刻の輪廻で君を守る

***

 バカな!? 俺は『刻戻り』をしてないぞ!?


 世界が突然、淡いモノクロームに染まる。色が失われ灰色のフィルターが掛かったように。

 全ての動きと音が静止して、周りの誰も彼もが灰色に静止する。

 無音・無動の世界。


「アッシュ!? 何これ、どうなってるの!? 皆が……止まってる?」

 レイチェルの声には、驚きと不安が入り混じっていた。


 レイチェルはその輪郭に淡い燐光を放ちながら、この静止した世界で唯一、動きを保っていた。

 いや、それは俺自身もだ。

 身体、いや体表から蒼い燐光が……コレは??



《フフフ……》
《アハハ……》



 混乱する俺たちの前に、二人の少女……いや、幼女? 銀髪・黄金眼の彼女達が微笑みをたたえながら宙から舞い降りる。


 お前達は……!?


《やっと辿り着いた……約束の地に……》
《この町の嘘を、闇を見果てた上に……》


 その枯れ木のような指先が時計塔の壁に触れる。


 ゴゴゴゴッ


 軋む音を立てて、石壁から急に現れた扉が開かれる。

 そこにあるのは、地下への階段。



《さぁ、おいで……》
《今こそ、契約を果たそう……》



 声だけ残して2人は階段を降りていく。


 ついて来い、てことなのか。



「アッシュ……あの2人、気付いてる?」

 後ろでレイチェルが険しい顔で問う。

 気付く? 何に? 『天使似』の知り合いなんぞ、セレスさんとリアンしか知らないが。


「あの2人……書庫室で見た画用紙の女の子達よ」

 なに!? あの絵の!?

 てか、それに気付くのは流石、記憶の天才。

 しかし、これは、どうなってる?

 いつもの『刻戻り』ではない。周囲は灰色の静止した世界のまま、動いているのは燐光を纏った俺とレイチェルのみ。

「……わかってる。これがアッシュがいつも言ってた『刻戻り』の世界なのよね」
「ああ。だが、俺は今回、『刻戻り』を起こしてないし、このまま『刻戻り』になってない。ということは」

 明らかに誘い。

 しかも、あの2人は、消えてしまった絵に描かれていた『天使似』の娘達。


 レイチェルと顔を見合わせる。


 それでも、俺たちには先に進むしか選択肢は無かった。






 暗い階段の先、本来なら何も灯りがないはずなのだが、壁や天井が(ほの)かに淡い燐光を放ち続けるため、視界は問題なかった。


 その奥の一室。


 古ぼけた机と椅子。その上に置かれた数冊の本? 脇には開かれたままの金庫? ……中身はない。空っぽだ。


 その奥の壁には何やらレバーや歯車、鎖が。


「これって、一体……」

 さっそく、好奇心の塊のレイチェルが本を手に取ろうとするが、流石に横から制止する。

 こんな異常事態なのだ……まずは相手の動向を見てからに、な。

 その相手、とは……



《ウフフ……》
《アハハ……》



 例の笑い声を脳裏に響かせながら、彼らは再び姿を現わす。

 壁から天井から、次々に。

 痩せ細った手足、ボロボロの衣服を身につけ俺たちと同じ淡い燐光を放つ銀髪・黄金眼の少年・少女達。



《ようやく、君たちが訪れた……》

《ようこそ、約束の地へ……》

《この時を僕らは待っていた……》

《ああ、そうだ……可能性の世界を何度も何度も何度も……そう、何度も繰り返して……》

《僕たちと契約をして、町の嘘を、解き放たれた闇に立ち向かえる者達を……》



 急に燐光が集まって、空中に一つの像を描き出す。

 これは……ユリウス?

《表の力を持つ者……》

 更に燐光が描いたのは、バル。

《裏の力を持つ者……》

 再び、描かれたのは……セレスさん?

《外の力を持つ者……》


「え? あれ? これって!?」

 急にレイチェルの燐光の輪郭が輝き出す。

《寄り添い支える者……》


 気がつくと最初の少女達が俺の目の前に居た。

 その細い指が俺を指す。

《見つけた……》
《その全てと、絆を結ぶ者……》


 可能性の世界……。

“いわば、『刻戻り』中は無数の可能性の世界線の中に居るとも言えるわ”

 セレスさんはそう言っていた。

 まさか、コイツらは自らがこの無数の可能性の世界線を辿り続けることで、誰にこの『刻戻り』の力を渡すと良いのかを試していたというのか!?

 そして、選ばれたのが、俺?

 それは俺そのものではなく、俺を介してユリウスの憲兵隊、バルの少年ギャング団、セレスさんの特使や聖十字騎士団、これらの力が繋がるから、ということなのか。


 だが、その目的、つまり奴らのいう契約とは何なのか。



《ギアスの存在……》

《初代ガイウスが残した“鎖”……》

《封印されし闇が再び解き放たれた……》


 ギアス? なんだ、それは?

 確かに、脇の宝箱? 金庫っぽい箱は開け放たれて空だ。



「これは……アッシュ! これ、とんでもない事が書かれてるわ!」

 好奇心が抑えきれなくなったレイチェルが例の本に手をつけ始めている。

 ……昔、幽霊が怖かったんじゃなかったのかよ。

「それ、昔のことだしアッシュが守ってくれるって言ったじゃない。だから信じてるし……て、そうじゃなくて。これ、初代ガイウスの日誌、いえ、懺悔録(ざんげろく)よ」

 懺悔録(ざんげろく)

「ええ、そうよ。やはり初代ガイウスは児童奴隷売買に手を出していた。その資金力でこのクロノクル市の開発を行ったのよ……カルタ帝国とも繋がってるわ。やはり、書庫室の資料にある通りだったのよ」


《そう……ヤツは様々な子供達を各地から攫い、そしてギアスをかけた……》


 またしても出てくる『ギアス』という単語。

 それは一体?

「待って。ここに書いてるわ…………これって!?」

 懺悔録(ざんげろく)を読んでいたレイチェルが一瞬、険しい顔をして止まる。

 が、素早く後のページを繰り、中身を理解する。



「『ギアス』……ある特殊な仮面を利用した一種の洗脳術。いえ、そんな生やさしいものじゃないわ。相手の自我を術者の自我で塗り潰して完全な操り人形にしてしまう。(おのれ)を壊してしまうのよ」

 レイチェルが震える声で呟く。

 完全な操り人形……黒マント……

“尋問しても全くと言って何も喋らん。ここまで全員が統率されているのは見た事がない”

 ユリウスにそう言わしめた……それはヤツらが完全な操り人形に、『ギアス』に支配されていたからなのか。


 しかし、そうなると術者の自我も『ギアス』の度に擦り減っていくという。

「そう……初代ガイウスはこれを繰り返すうちに、自身の“悪”も“善”も全て擦り減らし……最終的には良心だけが残ってしまった。だから……この懺悔録(ざんげろく)を書いたのよ」

 彼女の指が震えながら、ページをめくる音が静寂に響く。

「つまり、ギアスを繰り返し使えば……術者自身が壊れる可能性があるってことだな」

 そう呟いた瞬間、脳裏をよぎるイメージがあった。初代ガイウスが苦悩しながら手記に記したであろう、その姿。


「ただし、『ギアス』も絶対じゃない。まず『ギアス』の対象者は10歳未満の子供に限られる……それは……恐らく自我の形成が未熟な子供でないと相手の自我を塗り潰す『ギアス』が効かないのよ」

 子供にしか効果が発揮できない。

 ……それでアルサルトは子供ばかりを狙って(さら)っていたのか!

「……書庫室で見た資料と合致するわ。初代、いえ、この町はカルタ帝国と密約して子供達を攫って『ギアス』をかけ、操り人形の奴隷を作り続けたのよ。それがこのクロノクル市が最初から裕福だった理由」

 そして、この町の裕福さを今も俺たちは享受している……


《フフフ……そう、そして『天使似』の僕たちも……》
《ギアスによって破壊され、(なぶ)られ、そして死んで初めて“怒り”と“憎しみ”を持てる事ができた……》


 彼らの黄金の瞳の奥、そこに灯るのは憎悪の光。

 その対象は初代ガイウス? 『ギアス』? ……それともこの町に住む俺たちそのものなのか?

 流石に怯えを見せたレイチェルが俺のシャツを掴む。


「そろそろ、聞かせてもらえるのか。お前達の目的、いや契約とやらを」


 そう、俺にこの『刻戻り』の力を与えた理由を。


《初代ガイウスが封印したギアス……30年前、パンドラの箱は再び開かれた……》

《ギアスを……これ以上使わせてはならない……》

《取り戻すのだ……闇が全てを覆い尽くす前に……》

《僕たちはそれだけのために存在している……》

 彼らの声には、どこか悲しみとも取れる重さが宿っている。

 だが、その黄金の瞳の奥には怒りの残滓(ざんし)が揺れていた。

 それが誰に向けられたものかは、彼ら自身も分かっているのだろうか。

 ただ、怨みの色だけがそこに残っていた。


《そして、もう一つ……君たちに道を与える……》
《真実と滅びの道を……》


 その瞬間、視界を眩いばかりの光が覆う!


 なんだ、これは!?



 地下室の奥、そのレバーが『天使似』に押し下げられる。

 と、同時に時計塔の四面の壁、そのレンガが音を立てて崩れていく。

 次々と、剥がれ落ちていくレンガの後、そこに新たに出現した壁面に刻まれているのは……

 懺悔録(ざんげろく)に書かれていた、この町の成り立ちと犯罪の証。

 この『天使似』達、全員の名前とその生涯が刻まれていた。

 その数、30人。

 筆頭に上がるその名は……オフィエル・クランシス。

 聖天使オフィエル……





 気が付くと、そこは元の時計塔の真下だった。

 灰色の世界は既に消え失せている。まるで夢だったかのように。

 周りの人たちも何もなかったかのように思い思いに過ごしている。

「あ……アッシュ……これって夢、じゃないわよね?」

 隣のレイチェルが震える声で問う。

「ああ。そうだ。あれは夢じゃない」

 そう言って、手のひらの中のモノを確かめる。


 古びた鍵。


 その先はちょうど、目の前の時計塔の壁の割れ目に差し込めるサイズだった。


 恐らく、託されたのだ。……俺たちに。


 この町の“原罪”を裁くも見逃すも、好きにしろ、と。


「アッシュ……どうするの?」

 レイチェルの問いかけに、俺は鍵を握り締める。

「……分からない。でも、答えを出さなきゃならないんだろう。俺たちが」


 懺悔録(ざんげろく)の最後には、こう書かれていた。




“我が子孫よ。この町の罪を告発する為の仕掛けを残しておく。私には最後まで勇気が無かった。だが、もし勇気ある者がいるならば使うが良い。町の滅びと共に”




 俺たちはしばしの時、何も言えずにただ立ち尽くすしかなかった。

 青空の下、時計塔の影だけが不気味に長く伸びていた。


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