刻の輪廻で君を守る

***

 コチ、コチ、コチ……



 ——『観察』
 文字盤は針の動きを押し進め続けている。その動きは一定であり続ける。



 ——『分析』
 針の動きのように、時の流れは過去から現在、未来へとたゆまず流れていく。

 それは何人(なんびと)()りとも(おか)す事の出来ない、不可侵(ふかしん)の世界法則。




 そう、世界の理解は観察と分析、そして推定を繰り返すことで成り立つ。




 ——そして『推定』

 (ゆえ)に……俺の仕事はもう終わる!
 窓から見える時計塔の針は16:10。17時になるにはあと50分!



 町の中心部、どの建物よりも高くそびえ立つ時計塔。この町ができた当初からそこにあり、どこからでも四面に配置された文字盤を確認することができる。

 もうすぐ秋になるこの季節、以前よりも陽の落ちが早くなりあたりを夕陽の赤で染め上げていた。

 十字路に整備されたレンガ仕立ての道路には早目の帰路に着く人々の姿が見える。

 当然、俺自身もその中の一人になる予定だ。

 よって、ここ、我が職場である図書館も規定通りの終了となるはず。

 今日も来訪者は三人だけだったしなー。

 16:15

 再度、癖になってる懐中時計で時刻を確認する。テーブルの前に回って掲げられてた札をひっくり返して『本日は終了しました』に変えようとした。

「あ、アッシュ! ちょっと待ちなさいよ!」

 が、俺の業務を邪魔する声が掛けられる。



「いや、図書館はもうすぐ閉館時間なんだが」
「いやいや、早過ぎでしょ。まだ16:15よ。…………相変わらずアッシュは勤労意欲が無さ過ぎ」

 俺ことアシュレイ・ノートンを『アッシュ(灰色)』なる奇妙なあだ名で呼ぶのは、見知った不満顔の少女。

「図書館の閉館時間は17:00。あと45分もあるじゃない」

 背中まである栗色のサラサラ髪をなびかせながら我が幼馴染みは文句を言ってくれる。



 彼女の名前はレイチェル・サファナ。俺より2歳下の妹分。



 黒色の判事特有の法服をまとい、度の無いモノクルを左眼にかけたその姿はその元々の容姿の淡麗さも相まってちょいと威圧的にも感じる。

 わずか18歳にして飛び級を重ねてこのクロノクル市、最年少の女性判事に今年選ばれた時には流石にスクープとして各新聞で取り上げられてしまっていた。

 まぁ、すごいすごいとは思ってたけどまさかそんな天才級とは……

 それは兎も角。



「しかし、今更こんな時間に来る人もいないし、どうせすぐに閉める時間になるんだぞ」

 何せ今日は同僚が急な休みで俺1人が閉めの作業をしなければならない。なので、早目に終わりたいんだが?

「だから、私が来たでしょーが…………まだ閉館じゃないんでしょ? ね?」

 両手を合わせて上目遣いにお願いされてしまう。

 ……また彼女のお願いには勝てないなぁ。

 俺は溜め息を付きつつ頷くしか無かった。

「よし、言質は取ったわよ。心配しなくても直ぐに終わるから!」

 調子の良いことを言いつつレイチェルは本棚へ。

 折角、今日は何もせずに終わると思ったんだけどなー。

 ボヤきながら俺は自分の仕事、司書として図書館の閉め作業を始めていった。




 ここ、クロノクル市は小さいながら世界相手の貿易で潤っている港町だ。

 お陰でこういった図書館にも大量の蔵書があり、それを管理する為に町の税金が使われ、俺みたいなやる気のない人間でも雇ってもらっている。

 何せ、街の中心街の一角をこれだけ広く占める建物でありながら、その仕事はただ受付に日がなぼーっと待機だけしとれば良いのだ。それって、なんとゆー天職?

 給料泥棒だって?

 結構結構、怠惰でいられる俺にとっては選ばれし称号ですとも。




 が、レイチェルの探し物は見てても一向に終わりそうにない。

 おい、帰りの辻馬車に乗れなくなったらシャレにならんぞ。

「どうした? 何を探してるんだ?」
「うーん……」

 早く終わらせて帰りたいがために声を掛けてみたんだが何やら煮え切らない返事が返ってくる。

「ここは俺の方が詳しいんだ。何を探しているか言ってくれれば探す時間もかからずに済むと思うが」
「まぁ……それもそうね。うん。……この町の歴史書とか町創立時の記録や事件簿を探してるんだけど」

 ?? この町が出来た頃の記録や歴史書? まぁ、それなら……

「そういった資料的なものはこっちの方だろうな」

 しょうがなく司書室裏の書庫室にレイチェルを招き入れる。






 書庫室。

 そこは薄暗い上に、ホコリだらけで何やらすえた匂いまで漂う。

 本棚だけでなくそこらに置かれた木箱にも無造作に突っ込まれた古い文献や本、バラバラの書類。

「これはまた……探すのに骨が折れそうね……」

「そりゃ、このクロノクル市創立からならざっと150年分の資料が集まってるからなぁ」

「資料を残してるのはいいんだけど、全く整理してないのは、どーしてなのかしらねー」

 ……そんなことは歴代のウチの司書達に言ってくれ。因みに俺も、今日はいない同僚も改善する気は全くない。

「しかし、そんな古い資料を集めてどうするんだ? 急に歴史の魅力に目覚めたとか言うんじゃなかろーな」

 なにせこの天才美少女にかかればあらゆるジャンルをマスターする、と言っても過言ではないからな。

「違うわよ。今、担当してる事件で気になったことがあって。念の為、て感じかな。……ちょっと今回はややこしそうなのよ」

 この天才少女にしては珍しく言い淀んだ。
 仕方ない。

「……じゃあ、俺も探すのを手伝うから、何がいるか言ってくれ」

「ん、ありがと…………ふふ、アッシュって、私が困った時、いつも助けてくれるよね」

「……そうか?」

「そーよ。……頼りにしてるんだから」

「それは中々に重い期待だな」

「また、アッシュったらそんなこと言って……ふふっ」

 夕闇の薄暗い書庫の中、レイチェルは微笑む。

 モノクルの奥、つぶらな瞳を期待の色で見上げるこの妹分の笑顔に俺は弱いのだ。

 ……しょうがない。

 苦笑して資料探しを続ける。

 何となく、創立当時らしい時期に作られたっぽい書類をレイチェルに渡していった。

「……この記録、やっぱりおかしいわ。こんなに多くの名前が消されたままの資料なんて……町の創立時からって、これは……」

 何やらブツブツ呟きながらも次々と多量の資料を恐るべき速さで流し読みしていく。

 流石は天才。

 と、木箱の中の書類を漁っていると何やら一枚の絵が出てきた。

 これは、流石にレイチェルの求めている資料ではなさそうだが。

「何それ?」
「この町ができた頃のものなんだが……これは資料というよりも絵だな」
「へー。綺麗な絵ね?」

 摘み上げたソレを眺める。

 ボロボロの画用紙に描かれているのは銀髪の2人の少女、と言うよりは幼女? 恐らくはどちらも5、6歳ぐらいか。

 ただ、笑顔は笑顔なんだが……

「綺麗な娘達ね。それに『黄金眼』で『銀髪』なんて伝説の天使…………まさか『天使似』?」
「そう言えばそんな容姿だったっけか」

 てか、『天使似』って何? 天使ではなく?

「アッシュは物、知らなさ過ぎ……『黄金眼の銀髪』の容姿って天使の生まれ変わりって言われるぐらい珍しいのよ。だから、こうやって描かれて残されてるってことなのよね、多分」

 そうなのだろうか。
 ただ……

「150年前の物なんだよな」
「それはそうじゃないかしら」

 ふーん。

「睨んでないか? これ」
「そんなことないんじゃない? 可愛い娘達でしょ」

 そうかな? そうなのかもしれんが……



 何となく……この絵の少女達が俺に睨みかけているような気がして。

《…………見つけた……》

 何だろう。何かが囁いた気がした。

《……………………………》

 うーん…………

「そんなにジッと見つめて……アッシュって実はロリコン?」
「んな訳あるか!」

 全力で否定させてもらうわ!




 取り敢えず、レイチェルが求める資料集めらしきものを掻き集めるにはそれなりに時間が掛かったが何とか終わった。

 乗り合い最終の辻馬車が来るまでレイチェルと2人待ち続ける。

 傾いた夕日が2人の影を長く引き伸ばしていた。

 クロノクル市の中心街は議会や庁舎などの行政機関、そして富裕層達の御屋敷などでしめられていて俺達のような平民達の住む郊外には乗り合いの辻馬車で移動するしかないのだ。

 専属馬車よりは安いものの俺達庶民にとってはこれまたお手軽とは言い難い値段だが、この交通費も支給ってのが司書になった役得の一つでもある。

「にしても、アッシュが図書館司書になるなんて。春に聞いた時には驚いたわよ」

「レイチェルが史上最年少の女性判事になったことに比べれば些細なことだと思うがな」

「いやー、まぁ、それはそうだけど……これはたまたま、ていうか今まで私を評価してくれてた大学の教授、いやもう上司か。その方が是非にって言ってくれたから……」

「別に嫌味とかではなく、レイチェルなら俺もやり遂げれると思うぞ。史上最年少の女性判事」

「…………そーなんだ…………ありがと……」

 急にレイチェルは頬を赤らめ、指先で自身の髪をくるくるといじり始めた。

 …………。

「……前みたいに『アシュ兄(にぃ)』とは呼ばないのか? ミリーはまだそうやって呼んでくれてるが」

 思わず場を和まそうと別の話題を振る。

「…………その呼び方は……卒業したから」

 呼び方に卒業もなにもあるのか?

 だがレイチェルはもう何も応えなかった。

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