話しておかなきゃいけない人の話がある」
星那の胸がざわつく。
「……誰」
星里は少しだけ迷うように目を伏せたあと、静かに答えた。
「星那のお父さん」
その瞬間。
星那の目が大きく揺れた。
「……お父さん?」
冬雪も驚いたように顔を上げる。
__星那の父。
__島居太陽(しまい たいよう)。
その名前を、星里が自分から口にすることはほとんどなかった。
星那が幼い頃に亡くなったからだ。
写真はある。
優しそうに笑う人だった。
けれど、詳しい話はほとんど聞いたことがない。
星那は小さく呟く。
「……なんで今、お父さんの話」
星里は静かに息を吐いた。
「太陽もね」
その声は、どこか懐かしそうだった。
「昔、“還る者”に関わったの」
その瞬間。
空気が凍った。
冬雪の表情が変わる。
星那も言葉を失った。
星里は続ける。
「今から十七年前」
「私たちが二十五歳の頃」
「島に、数十年ぶりの大流星群が来た」
窓の外。
夜空には、すでにいくつかの流星が流れている。
星里はそれを見つめながら言う。
「その年も、星祭りの日だった」
星那の胸が強く鳴る。
偶然じゃない。
そう思った。
星里は静かに話し始める。
「当時、島では一人の少女が行方不明になった」
「海で」
「嵐の日に姿を消したの」
冬雪が小さく息を呑む。
「皆、死んだと思ってた」
「でも」
星里の目が、わずかに揺れた。
「星祭りの日に、戻ってきた」
静寂。
蝉の声だけが遠い。
星那は呼吸を忘れそうになる。
「……戻ってきたって」
星里は頷いた。
「その子は確かに存在してた」
「話もした」
「笑った」
「でも、どこか普通じゃなかった」
風が吹く。
障子が小さく鳴る。
「記憶が曖昧で」
「時々、急に別人みたいになって」
「星を見るたび、泣いていた」
星那は思わず冬雪を見る。
似ている。
あまりにも。
星里は続ける。
「その子に最初に気づいたのが、太陽だった」
「……お父さんが?」
「ええ」
星里は小さく笑った。
「放っておけない人だったから」
懐かしそうな顔。
「毎日その子に会いに行ってた」
「海へ連れてったり」
「祭りの準備を一緒にしたり」
「普通に笑わせようとしてた」
星那は静かに聞いていた。
その光景が、不思議なくらい浮かぶ。
星里は少しだけ目を伏せる。
「でも、太陽は気づいてた」
「その子が、少しずつ消えかけてることに」
冬雪の手が小さく握られる。
「星祭りが近づくほど、その子は記憶を取り戻していった」
「そして同時に、身体が薄くなっていったの」
星那の背筋が冷える。
希美が言っていた。
__一瞬透けた。
あれを思い出した。
星里は続ける。
「太陽は、必死に方法を探した」
「消えない方法」
「忘れない方法」
「神社の古文書も全部読んでた」
その言葉に、星那は目を見開く。
今の自分たちと同じだ。
まるで。
同じことが、繰り返されているみたいに。
「でも太陽は、“想いで繋ぎ止める”ことを選ばなかった」
星那がゆっくり顔を上げる。
星里は静かに言う。
「好きという感情で、無理やり現世へ縛りつけるのは違うって」
冬雪の瞳が揺れる。
「太陽はね」
「“生きている側の願い”で、誰かを閉じ込めたくなかったの」
夜風が吹く。
その声は、今でも忘れられない言葉をなぞるみたいだった。
「だからあの人は、別の方法を探した」
星里は小さく笑う。
「本当に馬鹿みたいに必死だった」
「毎日その子の話を聞いて」
「思い出を書き留めて」
「一緒に景色を見て」
「“ここにいた証”を残そうとしてた」
星那は静かに聞いていた。
「“消えないように”じゃなくて」
「“消えても辿り着けるように”」
その言葉に、冬雪の呼吸が少し止まる。
星里は続ける。
「太陽は言ってた」
『人は記憶だけじゃなく、積み重ねた時間で誰かを見つけられる』
静かな沈黙。
「だから、もし忘れても」
「また出会えればいいって」
星那の胸が熱くなる。
それは、今の自分たちにも重なる言葉だった。
冬雪は目を伏せる。
静かに、何かを考えている。
星里は夜空を見上げた。
「でも」
その一言で、空気が変わる。
「祭りの夜」
「その子は消えた」
星那の呼吸が止まる。
風が強く吹いた。
提灯が揺れる。
「最後まで、笑ってた」
星里の声が震える。
「“ありがとう”って」
「“ちゃんと生きて”って」
「そう言って」
静かな涙が、星里の頬を伝った。
星那は言葉を失う。
星里が泣くところなんて、
ほとんど見たことがなかった。
「太陽は、その後もしばらく毎日海へ行ってた」
「帰ってくる気がするって」
「ずっと待ってた」
その声が痛い。
長い時間、抱え続けてきた傷みたいだった。
冬雪が静かに呟く。
「……戻らなかったんですか」
星里はゆっくり首を振る。
「戻らなかった」
沈黙。
重い静寂。
やがて。
星里は星那を見る。
その目は、どこか怯えていた。
「だから怖いの」
掠れた声。
「同じことが、また起きる気がして」
星那の胸が強く締め付けられる。
冬雪も黙っていた。
星里は震える息を吐く。
「太陽は最後まで、“後悔してない”って言ってた」
「会えてよかったって」
「あの子が存在したことを、消したくないって」
静かな涙声。
「でも私は」
そこで言葉が途切れる。
星里は目を伏せた。
「また、大事な人が消えて悲しむ姿を見たくない」
その言葉が、あまりにも切実だった。
部屋の空気が静かに揺れる。
夜空では、また一筋流星が落ちた。
まるで。
昔から続いている運命が、
再び動き始めているみたいに。
__社務所の中。
窓の外では、
夜風が木々を揺らしている。
遠くから祭りの準備をする音が微かに聞こえた。
けれど。
この部屋だけ、
時間が止まったみたいに静かだった。
星里はしばらく何も言わなかった。
湯呑みに触れたまま、
どこか遠くを見るように目を伏せている。
星那は息を呑んだ。
冬雪も黙っている。
やがて。
星里が小さく口を開いた。
「……本当は」
低い声。
「もっと先まで、話すつもりはなかったの」
その言葉に、空気が少し張る。
星那は自然と背筋を伸ばした。
星里は続ける。
「でも、もう時間がないのかもしれない」
静かな声だった。
けれど、そこには確かな重さがあった。
風鈴が鳴る。
カラン、と小さな音。
星里はゆっくり顔を上げた。
そして。
「あなたたちに、話しておかなきゃいけない人の話がある」
星那の胸がざわつく。
「……誰」
星里は少しだけ迷うように目を伏せたあと、静かに答えた。
「星那のお父さん」
その瞬間。
星那の目が大きく揺れた。
「……お父さん?」
冬雪も驚いたように顔を上げる。
__星那の父。
__島居太陽(しまい たいよう)。
その名前を、星里が自分から口にすることはほとんどなかった。
星那が幼い頃に亡くなったからだ。
写真はある。
優しそうに笑う人だった。
けれど、詳しい話はほとんど聞いたことがない。
星那は小さく呟く。
「……なんで今、お父さんの話」
星里は静かに息を吐いた。
「太陽もね」
その声は、どこか懐かしそうだった。
「昔、“還る者”に関わったの」
その瞬間。
空気が凍った。
冬雪の表情が変わる。
星那も言葉を失った。
星里は続ける。
「今から十七年前」
「私たちが二十五歳の頃」
「島に、数十年ぶりの大流星群が来た」
窓の外。
夜空には、すでにいくつかの流星が流れている。
星里はそれを見つめながら言う。
「その年も、星祭りの日だった」
星那の胸が強く鳴る。
偶然じゃない。
そう思った。
星里は静かに話し始める。
「当時、島では一人の少女が行方不明になった」
「海で」
「嵐の日に姿を消したの」
冬雪が小さく息を呑む。
「皆、死んだと思ってた」
「でも」
星里の目が、わずかに揺れた。
「星祭りの日に、戻ってきた」
静寂。
蝉の声だけが遠い。
星那は呼吸を忘れそうになる。
「……戻ってきたって」
星里は頷いた。
「その子は確かに存在してた」
「話もした」
「笑った」
「でも、どこか普通じゃなかった」
風が吹く。
障子が小さく鳴る。
「記憶が曖昧で」
「時々、急に別人みたいになって」
「星を見るたび、泣いていた」
星那は思わず冬雪を見る。
似ている。
あまりにも。
星里は続ける。
「その子に最初に気づいたのが、太陽だった」
「……お父さんが?」
「ええ」
星里は小さく笑った。
「放っておけない人だったから」
懐かしそうな顔。
「毎日その子に会いに行ってた」
「海へ連れてったり」
「祭りの準備を一緒にしたり」
「普通に笑わせようとしてた」
星那は静かに聞いていた。
その光景が、不思議なくらい浮かぶ。
星里は少しだけ目を伏せる。
「でも、太陽は気づいてた」
「その子が、少しずつ消えかけてることに」
冬雪の手が小さく握られる。
「星祭りが近づくほど、その子は記憶を取り戻していった」
「そして同時に、身体が薄くなっていったの」
星那の背筋が冷える。
希美が言っていた。
__一瞬透けた。
あれを思い出した。
星里は続ける。
「太陽は、必死に方法を探した」
「消えない方法」
「忘れない方法」
「神社の古文書も全部読んでた」
その言葉に、星那は目を見開く。
今の自分たちと同じだ。
まるで。
同じことが、繰り返されているみたいに。
「でも太陽は、“想いで繋ぎ止める”ことを選ばなかった」
星那がゆっくり顔を上げる。
星里は静かに言う。
「好きという感情で、無理やり現世へ縛りつけるのは違うって」
冬雪の瞳が揺れる。
「太陽はね」
「“生きている側の願い”で、誰かを閉じ込めたくなかったの」
夜風が吹く。
その声は、今でも忘れられない言葉をなぞるみたいだった。
「だからあの人は、別の方法を探した」
星里は小さく笑う。
「本当に馬鹿みたいに必死だった」
「毎日その子の話を聞いて」
「思い出を書き留めて」
「一緒に景色を見て」
「“ここにいた証”を残そうとしてた」
星那は静かに聞いていた。
「“消えないように”じゃなくて」
「“消えても辿り着けるように”」
その言葉に、冬雪の呼吸が少し止まる。
星里は続ける。
「太陽は言ってた」
『人は記憶だけじゃなく、積み重ねた時間で誰かを見つけられる』
静かな沈黙。
「だから、もし忘れても」
「また出会えればいいって」
星那の胸が熱くなる。
それは、今の自分たちにも重なる言葉だった。
冬雪は目を伏せる。
静かに、何かを考えている。
星里は夜空を見上げた。
「でも」
その一言で、空気が変わる。
「祭りの夜」
「その子は消えた」
星那の呼吸が止まる。
風が強く吹いた。
提灯が揺れる。
「最後まで、笑ってた」
星里の声が震える。
「“ありがとう”って」
「“ちゃんと生きて”って」
「そう言って」
静かな涙が、星里の頬を伝った。
星那は言葉を失う。
星里が泣くところなんて、
ほとんど見たことがなかった。
「太陽は、その後もしばらく毎日海へ行ってた」
「帰ってくる気がするって」
「ずっと待ってた」
その声が痛い。
長い時間、抱え続けてきた傷みたいだった。
冬雪が静かに呟く。
「……戻らなかったんですか」
星里はゆっくり首を振る。
「戻らなかった」
沈黙。
重い静寂。
やがて。
星里は星那を見る。
その目は、どこか怯えていた。
「だから怖いの」
掠れた声。
「同じことが、また起きる気がして」
星那の胸が強く締め付けられる。
冬雪も黙っていた。
星里は震える息を吐く。
「太陽は最後まで、“後悔してない”って言ってた」
「会えてよかったって」
「あの子が存在したことを、消したくないって」
静かな涙声。
「でも私は」
そこで言葉が途切れる。
星里は目を伏せた。
「また、大事な人が消えて悲しむ姿を見たくない」
その言葉が、あまりにも切実だった。
部屋の空気が静かに揺れる。
夜空では、また一筋流星が落ちた。
まるで。
昔から続いている運命が、
再び動き始めているみたいに。

