刻の輪廻で君を守る

***

 広場のいつもの屋台も、よく利用するカフェも、この前初めて入ったブティックも、壊され、火をつけられ、血飛沫(ちしぶき)の痕跡が、そこに起こった惨劇を感じさせていた。

 もう、あの平和な港町は存在しない。

 セレスさん達が黒マントとの戦闘を切り抜けて、ようやく目的の大使館に到着した時には、既に時刻は15:30を示していた。

 突然の非常事態に聖十字騎士達も困惑を隠せない。

 ただただ、この突如、巻き起こった戦乱をどうやり過ごせるのか。

 皆、険しい表情で警護についていた。

「ここは……まだ大丈夫なのね?」

「はい、お嬢様。騎士団の皆さんが私たち、侍従を守っていただいています。しかし、この事態は一体、何が?」

「私たちにもまだ分からないわ。何が起こっているのか……いや、何を起こそうとしているのか」

 そうだ。

 ジーグムントは黒マントを使った内乱で何をしようというのか。

 明日の選挙で不利だから、内乱で全てを無しにするため?

 いや、それはあまりに短絡的過ぎる。

 で、あればやつの狙いは何だ?

 考えろ——






 突然、入口の方が騒がしくなった。

 今度は何が?

 転がり込む様に入ってきたのは……

「キケセラちゃん! これは一体!?」

 傷だらけのキケセラだった。いや、それだけでは無い。側に同じく傷を負ったミゼルも。

「アシュ(にい)ちゃん……お願いッ! ボスとアイツを、ユリウスを助けて!」

 !?

 バルとユリウスだと!

 何が起こっている!?

「アイツ……アイツは……アタシを庇って大怪我を……黒マントが……アイツをッ……」
(あん)ちゃん、ボスとユリウス(にい)はオイラ達を逃す為に、敢えて(おとり)に……イワンも残って……」

 なんだよ、それ。

 胃の中のものが逆流しそうな悪寒。

 自身の秘密を打ち明けて、俺を仲間と認めてくれたバル。

 互いにぶつかり合ったが、俺の力を信じてくれたユリウス。

 そして、あの『刻戻り』でシクルドが逃げないよう手助けしてくれたイワン。

 1週間前、あの婚約祝いがあったばかりだぞ。

 なんなんだよ、これは。

 ……行かなきゃ、助けに行かなきゃ。俺を『英雄』と呼んでくれたレイチェルの為にも行かなきゃいけないんだ。

 キケセラの言葉にふらふらと立ち上がって外への扉に向かう俺を制止する人がいた。

 セレスさんだ。

「アッシュ君、どこへ行く気? 何をする気なの?」

「バルが……ユリウスが…………イワンを助けないと……」

「何も考えずに飛び出て、死にに行くつもり? 自殺行為よ」

 セレスさんは不思議なことを言う……

「何を言ってるんだ、セレスさん。俺は、『英雄』なんだ。皆を助けなきゃいけないんだ……」
「いい加減にしなさい! レイチェルさんはキミにこんな無駄死にをして欲しくて身を挺したわけじゃないのよッ」

 ……なんで、なんでそんな目で見るんだよ。キケセラやミゼルまで。

「ごめん……アシュ(にい)ちゃん……アタシが……無理言って……」

 なんで、キケセラは泣いてるんだ。お前は何も悪くない。

 ただ、俺がやらなきゃいけないことをやるだけなんだ。

 皆を助ける。

 無かったことにする。

 それが『英雄』としての俺の役割なんだ。



 ——どうやって?



「ああーッ」



 わかってたじゃないか。闇雲に『刻戻り』をしても何も変わらない。

 ——俺には変えられない。




「そうだ。分隊長、それに大隊長もその子らや我らを逃す為に、本部に残ったんだ」

 気が付くと、もう一人、髭面(ひげづら)(いか)つい中年憲兵がやはり全身傷だらけになりつつ、この大使館に駆け込んでいた。

 ユリウスを分隊長と呼ぶ、ということは12番隊所属の憲兵か。コイツは確か以前にも見た事がある……。

「何が起こっている?」
「近衛連隊が、憲兵隊本部に攻撃してきた。内乱誘発罪との命令で」

 なんだよ、それ。あり得ないだろ?

 そんな理不尽が通るのかよ!!

「……アタシ達が逃げてる時にも黒マントと近衛兵が連携してるのを見たわ……アイツら……町を、皆を裏切ったのよ……」

 近衛連隊が黒マントと行動を共にしている、というのか……。

「ああ、大隊長はヤツら襲撃者や、近衛連隊から市民の安全を守るために奮闘されて……」

 それ以上の言葉は続かなかった。

 その最期を恐らくこいつは見たのだろうから。

 俺がレイチェルの死を目撃したように……。

「今、この町は市長命令で『戒厳令』が出されている」

 戒厳令? それは一体?

「ああ。全ての市民は近衛連隊とカルタ帝国の部隊の命に従う様に、と。さもなくば安全を保障できない、とな…………ゴフッ」

 憲兵は口から血の塊を吐き出す。

 コイツ……おい、もしかして……背中に刺さってるのは……

「少尉は、分隊長はアンタに期待してた。最後の最後はアンタが何とかしてくれるってよ……だから……頼むぜ、この町を……」

 それが、曲剣で背中を貫かれながらも、ここまで辿り着いた男の最期の言葉だった。

⭐︎⭐︎⭐︎