刻の輪廻で君を守る

***

 憲兵隊本部にある留置場。

 懐中時計の針は、

 15:45

 思えば、俺自身もここにぶち込まれた経験があるしな。それも隣に立つ、この男によって。

 その男は何故か、未だに青い顔をしてプルプル震えている。

「少尉、どうしたのかしら? 体調が悪いのだったらまた別日にしても……」
「い、いえ、そんなことは……サファナ判事。大丈夫です」

 全然大丈夫じゃない顔色で答えるユリウス。

 本当に尋問に立ち会って良いんだろうなぁ?

 留置場の面会室。

 見張り番の前の面会記録に俺たちの名前を記入するユリウス。

 ん?

 俺たちの前にクリフトン教授がヤツと面会しているな。

「ああ、判事長が尋問をしても何も答えなかったそうだ」

 うーん、クリフトン教授が尋問しても答えなかったヤツに、俺が尋問して何か進展があるんだろうか。

 そして、ヤツとの対面が始まる。






 留置場の空気は冷たく、壁の隙間から漏れる僅かな風が耳に触れる。鉄格子越しに聞こえる遠くの物音が、妙に耳に残った。

 手足や胴を鎖と枷で縛られたシクルド。その足枷の鎖を鉄格子にしっかり結びつける憲兵。

 ヤツの両脇を憲兵たちが備える。

 その状態で部屋の中央の机にて対面するように俺たちは腰を下ろした。

「シクルド、お前が望む面会者を連れてきた。これでこちらの質問に答えてくれるのだろうな」
「…………」

 答えないシクルドの無言が、さらに場の空気を重くする。ユリウスも眉間に皺を寄せ、こちらを見る。俺の心臓が、嫌でも早鐘を打った。

「…………」
「…………」

 しばし、無言の時が過ぎる。

「ククク……」

 俯いたままのヤツの口元から漏れるのはやはり例の笑い声だった。

「やァーっと来たかァ。阻害因子ィ」

 下から()め付けるようにヤツは俺を睨む。

 コイツ……

「お前には是非とも聞きたかったんだよォ……俺の壊したその女、どうだったんだ? ククク……アーハッハッハッハッ!!」

 ダンッ

 俺は、固く握った拳を目の前の机に打ちつけていた。

「お、おい、落ち着け、アシュレイ!」
「ど、どうしたの、アッシュ!?」

 コイツ……ふざけるな!

 お前が……お前がレイチェルを!!

「フヒャーハッハッハッハッ! 良かったぜ、お前の女。もう少しで全て壊せるところだったがな、そのオモチャ。残念だ」

 シクルドに指差されたレイチェルは訳が分からず「?」の文字しか浮かばない。

 だが、俺は違う。

 レイチェルを……俺の最も大事な彼女をコイツは、()(にじ)ろうとしたのだ!!

 その結果、レイチェルは男性恐怖に囚われ、心に傷を負わされ……

 その全てはコイツが!!

「シクルドに乗せられるな、アシュレイ! 貴様らしくもない」

 ユリウスが抑えてくれなければ俺はどうなっていたか、わからない。

 それほど、我を忘れて枷で勾留中のシクルドを殴ってしまいそうになっていた。

 お前が……お前が、レイチェルを!! 俺は絶対にお前を許さない!

 だが、抑えなければならない。もう、あの時間軸は無いのだから……

「……それでいい。今は抑えるのだ、アシュレイ」
「大丈夫、アッシュ? ……私は大丈夫だから、アイツの言う事は気にしないようにね」

 レイチェルとユリウスの言葉が興奮していた俺の脳に刺さる。

 そうだ、慌てるな。いつも通り、『観察』と『分析』、『推定』を繰り返すのだ。

 そうすれば、ヤツが……シクルドの全て、背後も見えてくるはずだ。

「クハハハッ、そうかそうか……」

 相変わらず憎たらしげにニヤニヤしながらシクルドは言葉を続ける。

「そうだ……これで、俺は……失敗した……そう、失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!!」

 俺を睨んでいるはずなのに、何故かその黄金の隻眼から涙が(こぼ)れ落ちる。

 これは……

「シクルド、お前は一体、何をしようと……」
「クヒヒ……フヒャーハッハッハッ!! 阻害因子アシュレイィィ……俺はお前が憎いィ……我が主君の命を抗うことまで、俺にさせたお前が!!」

 狂ったように叫び続けるシクルド。

 やはり、コイツはあの時、既に失われた時間軸の中で主の『リアン』に対する策を、『レイチェル』に切り替えたのだ。

 自らの意思で。

「シクルド、お前は……『ギアス』の枷が外れているのだな」

 俺の言葉にレイチェルとユリウスが目を見開く。

「『ギアス』が解除される……そんなことがあるの?」

 そうだ。

 単なる操り人形なら、自らの意思で主の命を裏切ることはない。

「ククク……ギアスも知ったか……貴様のせいで……貴様のせいで……俺は…………オレを思い出した……」

 涙を流しつつ、口元を歪ませた笑みが深くなる。

「フヒヒヒ……アシュレイィィ! 俺はオレを思い出したァ……お前への怨みでなァァッ」

 ガンッ

 それはシクルドが自らの額を目の前の机に打ちつけた音だった。

 ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ

 一度ならず二度、三度と繰り返し頭を打ち続ける。

「いかん! 押さえて制止しろ!」

 ユリウスの制止で両脇の憲兵たちがシクルドを押さえ付ける。

 割れた額からは血が流れる。

 (かたわら)のレイチェルが息を呑む。

 両脇を抱えられながら、それでもシクルドは自らの額を打ちつける自傷行為を止めようとはしなかった。

「あー、爽快な気分だァ、これがオレなのかァ…………もう、オレは消え失せる……」

 シクルド……お前は、一体……

「ヒャヒャヒャヒャーッ! アシュレイィィ…………怨ませてくれてアリガトよォーッ」

 ヤツは歪んだ笑みを貼り付けながらも、泣き続けていた。

 ガンッ ガンッ ガンッ

 制止を振り切って尚も机に額を叩き続ける度に、鈍い音が部屋に響き渡る。鉄格子越しに漏れ入る冷たい風が、その音と混じり合って耳を刺すようだった。

 (かたわら)のレイチェルが思わず目を背ける。

「俺は……ギアスの檻の中で……ククク……アシュレイィ! お前への怨みが、オレを引き摺り出したァ……オレを……オレを取り戻したんだ!」

 その言葉には、明らかな狂気と安堵の入り混じった響きがあった。

 流れ出た血が机の上に滴り、視界がどんどん赤く染まっていく。

「クッ! ここまでか……尋問は中止だ。拘束しろ」

 流石にこれ以上の続行は不能と判断したユリウスが中止を指示する。

「なんなの、あいつは……」

 呆然とレイチェルは呟く。

 俺だって、アレが何なのかはわからない。

 ただ、分かっているのはシクルドに掛けられた『ギアス』の枷が外れつつある、ということだ。

 ヤツ自身の自我が、意思があるのなら。

 それは、単なる操り人形じゃない。ヤツから、俺たちの『敵』の正体について語ってもらえる可能性がある、ということだ。

 今日がダメでも、また明日、いや何回でも繰り返し試してやる。

 そして、必ず俺たちの『敵』に辿り着いて見せる!







 だが、その目論見(もくろみ)は叶う事は無かった。

 俺たちの尋問の後、シクルドは獄中で舌を噛み切り、流れ出た凝血塊を溜め込み、喉に詰まらせて死んだのだ。

 俺たちはその報告を翌日、ユリウスから聞くのだった。

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