刻の輪廻で君を守る

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〈レイチェル's サイド〉

 日曜の夕方。

 中心街からの帰りの辻馬車は通勤客もほとんどいない。私とアッシュ、それにおじさんの3人だけ。

 隣に座るアッシュは何も言わずジッと座席に座っていた。

 多分、さっきの時計塔の地下室——それも夢なのかもしれないけど——の出来事を考えてるのだろう。

 彼は、事なかれ主義のようにやる気を見せないクセに、本当はこの町や皆をどうしたら守れるのかをいつも真剣に考えてくれるのだ。

 ——私の英雄。

 こんな彼の魅力は私以外誰も(ミリーは別だけど)気付くはずがない……そう思っていたのが失敗だった。

 セレスさんことセレスティア・トリファール特使。

 私やアッシュより歳上でスタイルのいい、女性である私から見てもすっごく綺麗なお姉さん。

 何故か、彼女はアッシュの魅力に気付いた。

 『刻戻り』という単なる彼の特殊能力だけじゃなく、彼自身が持つ本当の力に——そう、アッシュは約束してくれたことを必ず成し遂げる。どんな困難が待ち受けていたとしても。

 これほど、絶望と焦りに襲われたことはない。大学の飛び級試験や判事国家試験なんか、目じゃ無いくらい。

 アッシュも……そうよ、アッシュもまるで理解ある相棒のように彼女をいつも側に……


 ッ!


 それを思うと未だに胸が痛む。

 だって、セレスさんは剣術も凄くて戦いも上手、特使の身分や立場も権力もあって——更には『天使似』の特殊な力で、『刻戻り』を持つアッシュのサポートも出来る。

 ……なんで、これだけ才能あふれる人が現われるのよ。本ッ当にずるい。

 私の長年の想い。

 それを彼女が横から奪い去ってしまうような絶望感。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 私にはアッシュへの想いしかない。ずっと、近くで、隣で彼を想い続けているだけ。

 でも——それはようやく報われた!

 視線を膝の上に落とす。

 そこにあるのは私の左手、その薬指に輝くのは紅玉石(ルビー)の婚約指輪。

 アッシュが伝えてくれた。

 『刻戻り』を使って私を救ってくれたこと。

 そして、ずっと私のことを想っていてくれたこと。

 私を愛してる、と。

 『これからも一緒に歩んでいきたい』ってプロポーズまで!!

 今更だけど、恋人の告白を通り越してプロポーズから入るなんて……アッシュはそこまで私の想いに気づいてたのかしら? うーん……。

 でも、彼はちゃんと応えてくれた!

 だから、プロポーズ翌日の今日、婚約指輪まで一緒に買いに来てくれて……。

「…………えへへー」

 ちょっと幸せ過ぎて声が漏れちゃってたみたい。

 ふと、隣を見るとアッシュがびっくりした表情で見てた。

 どうしたのかしら? あ、私の声でびっくりさせちゃった!?

 でも、こんなずっと、ずーっと夢に思ってたことが叶ったんだもの。我慢するなんて無理無理〜。

「あ、ああ……『天使似』の幽霊に会って怖くなかったのか、と思ってな。大丈夫なら良かったが」

 『天使似』? あー町の創立の秘密だったわね。

 うん、確かにそれも大変だけど、今は私とアッシュ、二人の幸せが溢れ過ぎてそんなのはもうどうでも……なんて言ったらダメなんだろうけど、ちょっと隠せない。

 うふふー。

 そんな幸せ満面の笑みを浮かべる私に、やっぱり戸惑ってる様子のアッシュ。

 もう、こんな時こそヨシヨシして欲しいんだけどなぁ……あんまり言うとまた歳下の妹扱いされるから言わないけど。

 さ、今日はまだ終わりじゃない。

 次に備えなきゃ。

 もうすぐ馬車は私たちの実家の郊外へと到着する。その前に、と隣の彼に悟られないように気合いを入れる。

 はい、やるわよ。

 そう、ミリーは助言してくれたわ。

『レイチェルお姉ちゃんはもっと積極的に行くべきなのです。アシュレイお兄ちゃんは究極の朴念仁だから、レイチェルお姉ちゃんがグイグイ行く感じでちょーど良いと思うのですー』

 7つも歳下のミリーだけど、こういう時の言葉は私やアッシュなんかよりもすっごく的確。

 だから、今日はこれで終わらせちゃダメなんだ。

 いつも見てるデート特集の雑誌にも書いてた。

『彼氏が告白した気持ちの盛り上がってる時にこそ、女の子から積極的に!』って。

 うん、そうよ!

「ねぇ、アッシュ。今日は夕ご飯一緒にどうかしら? ママがカルボナーラを作ってくれてるの」
「そうなのか? サファナおばさんのパスタは美味しいからな。もしお呼ばれしても良いなら有難いな」

「うん、大丈夫よ。……もし良ければアッシュの部屋に持って行って二人で食べない?」

「え? 俺の部屋? いや、まぁいいけど」

 わざわざ自分の部屋に持って行って食べるのは何でだろう、という疑問を浮かべた顔。

 うん、それは『愛する二人が部屋で過ごす』ことが大事なの。

 ママのカルボナーラは美味しいけど、そこがメインじゃない。

 アッシュは終始、『?』を顔に浮かべてたけど、私の言うことに頷いてくれた。






 ママのカルボナーラをトレーで運んでアッシュの部屋に。

 初めて来たけど、本当に殺風景な部屋ね……。

 石壁に床は板張りだけど、あるのは中央のベッドに、側にあるのは小さなテーブルと1脚の椅子のみ。他に家具と言えるのは端にある衣装棚と備え付きの暖炉のみ。

 昔はすぐ隣のアッシュの実家2階が彼の部屋だったのだけど、多分2年前かな? 庭にあった倉庫が彼の自室になったらしい。

 なんで、そんな風になったのか理由は聞いてないのだけど、ノートンおじさんは結構、アッシュに放任なので、その辺りがあるのかしら? よくは分からないけど。

「ああ、レイチェルはその椅子に座りな」

 アッシュ自身はベッド端に座りながら私には唯一ある椅子を促す。でも、そうすると私と彼は対面の形になるわけで。



『食事の時の位置どりは大事です。表情を確かめれる正面も良いですが、むしろ互いに向き合うことでプレッシャーにもなりかねません。一番良いのは彼の隣に座って、料理の取り分けなどでアピールすることが好感度に影響するはず』



 うん、私はちゃんと今まで色んな文献を読んでちゃんと学習してる。例え、これが初めての『彼との二人きりお部屋で食事デート』でもやり切れるはず!

 大丈夫!

「…………」

 敢えて、アッシュの促した対面の椅子を無視して、彼の隣のベッド脇にぽすっと腰を下ろす。

「えへへ、じゃ、食べましょ!」
「お、おぅ……サファナおばさんのパスタ、美味しそうだしな」

 ……多分、こんなすぐ隣だと狭くて逆に取り分けしにくいんじゃないか? なんて思ってるんだろうなぁ。アッシュの考えることなんて昔からの付き合いで良くわかるわ。

 それの誤魔化しなのか、暖炉に掛けてたヤカンからティーポットにお湯を注いで紅茶を用意してくれる。

「じゃあ、いただきまーす!」
「ああ、頂きます」

 よし! やるわよ、私!

 気合いを入れて、取り分けたパスタをフォークに絡ませて……。

「いや、レイチェル、これは何だ?」

 何だ、じゃないわよ。

「はい、アーン……」
「あーん、じゃなく。なんぞ、これ?」

 あれ? おかしい。

 特集によれば、デートでこうやって食べさせてあげるイベントは、男性にはグッと来るもの……と、なってたはずなのだけど??

 え? どうして?

「いや、別に前みたいに腕を怪我してるわけじゃないから、そんな介護みたいなのは大丈夫だぞ?」

 ……なんでこれが介護にみられたのかしら。

 と、その前に聞き捨てならないことを言ったわね、アッシュ。

「ん? ああ。……『刻戻り』で過去を改変する前に怪我することがあってな」

 それ、詳しくは聞いてないわよ。

「まぁ……言ってなかったからなぁ」

 もう。

 言いたくないなら仕方ないけど……出来れば、教えて欲しい。

 だって……それって、セレスさんは例の『天使似』の力で知ってることで、それを私が知らないのは、ちょっとイヤって言うか、悔しいって言うか。

 あの人が、私の知らないアッシュのことを知ってて除け者なのは絶対にイヤ!

「それもそうだな。レイチェルには今までのことを知ってて欲しいし。少し長くなるが良いか?」

 うんうん!

 こうして、私の婚約者は、私が知らなかった今までの活躍を二人で食事しながら教えてくれるのだった。

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