刻の輪廻で君を守る

***


 時間が刻一刻と過ぎていく。

 夜の帳が徐々に下りる中、祭りの最後のイベントである打ち上げ花火を見に群衆の波は港や砂浜に押し寄せていく。

 そこかしこに街灯や篝火が道を照らし、ランタンを軒に吊るした屋台が脇に連なる。

 こんなに時間が遅いのに、中には小さな親子連れも目立つ。皆、祭りのフィナーレを楽しみに、笑顔で目的地へと向かっている。

 昨日までなら、俺たちもあの中にいることを疑わなかっただろう。ミリーやリアンはきっと、『花火を見たい』、と言うに違いないのだから。レイチェルも賛同して、俺とバルが渋々、付き合わされる。

 そんな、既に失われた日常。


 それを、取り戻す。


 高台の公園から群衆の動きを見下ろしつつ、俺は背後にある時計塔の文字盤を確認した。


 19:25


 いよいよ、その時が近づいていた。





 と、バルが巨体を揺らしながら階段を駆け上ってくる。その後ろにはレイチェルの姿も。

「ふぃー、この階段、急すぎるのな。ダイエットにはちょうどいいんかも知らんけどー」
「はぁ、はぁ、はぁ……私は……別に、ダイエットの予定、ないん……はぁ、はぁ、はぁ……です……けどぉ……ふぅー」

 公園に着くなり二人とも、息を切らして座り込む。

「すまないな、二人とも」

 屋台で買ったガラス瓶入りのレモネードを2人に手渡す。

「ありがと、アッシュ。……どう? シミュレーションできた?」

 早速、口をつけながらレイチェルがおれに問いかける。

「まぁ、それなりにな」




 例の袋小路の反対にある坂の上、高台にあるこの公園に来たのは、ここからなら問題の路地全体が見下ろせるからである。そこで、ユリウスからもらった配置図、そしてバルから伝えられた、例のその時のギャング団員の位置関係を頭に擦り込ませる。

 奴らの動きを脳裏に再現させ、何パターンか想定する。

 だが、最大の障害は、

「……ヤツの情報は何かあったか?」
「すまん、アシュ氏。団員総出で捜索しとるんだが……ピエロのヤツ、何処にも見つからん」
「憲兵団の方も同じね。第12番隊中心に追っているけども彼の痕跡は何も見つかってないわ。……少尉がアッシュに『すまないと伝えておいてくれ』、ですって」

 そう、刻戻りで戻った際の最大の障害はヤツ、あのピエロだ。だからこそ、ヤツの正体や能力を事前に把握しておきたかったのだが。

 タイムリミットには間に合わなかった、か。

 ユリウスの憲兵団やバルの少年ギャング団の協力は得られたが、肝心のヤツについて、それだけが時間切れとなる。

 ここだけは、もう出たとこ勝負で行くしかない。

 にしても、ユリウスのやつがそんなしおらしいこと言うなんて。逆に気持ち悪いくらいだ。

「そんなヤな顔しないの。……ユリウス君も、後悔してるのよ。リアンちゃんを守れなかったことを」

 あの、テーブルを叩きつけた拳は、慙愧の証だった。

「…………」

 向こうでバルが苦虫を潰したような顔をしているが、彼も分かっているのだろう。皆が、リアンを守れなかったことに深い後悔をしていることを。


 ——もし、失敗したら?


 喉の奥、冷たいものが落ちる。

 そう、失敗すれば『過去は変わらない』。俺の、皆の、この深い後悔がそのまま事実となって永久に刻まれてしまうのだ。

 俺は……できるのか?


「大丈夫。私のアッシュならやり遂げる」

 気がつくとレイチェルが微笑んでいた。

「はい、これでも飲んで、一息入れて。……まだ、残ってるんだから」

 手にしていたガラス瓶、そのレモネードを俺に手渡す。

「……ああ」

 敵わないな。レイチェルはいつだって俺を信じてくれる。

 だから、俺はレイチェルの英雄にならないと。その想いに応えないと。

「えへへ……美味しい、でしょ?」
「ああ、ありがとうな。レイチェル」

 何故か少し恥ずかしそうなレイチェル。

 残ったレモネードを飲みきって時計塔の文字盤を見つめる。

「本当に、これが過去に戻らせられるん? いつもの時計塔だけどなー」

 横でバルも一緒に時計塔を見上げながらぼやく。

 時刻は、19:44……いま、19:45になった————いや、


 その瞬間、文字盤は、


 13:45


 今と異なる時刻を指し示す。

 そして、その文字盤と針先に再び青い燐光が灯される。あの時のように、

「な、なんぞなー!? 時計塔の時計が狂った!?」
「何なの!? 時計塔が青く光り出した!?」

 え!?

 隣にいたバルとレイチェルも時計塔を見上げて驚愕している。

 馬鹿な!?

 前は俺以外、誰もこの異変に気づかなかった筈だ! それがどうして?

「レイチェル、バル! お前たち——」

 これが見えるのか!? と言おうとしたが、もう俺は動くことができなくなっていた。


 世界が突然、淡いモノクロームの灰色に染まりきる。

 俺も、レイチェルも、バルも、全てのものが静止し、全ての音が失われる無音の世界。

 そこに彼らは空から現れる。


《ウフフ……》
《アハハ……》
《ハハハ……》
《フフフ……》


 頭の中に響く笑い声。

 灰色に染まる静止した世界の中、青い燐光を纏った少年少女達がゆっくりと舞い降りる。


 ——天使達


《ついに辿り着いたね……》
《この町の嘘に……》
《でもまだだ。まだ足りない……》
《僕たちの想いは……》
《だから……》
《君が守りたいモノ……》
《その意志を……》

——見せるんだ……僕たちに届くのか。




 瞬間、世界が反転した。


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