「...先輩」
部活棟の演劇部倉庫の前。雨音が鼓膜をつんざいて、いつも大きすぎるくらいの彼の声が俺の元に届く前に排水溝に流れていった。
雨音って案外でかいんだな、発声練習もっとしっかりやらせた方が良いかもな、なんて場違いな思考が蠢く。
彼の前髪から水滴が落ちた。傘もささずにこんなところに来たのか。屋根があって乾きを保っていたコンクリートが次第に色を濃くしていく。俯いた彼の表情は読めない。判断材料は濡れた金髪から覗く耳が真っ赤なことくらいか。
「俺、先輩が、好きです」
途端、力無く手を握られる。消え入りそうな声。雨なんて降ってないというほどの静寂。触れる指先は冷たくて、離し時を失うほどに熱かった。
***
「ヤマおまえ演劇部入ってんだっけ?大声出して演技するとか無理だわー。ほらなんか台詞言ってよ」
出会いは最悪。4月。俺が部長になった新年度の部活見学日。我が演劇部はいつも通り閑古鳥を鳴かせていた。それだけならまだしも、今年は高二の取り巻きがうるさい。
私立男子校というなかなかに特殊な環境で、演劇部部室の門を叩く人間は毎年少ない。演劇部は全国的に女子の多い部活だし、私立ともなれば勉強第一で部活は二の次という風潮が少なからずある。部活見学に来てくれるだけありがたいことだ。だが___
「君たち入部見学に来てくれたのかな?折角なら何か試していかない?寸劇台本もあるし」
変な取り巻きは話が別だ。部室の入り口で高二部員の山城くんに絡んでいた数人に声をかける。茶化しにくる暇があるならいっそ入部していただきたい所存だ。
「あーすいません俺らバスケ部入ってるんで。じゃあな山城!」
明らかにめんどくさい展開を予想したのか何人かが部室を出ていく。山城くんは肩をぽんと叩かれて申し訳なさそうに笑った。
「あんたが部長?大変だな人の少ない演劇部ってのも」
まだ残っていた一人が気だるげに口の端を上げた。淡い金髪から切長の瞳がのぞかせる。170後半、もしかしたら180cm台に乗るだろうか。一個下とは思えない長身が俺を見下ろす。物理的に押されている気がしてより癪に触った。
「案外そうでもないかな。よかったら来週の新歓公演来てみてよ。気に入ったら途中入部してくれたっていいからさ」
半ば無理矢理新歓ポスターを握らせる。彼の琥珀色の瞳はそれには目もくれず、代わりに俺と視線が絡む。
「な、なんだよ」
「...いや別に?」
何が楽しいのか少し微笑んで、彼は踵を返して部室を後にしていった。
「あの、ごめんなさい!俺の友達が、」
あたふたと山城くんが頭を下げる。
「最後に生意気言ってたやつは幼馴染なんですけど、ほんとデリカシーがないっていうか、ほんとにごめんなさい!」
「全然いいよ、よくあることだし」
いつも下がり眉の彼がいつになく眉を下げてこちらを窺う。全く山城くんが謝る必要はないというのに頭を下げている彼とあの金髪が幼馴染とはなかなかに意外だ。
「じゃあ気を取り直して発声してくださーい」
部員に向き直って指示を出す。きっともうあいつらと会うことはないだろう、なんて考えが甘すぎることには気づかずに。
部活棟の演劇部倉庫の前。雨音が鼓膜をつんざいて、いつも大きすぎるくらいの彼の声が俺の元に届く前に排水溝に流れていった。
雨音って案外でかいんだな、発声練習もっとしっかりやらせた方が良いかもな、なんて場違いな思考が蠢く。
彼の前髪から水滴が落ちた。傘もささずにこんなところに来たのか。屋根があって乾きを保っていたコンクリートが次第に色を濃くしていく。俯いた彼の表情は読めない。判断材料は濡れた金髪から覗く耳が真っ赤なことくらいか。
「俺、先輩が、好きです」
途端、力無く手を握られる。消え入りそうな声。雨なんて降ってないというほどの静寂。触れる指先は冷たくて、離し時を失うほどに熱かった。
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「ヤマおまえ演劇部入ってんだっけ?大声出して演技するとか無理だわー。ほらなんか台詞言ってよ」
出会いは最悪。4月。俺が部長になった新年度の部活見学日。我が演劇部はいつも通り閑古鳥を鳴かせていた。それだけならまだしも、今年は高二の取り巻きがうるさい。
私立男子校というなかなかに特殊な環境で、演劇部部室の門を叩く人間は毎年少ない。演劇部は全国的に女子の多い部活だし、私立ともなれば勉強第一で部活は二の次という風潮が少なからずある。部活見学に来てくれるだけありがたいことだ。だが___
「君たち入部見学に来てくれたのかな?折角なら何か試していかない?寸劇台本もあるし」
変な取り巻きは話が別だ。部室の入り口で高二部員の山城くんに絡んでいた数人に声をかける。茶化しにくる暇があるならいっそ入部していただきたい所存だ。
「あーすいません俺らバスケ部入ってるんで。じゃあな山城!」
明らかにめんどくさい展開を予想したのか何人かが部室を出ていく。山城くんは肩をぽんと叩かれて申し訳なさそうに笑った。
「あんたが部長?大変だな人の少ない演劇部ってのも」
まだ残っていた一人が気だるげに口の端を上げた。淡い金髪から切長の瞳がのぞかせる。170後半、もしかしたら180cm台に乗るだろうか。一個下とは思えない長身が俺を見下ろす。物理的に押されている気がしてより癪に触った。
「案外そうでもないかな。よかったら来週の新歓公演来てみてよ。気に入ったら途中入部してくれたっていいからさ」
半ば無理矢理新歓ポスターを握らせる。彼の琥珀色の瞳はそれには目もくれず、代わりに俺と視線が絡む。
「な、なんだよ」
「...いや別に?」
何が楽しいのか少し微笑んで、彼は踵を返して部室を後にしていった。
「あの、ごめんなさい!俺の友達が、」
あたふたと山城くんが頭を下げる。
「最後に生意気言ってたやつは幼馴染なんですけど、ほんとデリカシーがないっていうか、ほんとにごめんなさい!」
「全然いいよ、よくあることだし」
いつも下がり眉の彼がいつになく眉を下げてこちらを窺う。全く山城くんが謝る必要はないというのに頭を下げている彼とあの金髪が幼馴染とはなかなかに意外だ。
「じゃあ気を取り直して発声してくださーい」
部員に向き直って指示を出す。きっともうあいつらと会うことはないだろう、なんて考えが甘すぎることには気づかずに。
