刻の輪廻で君を守る

***

「サファナ判事、それから君達にも。……一つだけ忠告が」

 パレードの行進が終わり、スタッフが通りを封鎖していたロープを片付けている中、ユリウスが声をかけてきた。

「どうしたの? ユークリッド少尉」
「実は、未確認情報ながらこのオフィエル祭に少年ギャング団が入り込んでいるという情報が入りまして……」

 ギャング団?

「……例の、誘拐に関与してるかもっていう?」
「そうです」

 レイチェルの表情がわずかに曇るのを俺は横目で見る。

「そう…………それで変装した憲兵達が至る所にいたのね」
「……気づいていましたか。さすが、サファナ判事です」
「おべっかはいらないんだからね」
「おや、これは手厳しい」

 そして彼は俺とバルに向き直ると

「彼等は幼い少女達を狙っているという噂もある。この人混みだ。くれぐれも目を離さないようにして頂きたい」

 彼は、ミリーやリアン達を見ながら、そう俺達に警告するのだった。




 ——ギャング団と誘拐。

 それまでの祭りの熱気に水をさす、全く異質の言葉だった。

「ふん、気にしなくても良いのだなー。何がギャング団なんだよー」
「バル君、私が言うのも何だけど、リアンちゃんをきちんと見てあげることは大切なことよ? ……憲兵が好きか嫌いかはともかく」
「……それは……うん……そうなんだけどな……」

 バルの声にはそれでも棘が残っている。

 大勢の人波に疲れた俺たちは大通りから少し外れた道ばたで休憩していた。

 リアンとミリーは近くの屋台で買ったオニギリを美味しそうに食べている。

 因みに先ほどからバルは何やら不機嫌そうで、そんなバルを珍しくレイチェルが諌めていた。

 懐中時計は13:15。

 俺自身、あんな言葉だけでは何を言ってるんだ、としか思えない。思えない筈なんだが。


 ……出会ったばかりなのにあんなに打ち解けて仲良さげに話しているミリーとリアン。まるで昔からの幼馴染みのよう。

 あの二人に、何かあったら……もし、攫われたりしたら?


 一瞬。

 背筋を冷たい汗が流れる。


「取り敢えず、バラバラにならないように、これ以上の人混みは避けましょうか」
「ああ。わかったんだな……」

 と、食事の終わったリアンとミリーが、

「リアン、港に行ってみたいー。船っての、見てみたいな」
「ミリーも行きたい。蒸気船ってお船、今、港に来てるんだよねー? すっごく大きいんだって」
「「ねー!」」

 二人、声を揃えて笑い合った。


 ここから船着場のある港までは大通りを降っていくとすぐだが、そこは祭りのメインストリートなので身動きも容易でないほどの人だかりだ。

 パレードの喧騒が少しずつ遠のく中、俺たちは大通りから一本外れた静かな路地へと足を踏み入れた。

 大通りからの一本外れた路地は、広めとは言っても3人並ぶのがやっとの道幅をリアンをバルが、ミリーをレイチェルが手を握って港に向かう。

 路地を挟むように建てられたレンガの家々がぐねぐねした坂の両脇を覆って影を落とす。

 と、少し開かれた四つ辻。



 そこに彼はいた。



「あー、さっきのピエロさん!」
「おや、これは先ほどの勇気ある小さな淑女(レディ)。それに私のショーを見に来てくれていた方々かな」

 さっき、大道芸を披露してくれていた道化(ピエロ)

 相変わらずの派手な◯×の顔面メイクに大きなモノクル。


「…………こんな所で何しているんです?」

 ? レイチェルの声には明らかな警戒の色があった。


「ああ、次のショーの為に人が居ない所で練習してたんですよ。こんな風に、ね」

 と、突然、何も無い宙から風船が飛び出す。

「はい、どうぞ」
「ありがとー、ピエロさん」

 リアンが思わず駆け寄って風船を受け取ろうとした瞬間だった。


「近づいてはダメよ! バル君、リアンちゃんを止めて!」
「リアン!」


 突如、空から黒い影が二つ降ってくる!

 いや、黒マントで全身を覆った男達が、屋根から飛び降りてきた。


 バルがすかさず、巨体とは思えない速さでピエロに迫る。

 が、バルの横から黒マントが手にした曲剣を振り下ろしてきた。


 ガキンッ!


 金属同士の硬い音が響き渡る。と同時に地面に吹き飛ぶ黒マント。

「ボス! 大丈夫!?」

 振り向いたリアンが駆け出そうとした瞬間。

 信じられないことが起きた。


「え!?」

 リアンの小さな身体が突然、空に浮かんだのだ!

 そして、高く、弧を描くように空中へと投げ出される。


 そして、ピエロがリアンを抱き抱える瞬間、全てがスローモーションに見えた


『彼等は幼い少女達を狙っている……』


 脳裏を先程のユリウスの声が(よみがえ)る。


『くれぐれも目を離さないように……』


 今、リアンは……『離さないように』、と言われた彼女は————奴らの手の中に……


「バル!」

 俺の必死の声にバルが飛び出す。

 しかし、


「いやぁー!」
「ミリーは後ろに隠れて!」

もう一人の黒マントがミリーを守るレイチェルに斬りかかろうとしていた。


 くそッ!


「え? アッシュ!?」

 気づいたら全力で体当たりしていた。瞬間、激痛が肩から腕に走るが、構っていられない。

 地面に転がった黒マントはすぐに立ち上がり、再び曲剣を振り上げたが、次の瞬間、バルの拳が遮った。

「ふん、ぬッ!」

 何かが砕けたような鈍い音ともに向かいの奥の壁まで吹き飛び、黒マントは動かなくなる。

「大丈夫か!? レイチェル、ミリー!?」

 ミリーを背後に庇うレイチェル。その身も恐怖で細かく震えていた。

「私達は大丈夫ッ! それよりもリアンちゃんを……って、アッシュ、それ、血じゃないの!?」

 先ほどの傷だろう。肩から右腕にかけてびっしょりと血に染まっていた。遅れて、焼けた鉄を押し付けられたような熱い痛みがほとばしる。

「レイチェルとミリーはすぐに大通りに出て憲兵を探すんだ! 俺達はあいつらを追う」
「でも、そんな怪我で!」

 ……時間が惜しい。尚も言いたげなレイチェルはそのままにバルとピエロの後を追う。リアンを肩に背負ったまま路地裏を駆け抜けるピエロ。

 小さくても女の子一人を抱えていては、こちらの方が追いつける筈。

 ピエロが走りながら一瞬こちらを振り返り、視線が交差した。

 その✖️の印の奥の右眼を見た瞬間、なぜか背筋がゾクリとする違和感。

『何だ!?』

 だが、すぐにピエロは視線をそらし、三叉路の角を左に曲がって消えていった。

 その後を追いかけて俺たちも左に曲がった、次の瞬間。

「そんな……」


 奴の姿はどこにも無かった。


 あたりに扉も隠れられる場所も何も無い。高い塀が路地の両脇に高くそびえるのみ。


 そして、まっすぐ坂を降った先は。


「……行き止まり……?」


「馬鹿な……リアン! リアンー!」
 悲痛なバルの叫び声が木霊する。


 まるで、最初から存在しなかったようにヤツは忽然と消えた。リアンごと。

 ……逆の道は?


 三叉路のもう片方の道、上り坂を振り返る。

 その先は階段になっており、やはり両脇を高い塀が続いていた。どこにも隠れるところはない。


 そして、その階段の上がった先には公園があり、更にその奥には例の時計塔の姿が。


 針は、


 13:45


 それが、俺たちが絶望した時刻だった。


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