刻の輪廻で君を守る

***

 そこからの話は結構、トントン拍子だった。

 俺自身はそこまで関われては無かったが、バルとユリウスは毎日、毎晩、遅くまで当日のリアンの護衛体制についてずっと話し合っていた。

 流石に憲兵隊本部は話し合いの場に使えんので、図書館の司書室に夜遅くまでこもって。

 ……お前ら、この図書館を何だと思って使っているのだ、とも思うが事が事なので致し方あるまい。

 『バルスタア団』のミゼルやイワン、キケセラや、更にはワルターさんまでもが手を貸してくれてリアンの乗る馬車の護衛に回ることに。

 そしてユリウスら憲兵隊12番隊がその中心に。

 もう絶対に、シクルドに邪魔はさせない!

 それは俺たち全員の思いだった。






 そして彼らが話し合ってる間、俺たち戦力外人員は輪の外だった。

 でもそれは他の主力達がリアン護衛に注力してる、というわけでもあり。

 つまり枠外なのは俺とレイチェルだった。いやまぁ、分かってたんだけどな。

「…………」
「…………」

 うーん……いつもはそんなに気にせずに会話出来るんだが、こうして時折、二人きりになると……やはり、あの時のことを意識してしまう。

 多分、それはレイチェルもなんだろう。

 だからつい、互いに。

 俺は……答えを出さなきゃならない……

「アッシュ」

 ふと、レイチェルが声を掛けてきた。

 振り向くと、そこには震える手をギュッと握りしめて真剣な表情のレイチェルがいた。

「今度の公判。終わった後で、少し待ってて欲しいの」

 それはいつもの強気なレイチェルとは全く別の姿。少し自信なさげで不安げな、でも何かを覚悟した様な。

「アッシュに……伝えたいことがあるから」

 そうして顔を少し赤らめて。

 それはきっと……この前の話の続き、だろう。

 俺も、心を決めないと。

「ああ、分かった。約束する」

 そうだ。こうして俺はレイチェルと約束した。公判のあと話し合おう、と。

 これで、俺たち二人の答えが出せるはずなのだから。






 遂にやってきたアルサルトの第三回目の公判日。

 この日は金曜だが、図書館は全館休業だ。何せ唯一の司書である俺とバルが両人とも不在だからな。勝手に『本日休業』の札を出しておいたが、そもそもそれを見る人がいるのやら。

 秋晴れの快晴で始まったその日は朝から街全体が仰々しかった。

 憲兵隊全部隊が街のあちこちに見張りと巡回を設け、裁判所までの道を整備する。

 多くの記者達が詰めかけ、裁判の始まりを見守る中、ゆっくりとリアンを乗せた馬車が裁判所に向かっていく。







 公判開始の11:00まではまだ1時間以上もあった。リアンを乗せた馬車がここに来るのはまだ先だ。

 ということは、もしリアンを巡って戦場になるとしてもそれはまだ先のこと。

 例によって戦力外の俺はバル達の力にはなれんので、裁判所内で傍聴席だけ確保。

 まだまだ時間があるんで、裁判所内をブラブラしてみる。

 何せ、この前のセレスさんの話ではこの裁判所は文化遺産らしいからなぁ。

 レイチェルも誘いたかったのだが、彼女は判事の待機室。流石にそこに訪れるには俺には何の肩書きも無いんで。

 ……こうして見ると『リーダー』とか言ってて一番、何もしてないヤツやん、これ。

 ダメだな、我ながら。

 と、壁にかけられた何やらよく分からん立派そーな絵画を流し見していると、銀髪の彼女が通りすがる。

「あら、アッシュ君もやっぱり暇してたのね?」

 暇してるとは失敬な。……まぁ、合ってるけど。リアンの警護に関してもまだ本人がここに到着してないしな。

 セレスさんも証人役なので護衛の方では無く、裁判所の待合室で待機だったのだが、やはり飽きてぶらついていたらしい。

「一緒に見て回る? ここ、文化遺産だから中の造形も素晴らしいわよ」

 仕方ない。



 懐中時計で時刻を確かめると、



 10:35



 セレスさんはニヤァっと例の笑みを浮かべながら、色々と解説してくれる。

 セレスさん曰く、石壁に空いている小さな縦長長方形の隙間は弓矢で外部の敵を狙い撃つための穴だとか、階段が二階部分の床と材質が異なるのは、敵が階段から上がってきた際に階段ごと仕掛けで落とせるようにして防衛する為の罠だとか。

 ……セレスさん、壁に描かれた華麗な絵画や複雑な紋様などの解説じゃなく、全て(いくさ)に内容が偏ってるのは気のせいですかね?

 解説する時のセレスさん、目が生き生きしてるし。

 ソリスト教国の人よ、なんでこの人を司祭にしたんですかい。

 マジで謎だ。












 その時だった。

「イヤアアァァァーーッ!」

 つんざくような悲鳴。

 その瞬間、俺はその悲鳴の元へ駆け出す。

 この、ちょっと壁の向こうでくぐもった声だが……これは……レイチェル!!

 なぜだ!? ヤツらは『天使似』の子、リアンを狙っていたはず!?

 悲鳴の元は、壁の向こうだった。これはどうして!?

「アッシュ君! あの悲鳴は!?」

 一緒についてきてくれたセレスさんもどうしたら良いのかわからず動揺していた。

 壁には扉も何もない。ただ、大きな本棚があるだけ。

 だが、この奥でレイチェルの悲鳴がしたはずなんだ!!

 どうして!?

 俺の脳裏にヤツの言葉が蘇る。



“貴様が大切にしているモノ……それをまずは……壊してやる!”



 シクルド!

 もしかして……ヤツは……最初からリアンでは無く、レイチェルを!?

 俺は……何をしていた!?

「アシュ氏! それは隠し扉だなーッ!」

 そこに飛び込んできたのは裁判所前の広場で待機していた筈のバルとミゼルだった。

 隠し扉? もしかして!?

 本棚に体当たりする。遅れて、ハッと気づいたセレスさんも本棚を横に押し出す。

 本棚をずらしたそこに見えたのは隠し扉。

 すかさず扉を開け放ち、中の部屋に入った俺が見たのは。






 黒マント達とその中央、レイチェルの判事服は切り裂かれ、その白い肌と胸さえ、はだけられていた。

 両脇を黒マント共に押さえつけられ、その口には猿轡(さるぐつわ)が噛まされている。が、必死にズラして声をあげたらしい。

 そして、その上から狂気の笑みを浮かべて乗し掛からんとしていたのは——シクルド!



「レイチェル!」
「アッシュ!!」

 二人の視線が一瞬、交錯する。

「うらあああぁぁぁーッ!」

 バルが突っ込む。

「チッ! あともう少しで確実に壊せたものを……」

 ヤツはそう吐き捨てると同時に黒マント共が曲剣を抜きはなつ。



「レイチェルを放せッ!」

 無防備に飛び込む俺を見て、シクルドは狂気の笑みを浮かべる。

「クククッ! 何度も我が主命を邪魔してくれる阻害因子よ。貴様の大事なモノを壊され、嘆き、もがき、苦しみ続けるがいい!」

 シクルドの指が動いた瞬間、黒マントたちが一斉に、俺に向かって襲いかかる。

 その刃が迫った瞬間、セレスさんの細剣が横から飛び込み、鋭い金属音を立てた。

「ムチャしてはダメよ、アッシュ君!」

 セレスさんは黒マントたちの間に割り込み、目にも止まらぬ速さで剣をさばいていく。彼女の動きはまるで舞うようだった。

 その隙にすかさず俺はシクルドの横を走り抜ける。



 ドカッ



 レイチェルの腕を押さえていた黒マントを蹴り飛ばす。

 もう片方の黒マントもセレスさんがすかさず斬り伏せる。

 ——レイチェル!

 両脇を押さえていた黒マントがいなくなってもレイチェルは放心した様に(うつ)ろな表情で(たたず)む。

 すかさず、セレスさんは衣服を引きちぎられ半裸のレイチェルに、自らが羽織(はお)っていたコートを着せる。






 そして、シクルドの前に立ちはだかるのはバルだった。

 狭い室内に黒マント共に囲まれながらミゼルと背中合わせに、シクルドと対峙する。

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