刻の輪廻で君を守る

***

 その白い頬にそっと手を触れる。

 桜色の唇が震える。

「レイチェル……」

 そして、唇が触れ合う。

 そこから感じるのは、先ほどのカルボナーラのチーズ味。

「……ふぅ……」

 そっと離れると、レイチェルの口から息が漏れる。上気した顔が俺を見つめている。

 もう一度……。

「あっ……ん……」

 何度も、何度もキスを繰り返す。

 最初はついばむ様に。そして、徐々に長く、深く……。

 ああ。本当に愛おしい。

 なんで、俺は今までレイチェルの気持ちに気づいてやれなかったんだ。今更ながら自分自身に腹が立つ。

 そんな不甲斐ない俺を、レイチェルはずっと待っててくれたのだ。ずっと……そう、想い続けてくれたのだ!

 俺は、もう離さない。

 何度もキスを繰り返し、互いの口元が唾液でツヤツヤになる。

「ああ、アッシュ……好き……」
「俺もだ。レイチェル、好きだ。いや、愛してる」

 俺の告白に、レイチェルは目をトロンとさせて頷く。

「うん……うん!」

 その華奢な身体を抱きしめる。鼻腔をくすぐる甘い香り。レイチェルもギュッと抱きしめ返してくれる。

 いつの間にか、俺たちは抱き合ったままベッドに倒れ込んでいた。

「…………」
「…………」

 互いに抱き合ったまま、俺の上からジッと見つめるレイチェル。

 ゴクン。

 それはどちらの喉の音だったのだろう。

 分からない。

 だが、これからのことについて俺たちは目と目で通じ合っていた。

“……レイチェル、いいか?”
“うん……いいよ”

 言葉に出さなくてもその先の行動を、俺たちは分かりあう。

 その紺のワンピースを、その下の下着を、レイチェルもまた俺のシャツに手を掛けボタンを外していく。

 俺の視界には、白く透明な肌をピンクに染めたレイチェルの全身が映る。

「…………」

 恥ずかしそうに、その胸を両手で抱える。

 やや口をへの字にして、俺を見る目はこう言っている。

“……どうせ、セレスさんみたいにスタイル良くないもん”

 レイチェル……そんな風に焼き餅を焼く姿も本当に愛おしい。

 やや、力を入れて自身の胸を覆う両手を手に取り、ゆっくり横にやる。

「や、やだ……」

 大丈夫。綺麗だ、レイチェル。

「ほ、本当?」

 信じさせてやるために頭を撫でてやる。そして、もう一度、不安げに揺れる瞳に頷いてやり、その桜色の唇に口付ける。

 何度も。

「ん……ぅん……」

 徐々に緊張が抜けてくる。その目は不安から期待へと移っていく。

 潤んだ瞳で俺を見つめるレイチェルは、そっと頷く。

“いいか、レイチェル”
“うん、来て、アッシュ”

 言葉は不要だった。

 ゆっくり、ゆっくりと彼女の中に。

 彼女の中は熱く、そして俺を包み込む。

「ーッ!」

 レイチェルが痛みに顔を歪める。

 ダメだ。

 思わず、離れようとした俺をレイチェルは逆に全身で抱きつき離さない。

「お、おい、レイチェル……」
「イヤ! アッシュ、来て! もう離れたくないの!」

 涙をこぼしながら、レイチェルは俺を固く離さない。

 レイチェル……。

「無理だったら、絶対に言うんだぞ」
「うん……わかった。だから……来て、アッシュ」

 互いに頷き、少しずつ。

 痛みに眉を歪めるも、レイチェルは俺の背中に回した両手を決して離さない。

 その奥にようやく辿り着いた時、レイチェルの目から涙がこぼれる。

「ああ、やっと……」

 そっとその涙をすくってやり、再び、口付ける。

 レイチェル、俺の愛しい人——婚約者(フィアンセ)

 こうして、俺たちは身も心も一つになるのだった。







“チッチッチッ”

 甲高い鳥の声が寝ていた俺の耳を打つ。

 フィッチ——お隣のミリーの愛鳥だ。

 朝はフィッチの鳴き声で起こしてくれるので、7時の鐘の前に起きるのが最近では当たり前になりつつある。

「ん、んん……」

 傍で俺の左腕を枕に寝ていたのはレイチェル。その半身を俺に寄り添う様に手足を絡ませていた。

 ふと、瞼が震え、その奥の紅玉色の瞳が俺の姿を映し出す。

「あ……おはよう、アッシュ……ん、えへへ……ここってフィッチの鳴き声がこんなに良く聞こえるのね」

 朝の挨拶を交わした後、気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

 そりゃ、互いに裸だから、な。

 でも、昨日の一夜で俺たちは新たな関係になった。こうしてるのも自然な二人に。

「あ、うん……」

 何も言わなくても自然に、レイチェルはその瞼を閉じ、唇を尖らせる。

 その頬に手を添え、桜色の唇に口付ける。

 甘い吐息が鼻を突き抜ける。




 折角、フィッチが朝早く起こしてくれたのに、その準備に手間取り、いつもの辻馬車の待合所に着いたのは結構、ギリだった。

 いや、準備に手間取った訳じゃない、て指摘はその通りなんですけども。

 俺もレイチェルも、ちょっと時間を忘れてしまってたし……。

 そのレイチェルは俺の肘に腕を絡ませ朝からニコニコ機嫌が良いことこの上ない。

 そんな俺たちを待合所で見つけたミリーは、元々まん丸な瞳を更に丸くさせて驚きを隠せない。

 早速、レイチェルに聞こうと、口を開いたのだが、タイミング悪く、そこにガシャガシャと音をさせて辻馬車が到着する。

 そのため、皆で中に乗り込む。

 が、中で落ち着く暇も無く、ミリーは例のニコニコ100%笑顔を見せて、問いかける。

「ね? ね? これはレイチェルお姉ちゃん、二人はすごーく仲が進展したのかな? かな?」
「えへへ……うん。ありがと、ミリー。そうなの」

 レイチェルはそう言って、ミリーにそっと左手の紅玉石(ルビー)の指輪を見せる。

「え? ……左手?」
「うん。私たち、婚約したの」

 これには流石のミリーも、ポカンと口を開けて一瞬、言葉を失う。

 数刻後。

「ええーーーッ!?」





 あのミリーから出るとは思わなかった大声に、周りの乗客へ謝罪して、声のトーンを落としつつ再びコソコソと。

「そ、そうなんだー。それは流石にミリーもビックリだよー。だけど、本当に良かったー。レイチェルお姉ちゃんおめでとう! アシュレイお兄ちゃんも」

 まぁ、婚約だけではないんだけどな、俺とレイチェルの関係は。流石に言わんけど。

「うん、ありがとう。ミリー」

「ああ。ミリーがお祝いしてくれて俺も嬉しいぞ」

「……それで、なんだねー。うんうん……うーん……」

 何やら納得した顔で頷くミリー。何故か、少し上気したような表情を見せるが。

 なんだ? うーん?

「えーとね……アシュレイお兄ちゃん、多分だけど、窓はしっかり閉めといた方が良いと思うの」

 ん? 窓?

 なんで、そんなことをミリーが知っているのだ?

 そういや、昨日は換気のために少し開けてたが……夜に閉めるの、忘れてた、か……?

 いや、これは……まさか……。

「あの、ね。あまり音が漏れるのは良くないと思うのです……」

 フィッチの鳴き声が、今朝は良く聞こえたのも、もしかして……

「み、ミリー、もしかして……昨夜って……何か聞こえたり……してたのかしら!?」
「…………」

 赤い顔で無言のまま頷くミリー。

 瞬間、尋ねたレイチェルの顔が真っ赤に染まる。そして、俺の方を恨みの込めた目つきで睨んでくる。

 こ、これは流石に……言い訳のしようもなく、俺のミスであり……。

 この後、怒髪天を衝く勢いで怒り心頭なレイチェルの機嫌が治るまで俺は何度も謝り倒すことになる。

 ちゃんと戸締りは確認しような、うん。

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