拗らせスターと嘘な恋

「……えっと。付き合うって、どこにですか?」

 パニックに陥りながらも、どうにか言葉を絞り出すと、「今時そんなボケすることある?」と彼は笑った。

 ――マルロー様と全然違う……。

 一人称だけでなく、喋り方や表情まで、堅物騎士のマルロー様とは別ものだ。

 これが何の役も演じていない、『素』の姿なのだろうか。

 思っていたよりも圧が強くてチャラそうな人で、なんだか少しがっかりだ。

「俺のことは知ってるよね?」

 ぼんやりしていた僕は、声をかけられてハッと我に返る。

「演劇部の……葉山琉偉(はやまるい)先輩ですよね。学内では有名と聞きました」
「そうそう。有名かはさておき、少なくとも市原クンは俺のこと覚えてると思ったよ」

 先輩はニヤッと笑い、俺が腕の下に隠していたノートを指差した。

「この前、音楽室に置き忘れたよね? 授業用ノートかと思って中身見ちゃった」
「え、ええっ!?」

 突然頭を殴られたような衝撃を受ける。

 これは僕の落書きノートだ。

 少女漫画の感想やオリジナルの漫画ネタに、創作キャラ、マルロー様のイラストと舞台の感想も、もちろんこの中に描かれている。

 ――それをあろうことか、本人に見られた。

 確実にノートを置き忘れた自分が悪いのに、パニックに陥った俺は咄嗟に「最悪」と口にする。

 男なのに少女漫画や、男性キャラが好きなんて、気持ち悪いと思われるに違いない。

 先輩が突然部室に押しかけてきたのも、キモい創作者をシメるためでは?
 
 付き合えというのも、体育館裏に来いとか、そういう意味だったのかもしれない。

「勝手に描いてすみません! 気持ち悪いですよね。でも下心があったわけではなく、純粋に劇の役がかっこいいなと思って。すぐに消すので、どうか口外だけはしないでください」

 勢いよく立ち上がった拍子に、椅子がガタンと倒れる。
 僕はそんなこともお構いなしに、必死に頭を下げ続けた。

「何か盛大な勘違いをしてるみたいけど。別に怒ってないよ」

 先輩は短く溜め息をついてから、突然大袈裟な身振り手振りで演技を始める。

「マルロー様のヒロインを見送る時の表情!! なにあれ切なすぎる。ヒロインが主人公を選ぶのは物語的に当然なんだけど、僕はマルロー様の笑顔が見た――」
「うわあああ!!!! ストップ!!!! ストップでお願いします!!!!」

 僕がノートに書いた内容を読み上げているのだと理解した瞬間、全身がカッと熱くなる。

 流石演劇部のスター。一言一句同じだし、僕が感想を殴り書きしていた時のテンションそのままだ。

「俺はこれ、嬉しかったよ」
「え?」
「なんというか……ノート数ページ、みっちりマルローについて書いてあってさ。俺じゃなくて、演じた役をちゃんと見てくれてるんだな、俺はそれだけの演技ができたんだなって思えた」
「そうですか……」

 先輩は不意に思い詰めたような、寂しそうな表情を覗かせた。それが、マルロー様がヒロインを見送った時の姿に重なって、胸がギュッと締め付けられる。

 ――僕はやっぱり、マルロー様が幸せそうに笑うところを見たかったな。

「それで、付き合うというのはどういうことでしょう?」

 少ししんみりとした空気をどうにかしたくて尋ねると、先輩はまたニヤリと笑った。してやったり、そんな顔だ。

 もしかすると、先ほど見せた寂しげな表情も演技だったのだろうか。

「秋の文化祭公演の演目が、男同士の恋愛要素ありの作品になりそうだから、役作りしたくてさ。周りに頼んだら茶化されて終わりだけど、同じエンタメジャンルに身を置く市原クンなら、そのあたりも理解がありそうだと思って」

 先輩は滑舌良く長台詞を言い切ると、僕の肩をポンと叩く。

「俺のお願い、聞いてくれる?」
「は……はい……」

 勢いに押し負け、僕は後先を考えずに頷いていた。