星海に消えた約束。

__翌日の放課後。

__商店街。

夕方の空は淡い茜色だった。

閉まり始めた魚屋の前を、自転車がゆっくり通り過ぎていく。

潮風の匂い。

遠くで鳴くカモメの声。

冬雪は、古いアーケードを見上げながら歩いていた。

「なんか、時間止まってるみたい」

「それ、島の人もよく言ってる」

星那が笑う。

「不便だけどね」

「でも嫌いじゃない」

冬雪は静かに辺りを見る。

__古い八百屋。

__錆びた看板。

__昔から変わらない駄菓子屋。

その全部を、どこか懐かしそうに見ていた。

「……志水くんって」

星那は少し迷いながら口を開く。

「東京では、どんな感じだったの?」

冬雪は少しだけ目を瞬かせた。

「どんな?」

「友達とか」

すると冬雪は苦笑する。

「少なかった」

「え、意外」

「よく言われる」

そう言いながら、冬雪は肩をすくめた。

「別に嫌われてたわけじゃないけど」

風が吹く。

黒髪が静かに揺れる。

「なんか、ずっと一人でも平気だと思ってた」

その言い方が、少し寂しかった。

星那は胸が小さく痛む。

八年前の“ゆき”も、
どこか一人ぼっちな空気を纏っていた。

すると冬雪がふと立ち止まった。

「……あ」

視線の先。

古びたアイスケース。

個人商店の前に置かれた、小さな冷凍庫だった。

「懐かしい」

冬雪が呟く。

「食べる?」

星那が聞くと、冬雪は少し笑った。

「島居さん、すぐなんか食べさせようとするよね」

「失礼な」

結局、二人でアイスを買った。

星那はソーダ味。

冬雪はバニラ。

店の前のベンチへ座る。

夕暮れの商店街は静かだった。

冬雪は一口食べてから、少し目を細めた。

「……うま」

「大げさ」

「いやほんとに」

その反応がおかしくて、星那は笑う。

すると次の瞬間。

ぽた、と。

溶けたアイスが冬雪の指へ落ちた。

「あ」

「子どもじゃん」

「島居さんさっきから当たり強くない?」

「冬雪くんが隙だらけだからでしょ」

そう言いながら、星那は鞄からハンカチを取り出した。

自然に手を伸ばす。

冬雪が少し驚いた顔をした。

「あ、ごめ」

星那は慌てて止まる。

でも冬雪は、小さく首を振った。

「……ありがと」

その声が妙に優しくて。

星那の胸が少しだけ熱くなる。

夕陽が二人を照らしていた。

商店街を抜ける頃には、空は薄い群青色へ変わっている。

街灯がぽつぽつ灯り始めていた。

「そういえば」

冬雪が歩きながら言う。

「俺、最近ちゃんと眠れるんだよね」

「え?」

「東京いた時、あんまり寝れなかった」

意外な言葉だった。

「でもこっち来てから、普通に眠れる」

冬雪は空を見る。

「不思議」

星那は少しだけ俯く。

__この島が。

__星守神社が。

そして。

__自分の存在が。

少しでも冬雪を落ち着かせているなら。

それが嬉しかった。

すると冬雪が、ふっと笑う。

「あとさ」

「?」

「最近、学校行くの嫌じゃない」

星那は目を瞬かせた。

「前までは?」

「かなり嫌だった」

「そんなに?」

「人と話すの苦手だったし」

冬雪は苦笑する。

「でも今は、まあいいかなって思う」

その視線が、一瞬だけ星那へ向く。

星那の鼓動が速くなる。

「……なんで?」

聞いてしまってから、少し後悔した。

でも冬雪は、驚くほど自然に答える。

「島居さんいるから」

心臓が跳ねる。

風が吹く。

夜の匂いがした。

冬雪は自分がどれだけ破壊力のあることを言っているのか、
全然分かっていない顔で歩いている。

星那は顔を隠すように前髪を押さえた。

「……ずるい」

「え?」

「なんでもない」

冬雪は不思議そうに首を傾げる。

その横顔を見ながら、星那は思う。

八年前。

自分は、“ゆき”を追いかけていた。

でも今は違う。

隣にいるのは、
過去の幻なんかじゃない。

ちゃんと笑って。

困って。

くだらないことで拗ねて。

優しい顔をする。

“今の冬雪”なんだ。

そのことが。

星那には、どうしようもなく嬉しかった。