刻の輪廻で君を守る

***

 やってみるもんなんだなー。

 踏み出した俺の視界には部屋の外側、階下に降りる階段が目に入った。

 物理干渉は出来ない代わりに俺は『通り抜ける』ことが出来るよーだ。

 いよいよ『幽体離脱』の言葉が頭をよぎり始めるが、そちらは取り敢えず後で考えることとする。


 階段を降りると、そこはまるで倉庫のような作りだった。家具も何もなく、仕切りの壁すらなくただ広がった床に何人もの人影。皆、寝静まっているようだが……大人の姿はない。

 複数の少年少女達が毛布にくるまって雑魚寝(ざこね)しているのだった。

 バルって大家族だったのか!?


 と、

「誰? ボス?」

 ふと、1人の少女が寝ぼけ(まなこ)をこすりながら起き上がった。

 銀髪のショートヘアにその瞳は黄金色を宿している。歳の頃は……7、8歳くらいか?

「ボスじゃない? ボスのお友達?」
「ボス、とは?」
「…………」

 思わず聞き返してしまった。固まる少女。


 あ、ヤバい。


「皆ぁ、起きてぇぇー! 知らない人がいるのぉぉぉーー!!」


 少女の上げる叫び声に周りが起き始める。と、同時に上からドスドスと音をさせ、巨体に似合わず一瞬でバルが階段を駆け降りてきた。


「誰なんー! ……って、あれ? アシュ氏?」
「あ、ああ……ここがバルの家なのか? ども……お邪魔してるみたいだな……」

 しかし、俺の誤魔化(ごまか)しは全く聞いてないようだった。

 まるで人を射殺(いころ)すかのように普段と全く違う鋭い目つきのバルは、ジリジリと警戒しつつ俺から逃げ道を塞ごうとする。


「……なんでここがわかったん? 答え次第ではアシュ氏には申し訳ないけど無事に帰す訳にはいかんかも……」

 いつものバルからは全く予想もつかないほどの殺気。

 それと同時に周りの影=起き出した少年少女達が俺を取り囲むように動き始める。彼等はそろって手にした短刀の刃を俺に向ける。

 もはや、逃げ場は無い。


「大人しくしてるなら怪我はせずにすむのだな……」

 高まる緊張……。

 摺り足で、バルが間合いの中に踏み込んでくる。


 な、なんでこうなるんだよ……


 冷や汗が流れるのを自覚する中、遠くの方で時計塔の鐘の音を耳にする。


 リーンゴーンリーンゴーン……


 その鐘の音と共に、またしても世界が灰色のモノクロームに染まって……反転していく。


 世界が反転していく。

 世界が反転。

 …………


「なので、昨日はリアンの風邪で医者探ししてたのだー」
「そうなのね。でも早目にお薬頂いて熱が下がって良かったわね。オフィエル祭、楽しみにしてたんでしょ? 妹さん」
「まー、それはそうなんだけどねー。明日までに絶対、身体を治して行く、て宣言されたんだなー」
「私達も行くのよね、アッシュ。ミリーが楽しみにしてたし」

 気がつくと元のテラス席でバルの妹の話を聞いていた。

 ……あの、凄味(すごみ)の効いたバルはもういない。


 助かった……のか?


 ようやく、胸の中に溜め込んでいた空気を一気に吐き出す。

 極度の緊張が解け、ドッと疲れがのし掛かってきた。

 どうやら、俺は『現在』に帰ってきたらしい。

 昨日と同じく。


 バルの妹は足の骨折ではなく、熱を出して風邪を引いたらしく、昨日は休みを取って医者探しをしていたとのこと。

 俺が、あの場に居たことは全く覚えていないっぽい。

 よく考えるとそれは昨日のミリーも同じだった。


 過去が変わるとその場に『俺』が居たことは忘れ去られるわけか。


 多分、バルを無理矢理起こす事で、バルが寝過ごして妹さんが水汲みで骨折する時間軸を阻止した、とみていいのだろう。

 だが、おかげでバルの妹・リアンは明日からのオフィエル祭に参加出来るようになるらしい。


 それは…………本当に、良かった。


 そう、この場の誰にも理解されることはないが、俺は『過去を変える』ことができたのだ。

 ……恐らくは、あの『時計塔』、そしてあの『天使』達の力で。

 あの現象は再び、起こった。



 ……一つ、決めた事がある。

 俺は、この現象を『刻戻(ときもど)り』と呼称する。

 これは勝手な予感だが……恐らく、これからもまた、この『刻戻(ときもど)り』は起こるのだろうから。

 ククク……いいぞ。

 俺にはその力がある。何故なんだかはさっぱりわからないが、あの『天使』達が言ってたのだ。

 そして、その度に俺は過去を、『運命を変えて』やろうじゃないか!




 と、俺が一人ほくそ笑んでいると、

「アシュ氏、なんかいやらしい笑いを浮かべて気持ち悪いのナ……そうそうレイチェル氏、知ってるー? アシュ氏がオカルトに目覚めた件ー」

 突然、バルが余計な話題を振りやがった。

「え!? 何それ? アッシュ、どうしちゃったの。あれだけ怪談話で怖がってた私を小馬鹿にしてたのに……」
「いや……アレは昔の小っちゃな頃の話だろ…………」
「あの時は本当に怖かったんだから! 私が苦手なこと知ってながらアッシュは笑ってるしー」
「…………」

 いかん、バルのヤツめ。余計なことを。

 焦って手元の飲み物を一口。

「あ! …………ぅぅ……」

なんだ? 急にレイチェルが黙り込む。

「あー、アシュ氏、それ、レイチェル氏のレモネードだよー」

 焦ったのとハムサンドの塩辛さで思わず手元の飲み物を間違えて飲んでしまった……。


「わるい、レイチェル。間違えて一口もらった。……確かに有名なだけあって美味いな、コレ」
「……う、うん……」

 なんだよ? 急に静かになって。

 何やら手をギュッと握りしめてる。……怒ってんの?

「じゃ、じゃあ、もう私、溜まってるお仕事があるから先に行くね!」

 あれ? たいした案件じゃなかったのかよ?

 俺の手からグラスを奪い、足早に去っていくレイチェル。

「これはアシュ氏が悪いんだなー」

 なぜかニヤニヤしながら俺のせいにするバル。

 俺が何をしたと言うんだよ……。

 残ったハムサンドを仕方なく口の中に飲み込む。

 懐中時計は13:15になろうとしていた。

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