刻の輪廻で君を守る

***

“ありがとう、アシュレイお兄ちゃん”



 俺は……過去を『変えた』。

 ミリーの笑顔を取り戻した。

 誰も、その事実は覚えていないし、事実自体が『無かった』ことになっているのだが。



「何て、な」



 馬鹿馬鹿しくて話す気にもなれん。

 時計塔の針が異なる時刻を示すと天使が現れて過去に移動した、なんて。

 馬鹿らしい……

 夢に決まってる。

 でも、もしも、再び『彼等』が現れたなら……俺は……



「おーアシュ氏。おはよーさんなんだなー」

 物思いにふける俺にかけられた独特の挨拶に振り向くとそこには大柄な男がいた。



 この男は同僚のバル。

 縦もデカいが横にもデカい。要はデブなのだが、この男にそんな指摘は物ともしない。

 『僕はビッグな人間なんだなー』と(うそぶ)くのみである。

「どしたん? 何か浮かない顔をしてー」

 春からわずか数ヶ月の付き合いであるが、こうやってこちらの事情をすぐに察するのは流石。

 見た目と違い(スマンな)、彼は中々に気遣(きづか)いの(こま)やかな男なのだ。

「いや、特に何もないのだが……ところで、バル。この図書館でオカルト関係の本はどの辺りにあったっけ?」

「んー、それなら2階奥の東の棚にあったと思うんだなー。でも、ホントどしたん? オカルトなんてアシュ氏は全く興味が無いと思っとったんだがー」

「いや、そんなことは無いぞ。ただ『読む』という労力をかける気力が足りないだけだ」

「それを『興味が無い』と言うのだよー」

 ほっとけ。

 窓の外の時計塔は今日も変わらず2つの針で時刻を示し続けている。

 当然ながら俺の懐中時計と同じ時刻である。

 オカルト、て線はない筈だよな。

 例の『黄金眼と銀髪の娘達の絵』も、いつの間にやら無くなっているしさ。

「さ、アシュ氏、ちゃんと仕事をするぞなー。いくら勤労意欲がなくても給金分は働くべきなんだなー」
「そんなこと、分かってる」

 そう、これがいつもと同じ日常。昨日はただ夢を見ただけ、の筈だった。




 午前中の勤務は特に何事もなく過ぎていく。
(アシュ氏はただ座ってただけじゃないかよー、というバルの言葉は右から左に聞き流すとする)

 司書室前の札を『休憩中』に裏返して俺とバルは昼休みに出ることに。

 ちょうど時計塔の昼の鐘の音が鳴り響く中、俺達と同じ様に昼休憩を求めて雑多な人達が大広場には溢れていた。



 ここ、町の中心の大広場は、今日みたいな天気の良い日は屋台やパラソルを備えたテラス席が多数用意されている。

 そうでなくても明日から始まるオフィエル祭の準備で屋台や露店はいつも以上に賑わっていた。

 その中でも特に体積の大きなバルが、両手で頬張りきれないほどのチキンの塊を抱えて座れるテラス席を見つけたのはしばらく経った12:25になる。



「あ、よーやく見つけたわよ、アッシュ。バル君もお久しぶり」

「おーレイチェル氏ー。今日も暑そうな格好してますなー」

「そう? 見た目ほどではないんだけどなぁ、そう見えるのかぁー」

 やっと見つけた席で一服しようとした所にやってきたのはレイチェルだった。片手には屋台で買ったであろうサンドウィッチと飲み物を手にしている。

 バルの言う『暑そうな格好』とは例の全身黒づくめの法服のことを言ってると思うのだが、こればかりは判事の制服なんだから仕方あるまい。

「レイチェルも昼休憩か?」
「そうよ。今日は大した案件じゃなかったから午後まで持ち越すこともなかったし」

 簡単に言うがレイチェルが判事になったのはこの春からだ。僅か数ヶ月でもう業務に慣れてきてるらしい。やはりこの天才少女はやることが違う。

 こうやってレイチェルも昼休憩が取れる時は俺達とランチすることが度々あったので、このバルとも何度か挨拶している仲である。

「えへへー、あそこのレモネードが流行りって聞いて買ってみちゃったんだ〜」

 そう言ってレイチェルは俺の横の席について片手に持っていたグラスをテーブルに置く。涼しくなり出した秋口とは言え、まだまだ暑さの残るこの時期には確かに美味しそうだった。

 昔から流行りのお菓子には目がないのだ、この妹分は。

 俺も自分のハムサンドにかぶりつく。

 そうやって俺達がランチを取っていると、何やら向こうの方で人々が騒いでいた。

 はて?



『この方、ジーグムント・ガイウス市長! 我々のクロノクル市が豊かな発展を続けられるのも100人評議会議長かつクロノクル市長でもあるジーグムント氏のおかげなのです! 皆さん、忘れてはいけません!』

 何やら黒づくめの服装の団体が、ある1人の厳つそうな男を中心に揃い立っている。そして広場にてランチを取る人々に向けて大声を張り上げていた。

「あー再来月に選挙があるから演説をやってるんだなー。でもうるさ過ぎて折角のランチタイムが台無しなのなー」

 バルにしては珍しく棘のある声音で呟く。

「私はまだ選挙権はないしね……」

「男は18歳からだけど……俺は行ったことないぞ」

「ええー!? アッシュ、選挙は町の未来を決める大事なことなのよ! 貴族制を終わらせた私たちが、自分たちの意思を示す場なの。それ、ちゃーんと分かってる?」

「わかってるけど……どうせ、結果は同じなんだろ?」

「それでも意思を示すことに意味があるの! ……ほーんと、アッシュは私がついてないとダメよねぇ……」

 選挙に行かなかったことをレイチェルは目を三角にして怒り出していた。うーん、怒らせると怖いんだよ、この幼馴染みは。




 このクロノクル市は、それまでの『貴族』達だけで構成されていた『貴族議会』を世界で最初に廃止、『民主制』をいち早く取り入れた町だ。

「……この『民主制』を支える為にも『法律』は大切よ。人が人を平等に、そして公平に裁く為の道具。決して恣意的に使ってはいけない。私の敬愛してる教授の言葉で、私もそれが『正義』なんだって思ってる」

 ……だから判事になった、か。




「ガイウス一族は、この町を創立した一族だし貴族制度を廃止したと言っても町全体を支配する権力は変わらず。その家長ともなればってやつだよな、これはー」

 バルが選挙演説を繰り返している彼等を眺めながら呟くが後半はよく聞こえなかった。

「そう言えば、バル、昨日は休みだったがどうしたんだ?」

 ふと気になってバルに問う。

「あー、それはねー」

 と、バルはその理由について話し出すのであった。

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