星海に消えた約束。

__数日後。

__夏休みに入り二週間ほど経った日の午後。

星那は、自室の机へ何冊もの古い資料を広げていた。

神社の蔵から持ち出した古い新聞。

__島の広報誌。

__過去の事故記録。

その全部を、夢中で読み漁っている。

窓の外では蝉が鳴いていた。

けれど星那には、その声すら遠く感じる。

視線は、ある記事に釘付けになっていた。

『八年前 和歌山県南部海岸付近で転落事故』

その文字を見た瞬間。

胸が強く鳴る。

星那は震える指で記事を追った。

__八月二十六日。

__夜。

__和歌山県に在住の少年が崖下へ転落。

__発見時、意識不明。

__救助後、数日間昏睡状態。

「……っ」

呼吸が浅くなる。

事故の日付。

それは。

星那が“ゆき”と出会った夜と、完全に一致していた。

「……そんな」

喉が震える。

記事の端には、小さく名前が載っていた。

『志水 冬雪(当時八歳)』

星那は目を見開いた。

頭の中で何かが繋がる。

__祭りの夜。

__突然現れた少年。

__誰も存在を覚えていなかった。

__翌日には消えていた。

そして。

__同じ夜、冬雪は海へ落ち、意識不明になっていた。

「……うそ」

声が掠れる。

けれど。

否定できなかった。

むしろ。

全部が噛み合いすぎていた。

星那は震える手で続きを読む。

『事故原因は不明』

『本人の記憶も曖昧』

『救助時、奇妙な発言を繰り返していたとの証言あり』

そこで記事は終わっていた。

だが。

星那の胸の鼓動だけが、どんどん速くなっていく。

「……じゃあ」

小さく呟く。

「ゆきくんは……」

あの時。

死にかけていた。

意識と現実の境界で。

“星の海”へ迷い込んでいた。

そんな考えが頭を過ぎる。

__星影島。

__星守神社。

__星祭り。

全部が、
ただの偶然とは思えなかった。

すると。

背後で襖が静かに開いた。

「……見つけたのね」

星里だった。

星那は振り返る。

「お母さん……」

星里はゆっくり部屋へ入ってくる。

そして机の上の記事を見ると、静かに目を伏せた。

否定しない。

その反応だけで、星那には十分だった。

「知ってたの……?」

震える声。

星里はすぐには答えなかった。

窓の外から風が吹き込む。

古い紙が揺れた。

やがて星里は、小さく息を吐く。

「……あの子が来た時、分かってしまったの」

「……」

「八年前の子だって」

星那の胸が強く締め付けられる。

やっぱり。

母は最初から気づいていた。

「じゃあ……!」

星那は立ち上がる。

「やっぱり冬雪くんは、ゆきくんなんだよね!?」

その声は、ほとんど祈りだった。

すると星里は静かに目を閉じる。

「同じ子よ」

はっきりと言った。

「でも……普通じゃないの」

その言葉に、部屋の空気が少し冷えた気がした。

星那は息を呑む。

星里は机の記事へ目を落とす。

「事故の日、あの子は本当に死にかけていた」

静かな声。

「三日間、目を覚まさなかったそうよ」

蝉の声が遠い。

「その間、この島では妙な噂が流れたの」

「噂……?」

星里はゆっくり頷く。

「“星祭りの夜、星の海に迷い込んだ子どもがいる”って」

星那の背筋が震える。

「昔から、この島には言い伝えがあるの」

窓の外を見る。

夕暮れが近づいていた。

「星祭りの夜だけ、“向こう側”へ近づく人がいるって」

“向こう側”。

その言葉が妙に重かった。

星那は無意識に唇を噛む。

「じゃあ、ゆきくんは……」

「分からない」

星里は静かに首を振った。

「本当に何が起きたのかは、誰にも分からない」

それでも。

星里の目は、何かを知っている人の目だった。

「ただ一つ言えるのは」

その声が少しだけ低くなる。

「祭りが近づくほど、あの子の中の記憶は戻っていく」

星那の胸が強く鳴る。

「でも同時に……」

星里はそこで言葉を止めた。

まるで続きを言うのを躊躇うみたいに。

「……お母さん?」

星里はしばらく黙っていた。

そして。

とても静かな声で言った。

「全部思い出した時、あの子がどうなるのか……私は知らないの」

その瞬間。

星那の全身から血の気が引いた。

風が吹く。

机の上の記事が、ぱらりと揺れる。

祭りまで、あと一ヶ月。

近づくほど。

冬雪の中で、
止まっていた“八年前”が目を覚まし始めていた。