刻の輪廻で君を守る

***

 セレスさんに無理やり約束させられた日曜日が無情にもやってきた。

 何で怠惰を好むこの俺がこんな目に合うのか未だに納得できてないが、それでもこの『借り』を返さないと国家間レベルでヤバい……と言われた以上、逃げるわけにはいかんよなぁ。

 何せ、行かなかったら、何が倍になって返ってくるか分かったものではないし、セレスさんの場合。

 ごちゃごちゃ考えながら、やる気なくベッドから起き上がる。はぁー。

 元倉庫にしていた俺の自室はあまり家具もなく殺風景だが、それでもさすがに鏡ぐらいはある。

 一応、礼儀的に鏡でせめて寝癖は直しておく、か。

 そう思って鏡を覗き込んだのが過ちだった。

「…………」

 鏡の中には、何故か疲労感全開のよれよれ男がいた。相変わらずの寝癖に、半ば死んだ魚のよーな目。我ながら、なんで日曜の朝から、こんな姿なんやら。

 うん、やめよう。

 鏡は敵だ。自分の顔を見て、やる気が削がれるのはヤメだヤメ。

 親の住むすぐ隣の実家で簡単な朝食——トーストにバター、だけ頂いて予定時刻の辻馬車に間に合うように玄関の扉を開けた瞬間、目を疑った。

「レイチェル……と、ミリー?」

 日曜の朝なのに、二人揃ってるのは何の用事だ??









 玄関前に佇むレイチェルはいつもの法服姿ではなく、外行きの薄い秋桜(コスモス)色のワンピースに、そろそろ寒さも目立ちつつある11月初旬に合わせたのか暖かそうな茶色のカーディガンを羽織っている。当然、いつもの左眼のモノクルとネックレスはそのままに。

 そして一緒にいるミリーも茶色のベレー帽に白のブラウスと薄青色のスカートに、これまた桃色のストールで寒さ対策アリのお出かけモード万全だ。

 一体、どこに出掛けるつもりなんだ!? とゆーか、何故にこんな朝っぱらから我が家の前に??

「…………」

 しかし、レイチェルは一言も発せず、ジーッと俺を見上げている。いつもなら、真っ先にその口から文句が飛んでくるにも関わらず、にだ。

 いや、マジで何なんだよ。言ってくれんとわからんぞ……。

「あー、レイチェルお姉ちゃんは言いたいことがいっぱいあるのに、どれから言うか悩んでるみたいなのかなー。……アシュレイお兄ちゃん、何かした?」

 そのつぶらな瞳を輝かせてミリーは疑問系で問うも、その目は完全に『俺が悪い』と断言している。

 いや、俺は何もしてないって。

「ホントなのかなー? レイチェルお姉ちゃんがこんなに困ってるの、アシュレイお兄ちゃんのことでないと有り得ないと思うんだけどなぁー」

「いや、ミリー、俺は今から約束させられて出掛けるだけなんだが」

「その約束がダメなんじゃないのかなー?」

 そう言っても、この借りは返さないと国家間的にマズイって言うか、何て言うか……

 俺の言い訳じみた返答に、ミリーにしては珍しくす〜っと目を細めて睨んでくる。真実なのに、なんか信じてもらえてない気がする、この不思議。

「アシュレイお兄ちゃんがそう言うのなら仕方ないんだと思うんだけど……」

 そう言ってミリーは側のレイチェルに何やら促すのだが、肝心のレイチェルは下を俯きつつ握り締めた両手の指をくねらせるだけ。

「なぁ……悪いんだが、もう辻馬車の来る時間なんだ。先に行っていいか?」
「はぁー、レイチェルお姉ちゃんが言わないんなら仕方がないと思うのです……」

 すでにガシャガシャと車輪の音が聞こえつつあるので、レイチェルとミリーに断りを入れて待合所に向かうことに。

 時間的にもギリで小走りだったため、俺はその後のミリーとレイチェルのやり取りを聞き逃すこととなる。






「行って欲しくないなら、ちゃんと言葉に出して伝えないといけないと思うよー」

「……でも、アッシュは私なんかよりあの人の方を」

「そんなことないと思うよー、ミリーは。だから、口に出して言わなきゃー」

「…………無理よ、そんなの」

「『無理』って……じゃあ、レイチェルお姉ちゃん、どーするのかなぁ?」

「…………尾いてく。アッシュが変なことしないか見張ってなきゃ」

「やっぱり……そうなるんじゃないかなー、と思ってたのですー」

 そうして、ミリーは『ハァーッ』と深いため息をつくのだった。











 セレスさんとの待ち合わせ、そこは路地街を見下ろせる、階段を登った先の高台にある例の公園だった。

 ゆったりとした長袖の白のワンピース、それには膝下まであるスカートには可愛いチェック柄が入っている。その上にグレーのハーフコートを着てらっしゃるセレスさんは、その格好で仁王立ちで怒ってらっしゃった。

「アッシュ君、3分遅刻! 私、デートで相手を待たせたことは数限りなくあるけど、待たせられたのは初めてだわ!」

 セレスさんは背後に(そび)え立つ時計塔の文字盤を指差す。その文字盤にあるのは、



 09:58



「約束、10時だったと思うんですが?」
「5分前行動って知らない?」

 言葉は知ってる。

 でも、それと今の時刻が3分遅刻、という事象とが、どんなに分析・推定しても繋がらないんですが、セレスさん。

「私を待たせているのが既に遅刻よ、と言ってるの」

 流石にそれは横暴でっせ……。

「だから……罰として、今日一日、私に付き合うこと! それで、この前の『貸し』はチャラにしてあげるわ」

 それってつまり?

「そ、今日は一日、私とデートして過ごすの!」

 デート……? 俺の頭が真っ白になった。何でそうなる!?

 パニクる俺を見上げて、セレスさんはニヤァッと笑みを浮かべる。

「アッシュ君、今まで女の子とデートしたことはあるの?」

 デート、なぁ……レイチェルやミリーと買い物とかカフェ巡りの付き添いなんかはあるけど。女の子とデート、とやらは……

「多分、無いですね」
「じゃあ、これが初デートね! フフフ〜、初デートが私って光栄でしょ!」

 セレスさんの黄金色の瞳がキラキラと輝いている。その笑顔は無邪気なよーに一見、見えるんだが……なーんか、裏に思惑がありそーに見えるんだよなぁ。






 と、背後から何か(かす)かな物音が聞こえたような気がする。

 ……「違ウ!」とか、いや、何だろ?

 思わず振り向きかけた瞬間、セレスさんが俺の首を片手でガッと抑えた。

「え、何です?」
「別に気にしないで。ちょっと肩口に虫がいただけよ」

 そう言いながら、セレスさんは俺の肩を払う仕草を見せる。何故かやたら上機嫌だ。

「虫、ですか?」
「ええ、ただの羽虫。……ほら、いるじゃない? 『オジャマ虫』って」

 ニヤリと笑うセレスさん。その目がどこか背後をちらりと見たような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

 いや、たぶん気のせいだ。……だよな?

「さ、私たちは楽しみましょ! フフッ」

 ルンルン、という音が響いてきそうなほど上機嫌にセレスさんはステップしながら歩いていく。何がそんなに楽しいのやら。

 仕方ない……。『借り』を返さないと、な。

 これが、長い長ーい一日の始まりだった。

⭐︎⭐︎⭐︎