刻の輪廻で君を守る

***

 ショーも終わり、集まっていた観客達も三々五々に散っていく。

 手元の懐中時計は11:45とお昼前なのを教えてくれていた。

 先程までの手品の興奮がまだやまないのかまだ数人の子供達が風船片手に走り回っている。

「いやー、よくこんな人が多い大広場で会えたんだなー。ほら、リアン、お兄ちゃんの仕事仲間達だよー。ちゃんと挨拶するんだなー」
「はーい。ボス……じゃない、お兄ちゃんの妹のリアンでーす! ヨロシクね、ミリーお姉ちゃん!!」
「わぁー、リアンちゃん、すっごく可愛いね。ミリーのことはお姉ちゃんってつけなくて『ミリー』のままでいいよ。歳も近いんだから、ね?」
「ありがとー! ミリーちゃん」

 歳の近い2人はすぐに仲良くなって、はしゃぎ始めていた。

 再び頭からすっぽり藍色のパーカーのフードを被っている。先ほどは気づかなかったがフードにはまるで犬のタレ耳のような飾りがついていて、リアンが歩くたびにピョコピョコ合わせてはねている。

 まさしく小動物……


「まさか、バル君の妹さんがこんなに可愛いだなんて……うーん……」

 何やら納得いかなさげなレイチェルにバルが不満な声をあげているが、まぁ、俺も概ね同意見なので無視しておく。


 先の『刻戻(ときもど)り』で、出会ったのが彼女だった。いきなり大声で叫ばれ大変な目にあったんだった。……向こうは何も覚えてないんだろうけど。

 そーいや、バルの家、大家族だったな。他の子達はどうしてるんだ? まぁ、いいけど。


 それはともかく、彼女が、ショーが終わり『面白かったねー』と興奮冷めやらぬ様子でバルに駆け寄り俺たちに自己紹介してくれることとなったのだ。


 荷物の片付けが終わり、残る子供達に大きく手を振ってさよならをするピエロにミリーやリアンも同じく手を振りかえす。


「妹さん——リアンちゃん、熱が下がってお祭りに参加できたのは本当に良かったわね。すっごく楽しそうだし、ミリーも歳の近い子とあまり知り合いがいないからすっごく喜んでいるわ」
「あー、熱が下がったら今朝から『祭りに連れてけ』ってうるさくてうるさくてかなわんかったのだなー」
「あの歳頃の子供なら年に一度の祭りなんて、期待して楽しみにしてるものだろう? なら、それは仕方あるまいな」
「……そー言う自分(アッシュ)はその頃からなーんか冷めてて祭りにも嫌々私に着いてきてくれてるって感じだったじゃない。よく言うわよ」

 ……いや、人には得手不得手というものがあってだなぁ。

「もう! ボス、じゃない、お兄ちゃん達! 今度はあっちでやるっていうパレード見に行こうよぉ!」
「リアンちゃん、ミリーも一緒に行きたいけど、いいかなぁ?」
「うん! 一緒に行こ、ミリーちゃん!」

 待て待て待て、そんな勝手に動くなよ……

「……これは諦めてついて行くしかないのだなー、アシュ氏。僕はもう諦めたのだよー」
「はいはい、二人とも、せっかくのお祭りなんだから、もっと楽しい顔してあげなさいな! ほんとにもうダメなんだから」

 そうは言ってもだな……

 ここから港へ向かう大通りでこれからダンサー達のパレードがあるとのことだが、その予定コースには見学待ちの大群衆。その間を縫ってパレードを側で鑑賞しに行こうとしている我らが妹分達。

 俺やバルがあそこまで到達するのにかかるエネルギーは……

「もう、つべこべ言わない! 二人を追いかけるの!」

 ぶつぶつ文句を言いながら俺とバルは二人を追いかけ、押し合いへし合いしつつも何とかスペースを確保する。

 パレードの予定コースには人が入り込まないよう、ロープがかけられ敷居がもうけられている。

 更には、要所要所に憲兵達が、それでも入ってしまいそうな人達には注意や警告しロープの外に帰るよう押し返していた。


 この祭りの日にわざわざ出払ってて憲兵たちも大変な仕事だな。同じ公務員でもこちらにはなりたく無い。

 あー図書館司書で良かったー。

 取り敢えず、順路のロープ前にリアン、ミリー、それにレイチェルの三人が辛うじて座れるぐらいのスペースを確保する。

 んで、俺とバルの二人は後ろから押し寄せる人波を食い止める肉の壁となることに。

「ん……ありがと」
「立ってると疲れるだろうしな」

 と、その時だった。

「サファナ判事、ですか?」

 道の(かたわ)らに立っていた憲兵がレイチェルに声をかけてきた。

「あれ? もしかしてユークリッド少尉?」

 どうもレイチェルの知人らしい。見ると襟に銀の狼の襟章をしている。少尉級だ。

 軽量とは言え、薄い金属と鎖の鎧を纏い、腰には細身の直剣を帯びていた。

 レイチェルの返事に彼はその(ヘルム)を取る。

 その姿は俺より少し歳上だろうか。刈り上げられた金髪に碧眼(ブルー)の瞳、端正で彫りの深い顔。背の高い、がっしりとした身体つき。

「分隊長であるあなたまでお祭りの警邏に駆り出されてるの?」
「まぁ、これだけの規模なんで人手が足りないんですよ、これも宮仕えの大変なとこでして、ね」
「それは可哀想。あ、紹介するわ。こちらが私の幼馴染みのミリー、それに友達のバル君にその妹さんのリアンちゃん、で、もう1人の幼馴染みのアッシュ」
「ああ……君が、噂のアシュレイさん、ですかな」

 何やら納得げに頷き、俺のことを下から上へと舐めあげるようにジッと見る。

 ……何の『噂』なのやら。

「ユリウス・ユークリッドです。宜しく」
「……どーも。アシュレイ・ノートンです」

 差し出された右手に握手を返した。

 ゴツゴツした手のひらの感触。それが示すのは、
 ——鍛錬を積んだ剣士のもの。……俺とは住む世界の違う人物。

「ところで、サファナ判事。例のアルサルトの件で報告が……」
「……そう? ん、分かったわ。でも、急ぐものでなければできたら報告は後にしてもらっていいかしら? 今日は祭りに集中したくってね。せっかくのオフなんだもの」
「フッ、分かりました。サファナ判事殿」

 レイチェルは彼の返しに薄く微笑んでいた。

 憲兵からの報告、か。

 恐らく、レイチェルの仕事——判事関係の話だろう。

 判事は、裁判で刑の量刑を決める司法権だけでは無く、捜査権——現場の憲兵たちへの指揮権さえも持つ。

 コイツが憲兵ならば、事件によっては判事であるレイチェルが上司になるってこともあり得るのだ。

 いや、先のやり取りを見るに既にそうなのか。思ったよりも随分と二人は仲が良さそうだ……


 普段、俺達に近いから忘れそうになるのだが、コイツは天才なのだ。大学や議会、クロノクル市全体を挙げて将来を期待されている天才美少女。

 俺とは所詮、住む世界が違う……



 目の前を無数のダンサー達が華麗に踊りながら駆け抜けていく。

 その華やかさにミリーが歓声を挙げ、リアンが身を乗り出し、レイチェルが微笑む。

 パレードの熱狂とは裏腹にただ、俺は幼馴染みとの差を思い知らされるのだった。

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