翌朝、僕は一時間早く家を出て学校に向かった。
そうすれば、先輩と鉢合わせすることもないと思っていたからだ。
――先輩!? 何で……。
改札を出てすぐ、先輩の姿を見つけた僕は咄嗟に走り出す。
「理人、待って!!」
先輩も走って追いかけてくる。
運動神経も持久力もない僕は、あっという間に捕まった。
「昨日からどうしたの? 俺何かした?」
先輩は息を切らして尋ねる。
僕はしばらく黙り込んでから、もうどうにでもなれと溜め込んでいた感情をぶつけた。
「秋の文化祭のために役作りしたいって話、嘘だったんですね」
低く、刺々しい声に自分でも驚く。
「あー。誰かから聞いた?」
「はい。どうしてそんな嘘ついたんですか。考えても考えても全然分かりません」
「はぁ」
先輩が溜め息をつくのを聞いた瞬間、僕の目からボロボロと涙が溢れた。
――ああ、僕はなんて子どもなんだろう。嘘をつかれてショックを受けたふりをして、本当は先輩からの優しい言葉を期待してただけなんだ。
だって、とっくに先輩のことが好きだから。
「ごめんなさい。僕、面倒臭いですね」
「いや、今のは自分に対する溜め息。結果的に騙すようなことをした俺が悪い。ごめん、謝るよ。でも理由は単純なんだ」
先輩は僕の頬に手を当て、親指の腹で涙を拭うと「嘘までついて付き合ってほしかった理由、分からない?」と微笑む。
「分かるわけないです」
次から次へと涙が溢れてきて、前が見えない。
――どうしてそんなに優しい声で、優しい手つきで僕に触れるの?
まるで先輩も僕のことが好きみたいだ。そんな夢みたいな話、あるわけないのに。
「理人は自己評価が低すぎるよ。そんなところも可愛いんだけど」
「だって、才能があって努力家で、かっこよくて明るくて、人気者の琉偉先輩が僕のこと好きなんてあり得ない」
先輩は僕をそっと抱きしめ、背中をポンポン叩いてくれた。
「好きだよ。泣かせてごめん。本当は好きになってもらってから、告白しようと思ってたんだ」
「嘘……」
「これは嘘じゃない」
「じゃあ、どうして僕なんですか?」
先輩の周りには美男美女がたくさんいる。
それなのに、わざわざ喋ったこともない、地味で冴えない僕を選んだ理由が分からない。
「俺さ、子役タレントとして活動してたことがあったんだよね。当時の名前は新谷ケント。覚えてない?」
「新谷ケント……って朝ドラに出てた?」
「そう。あれ、俺」
先輩はさらっと驚きの発言をする。
「えっ。でも名前が」
「親が離婚する前の苗字が新谷。ケントはミドルネーム。俺、親がアメリカいる時に産まれたんだよね」
「あの子が先輩……?」
びっくりしすぎて、僕の涙はピタッと止まった。
――確かに目元とか、面影はあるかも……?
当たり前だけど、朝ドラに出ていた頃より身長がグッと伸びて、顔の感じも大人っぽくなっていて、全然結びつかなかった。
「理人からのファンレター、大事にしてたんだ。同世代の子からもらうのは初めてで、すごく嬉しかった。写真入れてくれてたでしょ? 部活勧誘の時に見かけてピンときて、ノートの名前見て確信した」
「……見ただけでよく僕って分かりましたね」
ファンレターを送った僕ですら、あの子役が先輩だと気づかなかったのに。
「分かるよ。それくらい会ってみたいと思ってたから」
先輩は真剣な表情で訴えた後、急に頭を抱えて座り込む。
「いやでも、かっこ悪いし気持ち悪っ。これじゃ、初恋拗らせたストーカーじゃん! 本当はもっとスマートにカッコよくいきたかったのに、全然演技できないし」
「先輩……?」
呆気にとられる僕を見上げ、先輩は初めて見せる情けない顔で言う。
「役作りのためって言ってたから、理人は演技だと思ってたみたいだけど違うよ。ガキみたいな嫉妬してたのも、デートでかっこつけてたのも、全部素の俺。引いたでしょ」
「いえ……ただ驚いているだけです」
正直、信じられないような話の連続で、何が何だか。
でも、今目の前で取り乱している先輩を、愛おしいと思う気持ちは確かだ。
「僕も先輩のことが好きです」
「役作りのためじゃなく、本当に付き合ってくれる?」
「はい」
どこからともなく拍手の音が聞こえ、僕も先輩もギョッとする。
周囲を見回すと、通勤通学途中の人や、商店街のおばちゃんが僕たち二人に拍手を送ってくれていた。
先輩は何事もなかったかのように立ち上がると、慣れた様子で頭を下げる。
「即興劇ってことにして、ひとまず退散」
僕の手を取り歩き始めた先輩は、耳の先まで真っ赤だった。
◆
そうすれば、先輩と鉢合わせすることもないと思っていたからだ。
――先輩!? 何で……。
改札を出てすぐ、先輩の姿を見つけた僕は咄嗟に走り出す。
「理人、待って!!」
先輩も走って追いかけてくる。
運動神経も持久力もない僕は、あっという間に捕まった。
「昨日からどうしたの? 俺何かした?」
先輩は息を切らして尋ねる。
僕はしばらく黙り込んでから、もうどうにでもなれと溜め込んでいた感情をぶつけた。
「秋の文化祭のために役作りしたいって話、嘘だったんですね」
低く、刺々しい声に自分でも驚く。
「あー。誰かから聞いた?」
「はい。どうしてそんな嘘ついたんですか。考えても考えても全然分かりません」
「はぁ」
先輩が溜め息をつくのを聞いた瞬間、僕の目からボロボロと涙が溢れた。
――ああ、僕はなんて子どもなんだろう。嘘をつかれてショックを受けたふりをして、本当は先輩からの優しい言葉を期待してただけなんだ。
だって、とっくに先輩のことが好きだから。
「ごめんなさい。僕、面倒臭いですね」
「いや、今のは自分に対する溜め息。結果的に騙すようなことをした俺が悪い。ごめん、謝るよ。でも理由は単純なんだ」
先輩は僕の頬に手を当て、親指の腹で涙を拭うと「嘘までついて付き合ってほしかった理由、分からない?」と微笑む。
「分かるわけないです」
次から次へと涙が溢れてきて、前が見えない。
――どうしてそんなに優しい声で、優しい手つきで僕に触れるの?
まるで先輩も僕のことが好きみたいだ。そんな夢みたいな話、あるわけないのに。
「理人は自己評価が低すぎるよ。そんなところも可愛いんだけど」
「だって、才能があって努力家で、かっこよくて明るくて、人気者の琉偉先輩が僕のこと好きなんてあり得ない」
先輩は僕をそっと抱きしめ、背中をポンポン叩いてくれた。
「好きだよ。泣かせてごめん。本当は好きになってもらってから、告白しようと思ってたんだ」
「嘘……」
「これは嘘じゃない」
「じゃあ、どうして僕なんですか?」
先輩の周りには美男美女がたくさんいる。
それなのに、わざわざ喋ったこともない、地味で冴えない僕を選んだ理由が分からない。
「俺さ、子役タレントとして活動してたことがあったんだよね。当時の名前は新谷ケント。覚えてない?」
「新谷ケント……って朝ドラに出てた?」
「そう。あれ、俺」
先輩はさらっと驚きの発言をする。
「えっ。でも名前が」
「親が離婚する前の苗字が新谷。ケントはミドルネーム。俺、親がアメリカいる時に産まれたんだよね」
「あの子が先輩……?」
びっくりしすぎて、僕の涙はピタッと止まった。
――確かに目元とか、面影はあるかも……?
当たり前だけど、朝ドラに出ていた頃より身長がグッと伸びて、顔の感じも大人っぽくなっていて、全然結びつかなかった。
「理人からのファンレター、大事にしてたんだ。同世代の子からもらうのは初めてで、すごく嬉しかった。写真入れてくれてたでしょ? 部活勧誘の時に見かけてピンときて、ノートの名前見て確信した」
「……見ただけでよく僕って分かりましたね」
ファンレターを送った僕ですら、あの子役が先輩だと気づかなかったのに。
「分かるよ。それくらい会ってみたいと思ってたから」
先輩は真剣な表情で訴えた後、急に頭を抱えて座り込む。
「いやでも、かっこ悪いし気持ち悪っ。これじゃ、初恋拗らせたストーカーじゃん! 本当はもっとスマートにカッコよくいきたかったのに、全然演技できないし」
「先輩……?」
呆気にとられる僕を見上げ、先輩は初めて見せる情けない顔で言う。
「役作りのためって言ってたから、理人は演技だと思ってたみたいだけど違うよ。ガキみたいな嫉妬してたのも、デートでかっこつけてたのも、全部素の俺。引いたでしょ」
「いえ……ただ驚いているだけです」
正直、信じられないような話の連続で、何が何だか。
でも、今目の前で取り乱している先輩を、愛おしいと思う気持ちは確かだ。
「僕も先輩のことが好きです」
「役作りのためじゃなく、本当に付き合ってくれる?」
「はい」
どこからともなく拍手の音が聞こえ、僕も先輩もギョッとする。
周囲を見回すと、通勤通学途中の人や、商店街のおばちゃんが僕たち二人に拍手を送ってくれていた。
先輩は何事もなかったかのように立ち上がると、慣れた様子で頭を下げる。
「即興劇ってことにして、ひとまず退散」
僕の手を取り歩き始めた先輩は、耳の先まで真っ赤だった。
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