刻の輪廻で君を守る

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「す、すいません、先生……あ、判事長。皆とミーティングをしてまして……でも、護衛も付けずにいるなんて不用心ですよ? この大事な時期に」
「よいよい、そのようなもの。何かあれば君達がまた私を助けてくれるだろうしね」

 そして、ホッホッホッと笑い出す。

 うーん、相変わらずのマイペースっぷりだ。こちらの状況、お構いなしに入ってくるのはいつも通り。

「それに君達には私からもお願いしたい旨があったので、ここで会えたのは好都合であったわ」

 俺たちにお願い? なんだそれ?

「例の誘拐被害の娘どの……リアンという名と聞いているが、彼女に次の第3回目の公判で証言をして頂きたい」

 そのクリフトン教授の言葉を聞いた瞬間、猛烈に反対したのはレイチェルだった。

「先生! ……すいません、判事長。先ほども言ったように私は反対です! リアンちゃんに証言してもらうだなんて!?」

 しかし、クリフトン教授はレイチェルの反応をあらかじめ予想していたようで、例の好々爺の様な笑顔で聞き流す。

「リアンに、アルサルト関与の誘拐事件について証言をさせる、てことなのかなー? それは」

 バルが疑問形だが、ほぼ確信を持って尋ねる。その視線は鋭くクリフトン教授を睨みつけていた。

 その剣呑(けんのん)な視線を物ともせず相変わらずのペースでクリフトン教授は話し出す。

「ホッホッ。理解が早くて宜しいな。ご存知、公判はこちらに有利に進んでいる。だが、背後にいるカルタ帝国がこのままで終わるとは思えん。何らかの形で仕掛けてくることがほぼ予想されておる」

 ——なので、仕掛けられる前に、容疑者(アルサルト)が指示した『天使似の子を捕まえろ』と言われた被害者自身の証言があれば裁判の勝利は決定的となる。

「そして、アルサルトの容疑が確定すればその裏で繋がっているジーグムントの容疑も確定するであろうな。……そうすれば」

 この一連の事件は終わりを迎える。『敵』の親玉である市長が逮捕されればカルタ帝国と言えど、もうクロノクル市国に手は出せない。

「容疑が確定すれば、容疑者の引き渡しも聖教ソリスト教国に出来るであろうしな。特使の任務も果たされることとなる」
「…………」

 クリフトン教授の話を聞くセレスさんも、何も言葉を発さず無言のままだった。

「でも、リアンちゃんはまだ8歳ですよ! それをあんな大勢の中で。しかも自身が辛かったことを語らせるなんて……私は判事ですが裁判の為と言え、リアンちゃんを証言台に立たせるのは絶対にダメです!」

 ここまでレイチェルがクリフトン教授に食ってかかるのは、そうは無いだろう。

 それはそうだ。あんな幼い娘を証言台に立たせるなど……

「レイチェル君が、幼い彼女の身を案じる気持ちは良くわかる。彼女の身を守るための万全の体制は私が保証しよう」

 そう、クリフトン教授は頷く。そして、彼は突如、バルの方を見つめて、更に言葉を繋げる。

「君のことはよく分かっている。どういった立場の者なのか、もね」
「っ!」

 珍しくバルの目に動揺が走った。

 その言葉の真の意味は——少年ギャング団のことを、バルが『バルスタア団』の団長であることを示しているのだから。

「私自身は、君、いや君たちの行動が正しかった、ということが世間に公表されるきっかけにもなれれば、とは思ってもいるのだよ。君たちのお陰で事実、リアン君は誘拐されずにいるのだから」

 ——そこまでの全てをこの公判だけで望むのは難しいとしても……せめて、憲兵隊への理解が生まれれば、と。

 その目線はバルと、隣のユリウスとを互いに行き来する。

 ユリウスはその言葉に、スッと(こうべ)を垂れて恭順の意思を表わす。

 バルも、悩ましげに眉を(ひそ)めるが、肯定も否定も述べず。

「言っておきますが、私はそれでも反対です!」

 レイチェルは、それでもやはり反対だった。……俺もミリーがもし証言台に、と言われれば絶対に反対していただろう。

 その気持ちは同じだ。

 それが分かっていながらバルが悩んでいるのは、クリフトン教授が出してきた交換条件だ。

 暗に、リアンが証言台に立つことで『バルスタア団』が憲兵隊に今後、追われない形に出来るのでは、と言っているのだ。

「……リアン自身がどう思うのかを聞かないと僕では答えられんのだなー。彼女が嫌と言うなら無理強いはしない……」

 数十秒の沈黙を待ってバルが答えたのは、そういった現実的な返事だった。

「それで良い。しかし、自ら真実を語ることで彼女自身が強くなる可能性があるのだよ」

 と、満足げに頷き、また来た時と同様に靴音を鳴らしながら図書館から去っていくのだった。









「良いのか、アレで?」

 レイチェルの思いとは違い、あくまでバルの話と思っていたので直接、あの場で何か言うのは控えていたのだが、俺もレイチェルと同じ意見だ。

 何かバルに言いたそうなレイチェルを片手で制止してバルに確認する。

「話を聞いたリアンがどう言うかが一番だよー。僕じゃなくー」

 それはそうなのだが……端から断る選択肢もあったわけで。

「あの子達も大きくなってる。イワンやミゼル達はもう13歳だし、成人になるのも、もうすぐなんだなー」

 大人になってもいつまでも憲兵から隠れ続ける生活をあの子達に()いてしまう、のはなー……と。

「僕みたいに『ずっと隠れ続ける生活』、てのはさせたくないのだなー」

「…………」

「……僕は家族を守りたいだけなんだなー。リアンが望まないならそれ以上は求めんしー。でも、リアンが語ることで僕たち皆が何かを変えられるのなら……応援したいのだなー」

 それを聞いたレイチェルも、何か言いかけた言葉をグッと(こら)えた様子だった。

 バルは、あの大家族の親として子供達の将来を考えているのだ。

 俺たち外野がとやかく言えるものではない……。





 結局、クリフトン教授の乱入で話題が逸れた後は一旦、この会合は解散となった。

 憲兵隊の仕事があるであろうユリウスがさっさと出ていくのは兎も角。

 バルよ、『アシュ氏にはスマンけど、今日は早退けするのだなー』と、俺一人を置いて職場放棄するのは無責任と思うのだが。お前、有休が残り少ないとか言ってなかったっけ? 知らんぞー。

 ……まぁ、それもこれもリアンのことを案じて、いち早く彼女に伝えるため、ということなら致しかたないとは思うけどな。






「はい、じゃあ、チーム・アッシュ()の初会合はこれで終了! アッシュ君はリーダーとして責任を持って、証拠の隠滅を!」

「具体的には?」

「これ、ヨロシク」

 と渡されたのは黒板消し。リーダーとは名ばかりで結局は単なる雑用係じゃないかよー。

 ま、しゃーないけど。




 で、セレスさんに言われた通りに、黒板の文字を消して、元の壁際に収納したりする。

 何故か、レイチェルとセレスさんは俺が一連の作業が終わるまでじっと待っていた。

 いや、それなら手伝ってくれませんかね?

 と、作業が終わるのを見計らったセレスさんが口を開く。

「アッシュ君、明後日の日曜は何か予定があったりするかしら?」
「あー、特には何も……」

 むしろ何か予定が入ってる方がレアだからな、俺の場合。

 でも、何故に俺の予定を聞いてくるのだセレスさんよ。

「そう。なら好都合ね。アッシュ君、明後日の日曜、この間の『貸し』を返しに来てもらうわね」

 は? 『貸し』?

 …………あー、例の外交特権の件、か。

 しばしの後、ピンと来た俺の表情を見て、セレスさんはニヤァッと笑う。

 出たよ、例の笑み……。

「言ったでしょ、『貸し』だって。ちゃんと返してもらうわよ、何せ国家間レベルの貸しなんだから」

 だから遅刻厳禁よ、と念押ししてセレスさんは満足そうにニヤニヤしながら図書館から去っていった。

 スキップしてったぞ、あの人。

 何を企んでるのか……ヤな予感しかしないが、行かなきゃ倍になって返ってきそうだしなァ。

「アッシュ、セレスさんのお誘い、本当に行くの!?」

 レイチェルよ、あれがお誘いの言葉に聞こえたか? 明らかに前の『貸し』を取引にした強制参加だろーが。ほぼ脅迫だぞ。

 渋々、頷くと、レイチェルは何か言いたそうに、でも結局は何も言わずに無言で佇む。

 何だと言うんだよ……。

「……何でもない。アッシュのバカ」

 俺への悪口だけ残してレイチェルも去ってしまい、一人、職場たる図書館に残るのは俺だけ。何故に罵倒されねば、ならんのだ……納得できんぞ、おい。

 何も仕事してないはずなのに、やけに疲労感だけが残る一日だった。

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