刻の輪廻で君を守る

***

 そうこうしてる内に辻馬車が到着したので先に乗り込みレイチェルに手を差し伸べ中へと引き上げてあげる。

「ん、ありがと」

 中の空いてる席に座った俺たちはそこに共通の知り合いを見つけた。

「あ、ミリー? もしかして今日は学校帰りだったの?」

 俺より先に気づいたレイチェルが彼女に声をかける。



 俺達の更に隣に住むもう1人の幼馴染み。わずか10歳ながらこれまた優秀でわざわざ中心街の方の特別学校に奨学生として通えるようになった、とは去年に聞いていた。

「あ……レイチェルお姉ちゃん、とアシュレイお兄ちゃん」

 が、いつもは天真爛漫で明るいミリーが珍しく落ち込んだ表情で沈んでいる。

「どうしたの? ミリー。何かあった? 私で良ければ聞くけど」
「レイチェルお姉ちゃん……うん、ありがとう」

 ミリーは目を潤ませながら俺たちに少しずつ理由を話してくれた。




 その話はこうだ。

 ミリーは最近カナリアを飼い始めたらしい。俺自身も時折、鳴き声が聞こえていたからミリーが鳥を飼ったんだろうな、とは思っていたが。

 そのフィッチと名付けたカナリアだが、昨日の昼頃、野良猫に襲われたそうなのだ。



「……昨日は、学校に行く日じゃなかったからお家の1階のリビングで勉強してたの。時計塔のお昼の鐘が鳴って休憩しようと思ったら上でバタバタって音とフィッチの鳴き声と……猫の叫び声がして……」

 と、話しながら流石に耐えられなかったのかシクシクと泣き出すミリーをレイチェルがヨシヨシと抱きしめてあげる。

 更にポケットからハンカチを取り出し涙を拭いてあげた。

 実の姉妹以上に姉妹らしい。

「大丈夫? ミリー。……辛かったわね、それは」
「うぅ……レイチェルお姉ちゃん、ありがとう。ウワーン……」
「…………」

 レイチェルは、自身に縋り付くように身を寄せるミリーの頭を優しく撫でてあげる。何度も、何度も。

 鼻を啜りながら少し落ち着いたのかミリーは続きの話を再開した。

 つまり、猫とカナリアの鳴き声で気付いたミリーが2階の自室に入った時には既に両者の姿は消えてしまっていた、ということだ。

「しかし、カナリアは鳥篭の中に居たんじゃなかったのか?」
「……ミリーが鳥篭の鍵を閉め忘れてたんだと思う」

 なるほど、それなら猫が獲物に手を出せたのも道理、か。

 気付くとレイチェルがこちらを睨んでいる。

 ミリーが傷付くようなことを言うな、ということらしい。

 ……事実を確認しただけだったんだが、これはレイチェルの言う通りだな。

「すまん、ミリー」
「ううん、アシュレイお兄ちゃんは何も悪くないよ。悪いのは鍵を掛け忘れてたミリーだから……うぅぅ……」

 と言って、またレイチェルの胸に顔を埋め、肩を震わせてシクシクと泣き始めてしまった。

 頭を再度、撫で撫でしているレイチェルのジト目を何とかやり過ごせないかと外を眺めていると例の時計塔の姿が目に入る。



 んん?

 ふと気付く違和感。

 時計塔の文字盤が……12:00?

 それを認識した瞬間、俺はハッと懐中時計を取り出す。

 そこにある文字盤は18:00。

 え? 時計塔がくるった?

 いや、図書館を出る時、俺自身が17:35だったのを確認している。

 こんな短時間で大きく時間がくるうことがあるのか?


 もう一度、時計塔を見直す。やはり、そこにあるのは、



 12:00



 ただ、いつもの文字盤と違い、その数字と針先に青白い炎が灯っている。

 なんだ、これは?

「アッシュ?」

 俺の様子がおかしいことに気づいたらしいレイチェルが声をあげた瞬間。




 それは、あまりに唐突だった。

 世界が突然、淡いモノクロームに染まっていく。

 色が失われ灰色のフィルターが掛かったように。

 全ての動きと音が静止して、レイチェルも、その胸に顔をうずめるミリーも馬車さえも、まるでその瞬間を切り取ったかのように全てが止まっていた。

 無音・無動の世界。

 なんだ……なんなんだコレは!?

《ウフフ……》
《アハハ……》

 突然、頭の中に響く笑い声。

 灰色に染まる静止した世界の中、青い燐光を纏った少年少女達がゆっくりと、宙に浮いていた。

 銀髪と黄金色の瞳が輝く彼らの顔には、なんだろう……まるでかつてないほどの痛みと悲しみが刻まれているようにも見える。

 痩せ細った手足、衣服の切れ端が風に揺れ、その姿はまるで見捨てられた亡霊のようにも見えた。

 なんなんだ、こいつらは!?

 彼等は全ての動きがなくなり静止した世界の中、ピクリとも動けない俺を取り囲む。

 ……これは……『天使』?

《……見つけた……》

《この町の嘘をあばける者……》

《君には……》

《やり直しの機会を与えよう……》

《もし、守りたいモノがそこにあるのなら……》

《その意志があるのなら……》



 …………何の意志!?



《……君が望む、守りたいモノ……》

 ……守りたいもの?

 ——自由に動かせない視界の端に、レイチェルにしがみついて(すす)り泣くミリーの泣き顔。

 ——俺は……

《君の……守りたい意志……》

 天使達はまるで感情の失われた能面(のうめん)のような表情で(ささや)く。

《……これは、契約だ……》

《……君と……僕たちとの……》

 だから——

《……守りたいモノを……取り戻すんだ……君自身の手で……》

《そして……》

 ——見つけて……私たちが奪われた命を取り戻して。

 瞬間、世界が反転した。







 気がつくと俺は部屋の中にいた。

 それも知っている部屋だ。

 そう、俺の実家の隣、何度もお邪魔したことのあるミリーの家のリビング。何故か俺はそこにいた。

「あれ? アシュレイお兄ちゃん? お家に来てくれたんだ。どうしたの?」

 俺の前にはいつものミリーがいる。先程までの泣きべそ顔ではない。いつもの明るさ満点のミリーだ。

 ミリー・クリエッタ。亜麻(あま)色のふたつくくりのお下げにつぶらな瞳が特徴の俺たちの大事な、もう1人の妹分。

 その手に鉛筆を持っている所を見ると勉強中だったらしい。



 これは……どういうことだ……
 落ち着け、俺。



 一度、大きく呼吸を吸って、それをゆっくり吐いて頭の中をクリアにする。

 いつも通り。

 いつも通り、『観察』し、『分析』と『推定』を繰り返すんだ。



 辺りを見回す。先程まで俺を取り囲んでいたあの天使達はもう居ない。

 あれは……夢? それとも死後の世界?

 俺は何をしていたんだ? 思い出せ。

 俺は、普段通りに図書館で仕事をしていた。

 来訪者はほとんど居なくて早目に閉めようとしたらレイチェルが来て、資料探しに手間取って……

 そうだ。あの時、手にしたのが『天使』の絵。

 そして、帰りの辻馬車の中でミリーに会って……

 でも、今はミリーの家?

 そもそも、先ほどまでの夕暮れとは違いまるで真っ昼間のように陽の光が窓からさしている。

 取り敢えず思いつくキーワードは……



 ミリーの家、リビング、勉強……



 分析……先程ミリーから聞いていた状況に酷似している?

 ハッとして、窓の外を見る。

 そう。

 町のどこからも見えるほどの高さでそびえ立つ時計塔の針は……

 11:45を指していた。


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