刻の輪廻で君を守る

***

 ——俺は、何をした?



「……アッシュ……蒸気船の持ち主は、実は……」



 ——そうだ。俺が、刻戻りで過去を変えて……リアンが攫われた……



「持ち主は……カルタ帝国お抱えの大商人アルサルト……」
「アルサルトの船!? レイチェルさん、ちょっと待ちなさい、それって……例の奴隷商人の」



 ——そして、リアンは今、蒸気船に……



「……セレスさん……これは……」
「申し訳ないけども、これは外交問題にせざるを得ないわ」
「……しかし、ソリスト教国と容疑者引渡し条約の無い中でまだ被疑者レベルの者を……」
「それが、クロノクル市国としての立場なのかは確認させてもらう必要があるようね」



 ——俺は……



 そう、俺は、嗄れた喉の奥からようやく声を出す。

「……そして、アルサルトは『天使似』の子供達を奴隷として狙っていたんだったな」


 レイチェルとセレスさんは2人して、ハッとしてこちらを凝視する。

「アッシュ、何故、それを!?」

 なんでもいいだろ、もう。そんなのは。

 はっきりしているのは、もうリアンを救うのは『手遅れ』だという事だけだ。

 蒸気船は港を出た。出てしまった。

 もう、誰も追いつけない。蒸気機関車でも。



 ——俺が、そう、過去を改変してしまった。



「そう。それが『刻の改変』の恐ろしさ。身を持って知ったのかもしれないけども……代償は大き過ぎたわ……」

 彼女、セレスさんは俺を断罪する。

 他の誰でもそれは出来ない。

 唯一、『天使似』の力で以前の時間軸——リアンが無事な世界——を知る彼女だけが俺を、責める。

 むしろ、責めてくれる人がいて良かった。

 誰も知らない中で、俺だけがその罪を背負っているなど……



「……アッシュ君、キミはまだ『刻』に対する知識も、その責任感も乏しいわ。でもキミが『刻の改変者』であるなら、私の祖国に来て勉強し知識を得ることができる」
「セレスさん! 何を言ってるんですか!? こんな時に!」
「こんな時だからよ。キミならその意味がわかるはず。取り返しのつかない失敗をしたキミなら。……ならば、私の祖国、『刻と愛の主神ソリスト』様の元、貴方は自身を修練する必要がある」



 ——そう。俺は取り返しのつかない失敗、ミスをした。そして、その結果、リアンは、バルの大事な家族は手の届かない所に……




 俺自身、もう、それで諦めていたのだった。




「勝手な事を言わないでください! アッシュは必ず取り返します。取り返しのつかない失敗なんて、無い」



 レイチェルは、セレスさんの言ってる事など分かって無い筈なのにそう断言する。

 なんでだよ? 過去を変えてしまうって分かってるのか?

 もう……蒸気船は行ってしまったんだぞ!?


 いや、この天才少女が分かってない訳はない。蒸気船が出た意味を。

 分かっててコイツはそんな無茶な事を言ってるのか?

 なぜ!?


「レイチェルさん。貴女には分からないかも知れないけど。彼が『過去を変えた』ことでリアンちゃんは攫われた。彼がこの事態を引き起こしてしまったのよ?」



 そうだ。俺が、この災厄を引き起こした。『刻戻り』をしてしまったことで。

 それが、俺の罪……



「……だとしても、アッシュはそこで止まる人じゃない。必ず、やり遂げてくれます」



 ……なんで、そんなこと言えるんだ? 俺自身が諦めかけているのに……なんで、レイチェルはそこまで……

「アッシュが私と約束して、それを破った事は一度も無い。だから、今回も私と約束してくれたら、絶対にやり遂げてくれるわ」



 それは……俺がレイチェルと約束するのは、絶対に出来る事だけだったから。小さい頃から。

 幼いレイチェルでは、そこまで先を想定出来ないことを俺が前もって準備して、どんな時だってレイチェルとの約束を叶えてやった。ただそれだけだ。

 それは言ってみれば手品の種みたいな物だ。俺自身は、ちょっと頭の小回りが効く程度の、彼女の言う勇者なんかじゃない。

 そんなんじゃないんだ、俺は……

 俺自身が、自らの自信の無さに打ちひしがれてるにも関わらず、それでも、レイチェルはセレスさんの前でもう一度、宣言する。



「アッシュならやり遂げるわ!」

 何故……お前はそんな事が……言い切れるんだよ……



「だから……アッシュ、私と約束して。やり遂げてくれるって。リアンちゃんを助けて……お願い……」

 そして、セレスさんと対峙するかの様に立っていたレイチェルは背後の俺を顧みる。

 そのモノクルの奥、紅玉色の瞳は不安とそして俺への期待とで揺れていた。

 レイチェル……

 どうして、お前はそこまで俺の事を信頼できるんだ? どうして……



「アッシュは、私の英雄だもの。10年前から、ずっとね」



 『私の英雄』



 俺を見上げるレイチェルの瞳。それはあの時と同じ俺への絶対の信頼の眼だった。



 …………本当に俺は馬鹿だ。



 何が『無二の信頼を寄せてくれるレイチェルがいなくなった』だ。

 今、こいつは、俺の妹分は全身全霊で俺を信頼してくれてるじゃないか!!

 なんで、『あの時のレイチェルはいなくなった』と思った!

 レイチェルは、どんな時間軸だろうと、何処にいようと何時だろうと、俺を信じてくれる!



 自分のした事に、呆れ返るのは後でもいい。

 今は、レイチェルが俺を信じ続けてくれるのならば。

 今、俺がやれる事をやるしかない。

 後悔ならば、後でしろアッシュ。存分に。



「レイチェルさん、あなたがそう思っていても、彼は……」
「……俺なら……大丈夫だ。ありがとうな」

 俺はゆっくりと頭を振る。

「俺は約束する。やり遂げてみせるよ。リアンちゃんを取り戻す。守ってみせる」

 そうしてレイチェルの頭を右手で撫でて約束する。

「ん……ありがと。アッシュ」

 そうだ。俺を信じてくれているレイチェルがいる限り、俺は『彼女の英雄』に成り続けねばな。

 だから、考えろ!

 観察し、分析し、推定しろ!




「……キミ達でそうやって勝手に盛り上がるのは良いんだけど、これからどうするのかしら? もう時間は止まらないのよ」

 俺たちを微妙な目つきで見下ろすセレスさんに俺は、先のやり取りの中で考えていた事を口にする。

「そうですね。ではまずは憲兵隊本部へ向かいましょうか」

 まずは現状を『観察』するところから始めようじゃないか!

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