刻の輪廻で君を守る

***

 それは兎も角、バルのアジトに匿われているレイチェルと合流すべく、アジトのある貧民窟へ。

 時計塔の文字盤は19:20。

 秋の季節ももうすぐ終わるこの時期ではすっかり陽も落ちてしまって夜の闇の中を皆で貧民窟へと歩みを進めている。

 俺たちの持つランタンの灯りのみが道を照らし出す。

 さっきまで何かと俺に話しかけてきていたセレスさんも、貧民窟に入った瞬間から何も言わずに、ただ黙って進んでいた。

 中心街から南東に位置する貧民窟。南南東の俺たちの済む郊外地区よりは距離的に中心街寄りだが、明らかに入った瞬間に空気が違った。

 ランタンの灯りが照らす視界の中に、人は殆どおらず、居ても道端で倒れているか、瓦礫の影からこちらの様子を伺ってる者ばかり。

 たまに、わけのわからない誰かの悲鳴のような声が聞こえるが、それを聞いても誰も何も反応がない。……これがここの日常なのか!?

「ここが、貧民窟か」

 耐えかねたのか、口を開いたのはユリウスだった。

「そうよ。お偉い元貴族の騎士様には想像もつかなかったかしら。こんな所がクロノクル市に存在するなんて」
「……だから『少年ギャング団』に入ったと言うのか? 貧民窟にも孤児院がある筈なのに」

 !? ユリウス、また余計な一言を!

「少尉! それは言ってはいけない言葉よ!」

 セレスさんまでもが止めに入るが、遅かった。

「ハッ! 孤児院ですって! 流石は町の安全な所でふんぞりかえってらっしゃる正義の騎士様よ! あんな所、入ったら奴隷商人に引き渡されて海外に売り飛ばされるのがオチって知らないのね!?」
「なん……だと!?」

 それは……アルサルトの裁判でもレイチェルが指摘していた疑惑。それをキケセラは肯定してみせた。貧民窟での常識だと。

「そうならない様に、ボスがアタシ達を助け出してくれて、『バルスタア団』に、家族にしてくれたのよ! それを、誘拐してるだなんて……アンタ達は……!?」

 今までの怒りが噴き出たのだろう。キケセラは歩みを止め、泣き叫びながらユリウスに激昂する。

「なのに、アンタらは、ボスを誘拐犯だなんて! アタシらを救ってくれたのがボスなのに、コイツが……コイツらが……」

 最後の方はもう言葉にならなかった。

 13歳の女の子の逆鱗に触れたユリウスはただ、呆然と立ち尽くす。

「オレは……オレは、憲兵隊として、騎士として正義を……行ってた……はずなのに……」

 まったく……。

「キケセラ、気持ちは分かるが、今はコイツもレイチェルや皆を守りたいという気持ちで動いている。守りたい気持ちだけなら、過去にリアンを助けようと全力だった。その気持ちは本当だと、俺は思う」
「…………うん、アシュ兄ちゃんの言いたいことはわかる。アタシが言い過ぎた。ゴメンなさい」

 立ち尽くすユリウスに、キケセラは少しだけ頭を下げて謝る。が、その後はプイッと向き直って顔も見ようとしない。

 まぁ、わだかまりが直ぐに無くなるって方が不自然だからな。これは仕方あるまい。

「良き、介入でしたな、アッシュ君」
「フフーン、流石ね。アッシュ君」

 何やらワルターさんとセレスさんが、よく分からない賞賛をくれるが、それは置いといて。

「…………」

 13歳が自分の年齢の倍近い男に謝罪したってのに、コイツはいつまで呆然としているのやら。





「アシュ兄ちゃん、じゃ、行こうか」
「あ、ああ……」

 キケセラが声を掛ける。

 魂が抜けたように、ボーっとしているユリウスは兎も角、レイチェルのいる『バルスタア団』のアジトへ向かおうと。

 それは、そうなんだが……

「どうしたの? アッシュ君? ……何かあるの?」
「…………」

 いや、何かあるという訳では無いんだが……

 なんだろう、この違和感は?

「アッシュ君、もし何か思うことがあるのなら、それで良いのよ」
「え? いや、そんな俺は……」

 これが何なのかも分からない。そんな違和感の為に、足を止めなくても……

「……はぁー。アッシュ君、そろそろ自分のカンに自信を持ちなさいな。私たちは、キミのカンで助けられてるんだからね」

 は? いや、俺のカンはそんな上等なモノじゃ……

 そう言おうとしたのだが、

「自分も、君のカン、そして策に助けられたと思っているぞ」
「そうよ! アタシもだし、リアンも、ボスだってそうよ。なんで肝心のアシュ兄ちゃんがそんなことを言うのよー」

 …………。

 そ、そんなものなのか? うーん……自分では良く分からんのだが。

「で、その違和感は何なのかしら?」

 それなんだが…………

 俺の中で、ずっとある疑問。

 『刻戻り』で、例の詩集本がレイチェルの手に渡るのを阻止したにも関わらず、何故か再びレイチェルへの冤罪が始まった。

 今の時間軸では、アルサルトがページを破った詩集本は、ヤツの船、蒸気船の方に交換で持って行かれている筈。

 そう、実際の本そのものは、ヤツらの手元にあるにも関わらず、だ。

 そして、例の破かれたページ。

「…………」

 わざわざ、『破く』という行為には何らかの意味がある筈。それは何なのか……。

 …………まさか? とすると、これは……罠!?




「キケセラ! 周りに尾行しているヤツがいないか確認してくれ!」
「そんなのいるワケ……え!?」

 その瞬間、ヤツらが現れた。



 黒マントども!



 闇の暗がりから一瞬で十数人もの黒マントが曲剣を掲げて出現する。



「そんな!? 気配は探っていた筈なのに!?」
「いや、キケセラのせいじゃない。コイツらはこの貧民窟で罠を張っていたんだ」

 そうだ。

 あらかじめ、貧民窟の様々なポイントで複数人ずつ見張っていて、俺たちが通りすがる度、しばらくだけ尾行して次のポイントで別の複数人グループと交代する。

 このやり方なら、キケセラと言えど、よっぽど注意しなければ、尾行者がいるとは気づきにくいはず。

 ヤツらの狙いは……『バルスタア団』のアジト!

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