刻の輪廻で君を守る

***

 ……疲れた。ひたすら疲れたぞ、おい。

「アシュ氏、仕事中にそんな寝そべってるのはダメなんだなー」

 そういうお前は、新聞を広げてくつろいでるじゃないか。そっちは良いのかよ。

 いつもの図書館業務。

 例によって来訪者は誰もおらず、俺とバルのみが『司書』という名の待機番をし続けている。

 窓から見える時計塔は10:50を示していた。

 チラッとバルの持つ新聞に目を向けると1面にレイチェルの就任式の特記事。

 ……何とも、超有名人になってしまったもんだな、本当に。

「昨日はパーティーを楽しんできたのに、その態度はないのだなー」
「誰も楽しんどらんわ……人生史上、最大の苦痛だったぞ」
「またまたー。朝の通勤でレイチェル氏に会ったんだけど『アッシュ、すっごくパーティーを楽しんでて、いいご身分ね〜』と言ってたぞなー」

 苦痛の原因の片割れに言われましても……。

「僕も有給の残りがあれば就任式には行きたかったのだがなー」

 俺たち二人が共に休んだらこの図書館は急遽、休館になるのだろーが……まぁ、誰も困らんか。

 に、しても

「そういや、最近は午後の用事は無くなったのか?」

 以前はよく用事で午後には帰っていたバルなのだが、

「ああー、それなー。セレスさん、カンが鋭そーだから、『バルスタア団』のことがバレないように接触を減らしてたんだけど、アシュ氏にとっくにバレてたのなら意味がなかったのだなー」

 ………………おい。

 んじゃ、お前、本当に用事があって休んでたのではなく、セレスさんを避ける為に嘘ついて休んでたのかよ……き、気を遣って損したぞ、マジで。

「お陰で有給がほとんどないのだなー」

 それは自業自得だろーが。






「相変わらず、ここはキミ達しか居ないのね」

 と、そこに現れた来訪者はセレスさんだった。

 ……昨日の苦痛の原因、その片割れですやん。

「セレスさん、ここにはどうして?」
「そうね〜。今日は本探しじゃないの。キミ、アッシュ君に用事があって、と言ったら?」

 例によってニヤリ、と笑みを浮かべるセレスさん。……出たよ、これ。

 思わず後ずさる。

「フフフ、昨日は楽しいパーティーだったわね。アッシュ君も楽しめたかしら?」
「…………」

 あの状況で楽しんでらっしゃるのはセレスさんぐらいでしょーよ。周りもドン引きでしたやん……。

 ツカツカと俺の目の前まで迫るセレスさん。え、一体、何を……。

「キミが欲しい」
「はぁ?」

 いきなり何を!? 意味が分からない。

「単刀直入に言うわ。前にも話したけど、アッシュ君、私と本国“聖教ソリスト教国”に来ないかしら」
「…………」

 何故、俺にそんな固執するんだ、セレスさんは。

 俺には何も無い。

 レイチェルの様に天才なわけでも無いし、バルの様に多数の人に慕われるわけでも無い。

 そうなのだ。俺は周りの凄い奴らに比べて何も無い。自分にそんな価値があるとは……思えない。

 あるのは……『刻戻り』の力だけ。

「そうね。キミが『刻の改変者』、いや『刻の修正者』であることは大きいわ。それは否定しない」

 そうだろうな。それ以外に、俺には何も……

「でも、それだけじゃ無いわ。キミ自身にも興味があるのよ。この私が……」

 そう言って、セレスさんはカウンターから身を乗り出してこちらに顔を近づける。その黄金の瞳が、俺の顔を射抜く様に見つめ続ける。

 ……なんだ、なんなんだ、これは……



 ドクンッ、ドクンッ!



 ダメだ、身体が……動かない……蛇に睨まれた蛙とはこのことかよ。……心臓の音だけが早鐘の様にこだまする。



 近い近い!

 セレスさんの蠱惑的な顔がドンドンと迫ってきて、俺の額から冷や汗が滲む。



 チラッと、視界の端にバルの呆れた顔が写る。



 た、頼む!

 俺の視線を受けてバルが、ハァ、とため息をつくも、俺の意を汲んでくれたようだ。



「あー、ここは公共の図書館なのだなー。そーゆーのはちょっと……それにセレスさん、あまり強引なのは良く無いと思うのだなー」

 た、助かった! バル、ナイスだ!!

 が、

「バル君こそ、他人の恋路の邪魔するのは良く無いわよ」

「それ、恋路なのー?」

「恋路」

「…………」

「コ・イ・ジ! …………馬に蹴られたい?」

「………………サーセン」

 なぁッ!? ま、負けるな、バルよ!?

 妖艶な表情で、近づいてくるセレスさん。互いの鼻息が感じられる程の距離に迫り、俺の顎に白魚の様な指が触れ、クイッと持ち上げる。

 艶かしい桜色の唇が、近づき……



 ゴクリ



 喉が鳴る。



「アッシュ! な、何をやってるのよ!!」

 その声で、セレスさんの動きが止まる。

 声の主の方を見る。

 図書館の入り口で仁王立ちしていたのはレイチェルだった。

「た、助かった……」

 と、レイチェルは鬼の形相でツカツカと歩いてきて、



 バシィーンッ!!



 俺の頬を一発、平手打ち。

 めっちゃ痛い…………いや、なんで俺!?










 なんかわからんが、我が職場の図書館は今まさに戦場と化していた。



 炎のオーラを背に持つ、虎の如き殺気のレイチェル。

 氷のオーラを背に持つ、龍の如く険しいセレスさん。



「まさしく、『龍虎相打つ』の図なのだなー」

 バルよ、他人事だと思って気楽なセリフを……。

 窓から見える時計塔は11:40。もう昼前じゃん。……昼飯にさせてくれよ、マジで。



 互いに睨み合って微動だにしない2人に恐る恐る声を掛けてみる。

「あー、ところでレイチェルはどうしてここ(図書館)に?」
「あ、そうだった! 肝心なことを忘れるとこだったわ」

 そう言って、取り出したのは緑の背表紙に星々の絵が描かれた一冊の本。

 それは?

「アルサルトは自分の留置場へ、よく自分の船から本やら何やらを取り寄せてはまた交換してるんだけど、その内の一冊がおかしいのよ。先ほど、留置場の衛兵から渡してもらったの」
「あのアルサルトの本、てことかしら……そう」

 流石のセレスさんも、アルサルト絡みとなると、一旦は戦闘モードを解除した模様。

 平和でいこーよ、頼むから。

「で、その本のどこがおかしいんだ?」
「ええ。ここを見て?」

 と、レイチェルはその緑の本を開いて、中のページを見せる。

 ん?

 そこにはあるはずのページが破り去られている。

 それも1頁だけじゃない。幾つかのページが明らかに人の手で破られている。

 これは一体……

「で、この破られたページが何なのか、同じ本で探せないのかと図書館に来たわけだけど……なんで、ここにセレスさんまで居て、変なことしようとしてるのよ!? ちゃんと説明しなさいよ、アッシュ!!」

 あー話してるうちに、またお怒りモードだ。

「……バル、同じ本がどこにあるか分かるか?」
「んー、多分、3階手前の西の本棚あたりじゃないかなー」

 取り敢えず、本探しで誤魔化すぞ!

「ほら、探しに行くぞ!」
「ちょっ、……誤魔化して、もう」
「私も興味があるので、一緒させてもらうわね」

 ブツブツ言いながらもレイチェルとセレスさんも一緒に本を探しに階段へ。



 ……なんだけど、なんでセレスさん、俺の左手から離れてくんないんですかねー?

「セレスさん、アッシュから離れてくれません?」

 とゆーレイチェルも俺の右腕を何故か掴んで離そうとしない。

「あら? それはどうして? レイチェルさんも隣なのに? 貴女が良くて私がダメな理由ってあるのかしら?」
「それは……」

 ……もういいから探すぞ、でないと昼休憩になってしまう。



「フン、リア充なんか爆発すれば良いんだなー!」

 司書室に残るバルはよく分からんことを呟くのだった。

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