刻の輪廻で君を守る

***

 そうだ……

「ピエロはどこだ……?」

 馬車に飛び乗った筈のピエロの姿がない。

 途中で飛び降りた!? ……リアンの酒樽ごと!



 ——観察しろ!

 付近を見回す。

 樽をテーブル代わりに語らう青いドレスの中年夫婦。

 レモネードを樽から量り売りしている筋肉質な男性店員。

 これからビールの露店を出そうと準備中の眼帯姿の店主。



 ——分析

《ヤツの右眼は過去の傷で白く濁っていた》



 ——推定

 眼帯の店主……



「アシュ氏、どこへ!?」

 それに答える余裕も無かった。一直線に向かい、その店主の横に置かれている酒樽に躊躇なく顔を突っ込む。

「おい、お前、いきなり何をする!」

 何か止めようとしているのだろうが、今の俺に物理干渉は無意味だ。

 幾つかの酒樽に同様の行為を繰り返し、3個目で、それに当たった!

「んんー!?」

 樽の中、猿ぐつわをかまされて震えていたリアンは突如、樽の中に生えた首=俺を見て、驚愕の表情で叫ぼうとする。

 まぁ、そりゃそうなるわな。普通に考えればホラーだわ。

 だが、俺には構ってられる余裕は無かった。

 俺は大きく叫ぶ!

「リアンはここだーッ!」


 と……


 リーンゴーンリーンゴーン……


 鐘の音が鳴り響く。時計塔の鐘が鳴る時間ではない筈なのに……


 振り向いたその視界に飛び込むのは、


 13:45


 視界がスローモーションのように、映る中、またしても世界が灰色のモノクロームに染まっていく。


 待て! この状況は……俺は成功したのか? それとも……失敗したのか!?


 ゆっくり、全ての動きがゆっくりとなる中、バルが、そのスローモーな世界の中で酒樽を抱き上げ、潰す。

 破壊され、ボロボロになる酒樽の中、そこにリアンが……バルの胸元に飛び込んでいき……




 世界が反転していく。

 世界が反転。

 …………








 気がつくと、そこは部屋の中だった。

 柔らかい色調のピンクや茶色で統一された部屋とベッド。

 その中で異様な存在感を醸し出す大きな本棚とギッシリと積まれた黒い背表紙の本の数々。

 ここは……

「どうしたの? アッシュ。急に黙り込んで?」

 傍の椅子に座っていたのはレイチェルだった。

 そうだ、ここはレイチェルの部屋だ。もう滅多に来なくなったから来たのは数年ぶりになるが、雰囲気はほとんど変わってない。

「どうしたのよ、本当に。私の淹れた紅茶に何か入ってたっていうんじゃないでしょーね……」

 ジト目でこちらを見るレイチェルの手元にはティーカップがあった。俺のテーブルの前にも。

 どうやら、俺はレイチェルの部屋でお茶をしていたらしい。

 時刻は20時に差し掛かろうとしていた。

 こんな夜遅くに、なぜ?

「あーあ、折角のお祭りだったのに、残念だったわね。て、アッシュは人混みじゃない方でむしろ良かった、みたいな感じだったけどー」

 やはり半眼で睨まれる。何が起こったのだ。

 いや、その前に。

 俺は、成功したのか? 過去は変えれたのか? リアンは!? 

「でも、ミリーも泣いてたけどリアンちゃんが無事で良かったわ」

 リアンは……無事だったのか……。俺は……やったのか!

「ちょ、ちょっとアッシュまで急に涙ぐんで……どうしたのよ、今更……」

 慌てるレイチェルから大体の経過を確認することが出来た。





 例の四つ辻で、やはり俺たちはピエロと黒マントに出くわしたらしい。奴らはリアンを誘拐しようとしたが、バルと『たまたま』付近を警戒していたユリウス少尉が阻止、黒マント共は捕まえたのだが、主犯と思しきピエロだけが逃げていった。


 ということらしい。


 いや、ご都合主義に過ぎんか、過去改変。

 俺があれだけ苦労した事態を『たまたまユリウス少尉が警戒していた』だけで終わらせるのかよ……。お前、あの時間軸では付近におらんかっただろーが……。



 で、その後は俺たち全員の事情聴取、事件関係でレイチェルも判事としての用事が出来たりで、その事情聴取は結局、祭り2日目の今日の昼過ぎまで掛かってしまったのだ、と。

 その時間から祭りに参加させるのは事件のこともあってミリーの両親が許さず。

 しかし、すっかり仲良しになったミリーとリアンはミリー家で俺やレイチェル、バルも含めてでパーティー兼フィッチのお披露目をしていたらしい。




「それで、さっきリアンちゃんとバル君は家が遠いから帰っていったとこじゃない。さっきのことを忘れちゃうなんて、アッシュ、健忘症?」
「いや、ちょっと色々あり過ぎて混乱してしまっただけでな。ありがとう、教えてくれて」

 で、肝心の俺がどうしてここにいるかがまだ不明なんだがな……。

「にしても、本当にリアンちゃんが無事で良かったわ……そうでなくても『天使』似だから、危ないのは危ないわね……」

 『天使』似、か。例の奴隷商人。

 と、急にレイチェルが焦った風に、

「あ、ゴメン、アッシュ! ちょっとさっきのは少し機密情報が入ってたの……ついポロっと。ごめん、忘れて!」
「あ、ああ。それは構わんが……」

 そうか。

 奴隷商人や、『天使』似の子供が狙われやすいこと。あの話は事件後のこと。

 『改変されて無かったこと』、になるわけか。

 ユリウスとの話し合いも、そしてバルのギャング団の告白のことも。

 全て、無かったことに——なる。



 レイチェルとも……元の、幼馴染みという縁だけで繋がっているただの凡人と天才少女。



 俺以外、誰も覚えていない。

 リアンを救えたのは確かに俺だけど、もう一度あの瞬間を共有することはできない。俺は孤独に、この胸の中でその事実を抱えていた。

 レイチェルの微笑みは、何も知らない無邪気なもので……でも、それでいいのかもしれない。

 俺はただ、彼女が笑ってくれればそれで良い。


 と、その時だった。


 リーンゴーンリーンゴーン……


 いつもの時計塔の鐘の音。20:00を知らせる音だ。

 そして、


 夜空の彼方を、ドーンという低い炸裂音と共に次々と打ち上げ花火が大輪の花を咲かせ、散っていく。


「折角のお祭りなんだもの、アッシュと回れなかったけど、せめて花火くらいは、一緒に、ね。ここならよく見れるし」

 レイチェルの部屋はこの辺りでは珍しい3階で高いから花火が良く見える。

 そうか、それで俺とレイチェルはここでお茶をして待っていたわけか。


「レイチェル」
「ん、どうしたの? アッシュ」


 俺は彼女に、

「俺を、信じてくれてありがとう」

 礼を伝えた。


 レイチェルは“何を急に。どうしたのよ!?”とあたふたしていたが、今の彼女には多分、何もわからないとは思う。

 それでも、俺は。

 無条件で俺を信頼してくれたレイチェルの想いに俺は礼を言いたかった。

 もう、本当の意味としては伝えられないのかもしれなくても。



 遠く、花火を見つめるレイチェルの胸元にはあの赤い紅玉石のネックレスが輝いていた。

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