社内報が公開されたのは、取材の翌週だった。
「副業特集:自分の世界を広げるために」
見出しの下には、自分の名前と、加工で明るくされた顔写真。
「自分の世界」とか言いながら、会社の会議室で撮った写真を眺めてる時点で、もう嘘みたいだと思った。
「やっぱりこれ、外苑前で見た時の桐谷さんだったんだって!」
亜弓の声だ。スマホを掲げ、隣の席の子に見せている。
「ほら、後ろ姿が同じですよ!」
「亜弓ちゃん、また言ってるの?」
亜弓は一人で大げさに騒いでいるようだが、周囲の反応は芳しくない。そんな様子を見て、私は少しほっとした。
「そうだよ、亜弓の勘違いだよ」
私もこの空気を変えようと口をはさんでみた。しかし、それが逆に、火に油を注いだみたいに、亜弓の目が光った。
「花岡さん、なんか庇いすぎじゃないですか?」
「え?」
「ていうか、桐谷さんも自分で否定したらどうですか? そうやって黙ってるから、みんな勘違いするんですよ。そういう『下々の人間が騒いでいる』みたいな澄ましたところ、正直ちょっとうざいですよ。何考えてるかわかんないのに、なんか評価だけ高いし」
一瞬で空気が凍った。部長が「まあまあ」と笑いながら間に入ろうとするけれど、澪は何も言わず、静かにファイルを閉じる。その仕草が妙に丁寧で、残酷に見えた。
「……」
澪は無言で立ち上がると、そのままオフィスを出ていった。ドアが閉まる音がやけに重く響いた。
誰も、すぐには動けなかった。
プリンターの稼働音と、誰かのマウスをクリックする小さな音だけが、妙に現実的に響いている。
亜弓は俯いたまま、スマホを握りしめている。部長が「はいはい、仕事に戻って」と言って笑うが、笑い声は空気の表面で弾かれて、どこにも届かなかった。
澪の席は、きれいだった。いつも整然としていたけれど、今日はとくに何も残っていない気がした。マグカップも、手帳も、モニターの隅に貼ってあった小さな付箋も――なくなっていた。
ああ、こんなに何も無かったら、いつでもいなくなれるんだな。
「副業特集:自分の世界を広げるために」
見出しの下には、自分の名前と、加工で明るくされた顔写真。
「自分の世界」とか言いながら、会社の会議室で撮った写真を眺めてる時点で、もう嘘みたいだと思った。
「やっぱりこれ、外苑前で見た時の桐谷さんだったんだって!」
亜弓の声だ。スマホを掲げ、隣の席の子に見せている。
「ほら、後ろ姿が同じですよ!」
「亜弓ちゃん、また言ってるの?」
亜弓は一人で大げさに騒いでいるようだが、周囲の反応は芳しくない。そんな様子を見て、私は少しほっとした。
「そうだよ、亜弓の勘違いだよ」
私もこの空気を変えようと口をはさんでみた。しかし、それが逆に、火に油を注いだみたいに、亜弓の目が光った。
「花岡さん、なんか庇いすぎじゃないですか?」
「え?」
「ていうか、桐谷さんも自分で否定したらどうですか? そうやって黙ってるから、みんな勘違いするんですよ。そういう『下々の人間が騒いでいる』みたいな澄ましたところ、正直ちょっとうざいですよ。何考えてるかわかんないのに、なんか評価だけ高いし」
一瞬で空気が凍った。部長が「まあまあ」と笑いながら間に入ろうとするけれど、澪は何も言わず、静かにファイルを閉じる。その仕草が妙に丁寧で、残酷に見えた。
「……」
澪は無言で立ち上がると、そのままオフィスを出ていった。ドアが閉まる音がやけに重く響いた。
誰も、すぐには動けなかった。
プリンターの稼働音と、誰かのマウスをクリックする小さな音だけが、妙に現実的に響いている。
亜弓は俯いたまま、スマホを握りしめている。部長が「はいはい、仕事に戻って」と言って笑うが、笑い声は空気の表面で弾かれて、どこにも届かなかった。
澪の席は、きれいだった。いつも整然としていたけれど、今日はとくに何も残っていない気がした。マグカップも、手帳も、モニターの隅に貼ってあった小さな付箋も――なくなっていた。
ああ、こんなに何も無かったら、いつでもいなくなれるんだな。



