身を寄せあってソファに寝ころび、ビデオを見た。レザボア・ドッグスのリマスタリング版。時代遅れのスーツを着た男たちが派手に銃を乱射している。
ワインを飲み、いつの間にか目を瞑っていた。ノアがおれの肩を揺すった。
「ローランド」
熱い息がおれの耳を擽る。おれは手を伸ばし、ノアの腰を抱き寄せた。ノアは身を捩って避け、おれの腕をつかんだ。
「ローランド、起きて。じき暗くなってしまう」
ノアの声は切迫していた。たしかに、閉じた瞼に感じる光が薄くなっているのを感じた。
おれはゆっくりと目を開けた。不安を湛えたノアの青い瞳がすぐそこにあった。おれはノアの頭を撫でながら、再び目を閉じた。
「ローランド!」
いきなり頬を叩かれ、おれは顔をしかめた。
「なにすんだ」
「今すぐ起きて、ぼくの話を聞いてくれ」
「わかった。シェルターに入るよ。まったく、まるで口うるさい母親だな」
ノアは笑わなかった。いつも真面目で、冗談を理解しない。しかし、このときはちがった。張り詰めた表情でいった。
「これを見てくれ」
おれの腕を引いて起こさせ、ノアはナイフを握った。止める間もなく、腕に突き刺した。横一文字に切り裂く。
ノアの腕から様々な色のコードが突き出るのを、おれはぼんやり眺めていた。
「……見たぞ。これで満足か?」
「ローランド……」
ノアはなんともいえない眼差しでおれを見つめた。悲しそうな声でいった。
「彼のいったことは本当なんだ。ぼくは彼らにつくられ、彼らの命令でここにきた」
「へえ。そうかい」
頭の下に腕を挟んで、おれは笑った。窓のない部屋に夕焼けの匂いが押し入ってくるかのようだった。
「よくできた機械だな。その瞳も、キスも、肌の感じも、ノアそっくりだ」
おれはアンドロイドのノアの頬に指を這わせた。
「……ビッグフットを知ってる?」
「ゴリラの化けものか。雪山にいて、道に迷った旅人を襲う」
「今のきみがそれだ」
ノアの青い瞳がおれを捕らえていた。
「十五年前、ウイルスが地球を襲った」
「FQ107Pだな」
「感染したひとのほとんどは死んだけど、残った者は独自の進化を遂げた。言語も体質も生殖機能もすべて変化した」
「言語って、あの超音波みたいなやつか」
「暗闇でも意思疎通できる。繁殖には……」
「やめろ。聞きたくない」
「新しい環境に順応してるんだ」
「新しい環境?」
「太陽の力がつよくなりすぎて、地上で生活できない。彼らはすでに地下世界での生活をはじめてる」
「おれは地上で生活してるぜ」
「きみやフランクはいわば突然変異だ。FQ107Pの影響を受けなかった。生まれつき抗体があるのかもしれない」
おれは顔をしかめた。
「おれたちを捕まえて、人体実験しようってのか」
「きみたちは森に入った彼らを襲ってる」
「奴らが襲ってきたんだ」
「見たこともない姿かたちの生きものが突然現れたら、防衛しようとするのは当然だろ」
「見たこともないだって?」
おれは起き上がり、ノアに向かって指を立てて見せた。
「奴らだって、元はおれとおなじかたちをしてたんだ。だからおまえをつくったんだろ」
電子コードが剥き出しになった腕をつかむ。ノアは鼻梁に皺を刻みこんだ。痛みを感じるのか、それとも、おれに真実を話すことを躊躇っているのか、どちらにしても、機械の表情だとは思えなかった。
「本物のノアはどこだ」
腕をつかむ手に力をこめて、おれは詰問した。
「見た目も表情も、記憶まで、おまえはノアそのものだ。コピーには原本がいるはずだ。あいつは生きてる。そうだろ?」
「知らない。生きてたとしても、感染前の記憶はないんだ。でなきゃ、彼を見つけるのに十五年もかかってないよ」
ノアはいたって事務的に説明した。
「その話はあとにしよう。今は逃げなきゃ」
「奴らにここの場所を教えたのか」
ノアは黙っている。おれはため息をついた。
「どうしておれに逃げろなんていうんだ。おまえはおれを捕まえるためにきたんだろ」
返事はない。おれはワインを取り上げ、ボトルから直接飲んだ。どれだけ飲んでも酔いは訪れなかった。
「どうでもいいさ。おれたちは化けものなんだ。いなくなったところで、だれも困らない」
「そんなことない」
今度はノアがおれの手をつかんだ。その指から熱いものが溢れ、おれの全身を駆け巡り、心臓の鼓動を高めた。
「きみに生きていてほしいんだ」
「……機械がなんでそんなことを」
「わからない。でも……ノアなら、きっとそういうと思う」
ボトルを置いてノアを見た。ノアのかたちをした精密機械。新しい世界はすでにはじまっているのだ。おれたちは取り残され、惨めに山に篭もっているしかない。
細い腕のなかに並ぶコードとチップのようなものを見下ろした。フランクの話が事実ではないかと思っていた。しかし、そんなことよりも、ノアを失うほうが恐ろしかった。たとえまがいものでも、ノアはこうして目の前に存在しているのだ。
「先に行ってろ」
おれはノアを押しのけ、立ち上がった。
「ローランド……」
「早く行け。おれもすぐ後を追うから」
いいかけたときだった。猛烈な破壊音と煙が上がり、家の半分が削ぎ落とされた。
「ローランド!」
「逃げろ、ノア!」
叫ぶのと同時に、走った。棚にしがみつき、一気に押し開く。
シェルターのドアを開け、階段を駆け下りた。フランクは縛られたままベッドに座っていた。
「今の音は?」
「奴らがきた」
「くそっ、だからいわんこっちゃない」
おれはフランクの手首を拘束していたロープを解き、彼を助け起こした。背後ではあの不気味な機械音と家具が破壊される音が絡みあって響いていた。
「銃をくれ」
丸腰では逃げることもできない。おれはフランクを殴ったが、この状況で復讐される心配もないだろう。躊躇することなく、ブーツに挟んでいた小型銃を渡した。しかし、フランクは立ち上がらなかった。
「なにしてるんだ。早く……」
振り向いて、硬直した。自分の犯したミスに気づき、立ち尽くした。
フランクは自由になった手で銃を構え、銃口を自分のこめかみに圧しあてていた。
「もう逃げられない」
「おい、よせ。落ち着くんだ」
「奴らに捕まってモルモットにされるのはごめんだ」
吐き棄てるようにいって、フランクは微笑んだ。
「ケイトが待ってる」
「フランク!」
銃声。フランクの体はゆっくりと傾き、床に崩れ落ちた。命が消えているのはあきらかだった。
呆然としているおれの背中に、針のようなものが突き刺さった。おれを呼ぶノアの声を遠くに聞きながら、おれはフランクの死体の横に突っ伏した。
ワインを飲み、いつの間にか目を瞑っていた。ノアがおれの肩を揺すった。
「ローランド」
熱い息がおれの耳を擽る。おれは手を伸ばし、ノアの腰を抱き寄せた。ノアは身を捩って避け、おれの腕をつかんだ。
「ローランド、起きて。じき暗くなってしまう」
ノアの声は切迫していた。たしかに、閉じた瞼に感じる光が薄くなっているのを感じた。
おれはゆっくりと目を開けた。不安を湛えたノアの青い瞳がすぐそこにあった。おれはノアの頭を撫でながら、再び目を閉じた。
「ローランド!」
いきなり頬を叩かれ、おれは顔をしかめた。
「なにすんだ」
「今すぐ起きて、ぼくの話を聞いてくれ」
「わかった。シェルターに入るよ。まったく、まるで口うるさい母親だな」
ノアは笑わなかった。いつも真面目で、冗談を理解しない。しかし、このときはちがった。張り詰めた表情でいった。
「これを見てくれ」
おれの腕を引いて起こさせ、ノアはナイフを握った。止める間もなく、腕に突き刺した。横一文字に切り裂く。
ノアの腕から様々な色のコードが突き出るのを、おれはぼんやり眺めていた。
「……見たぞ。これで満足か?」
「ローランド……」
ノアはなんともいえない眼差しでおれを見つめた。悲しそうな声でいった。
「彼のいったことは本当なんだ。ぼくは彼らにつくられ、彼らの命令でここにきた」
「へえ。そうかい」
頭の下に腕を挟んで、おれは笑った。窓のない部屋に夕焼けの匂いが押し入ってくるかのようだった。
「よくできた機械だな。その瞳も、キスも、肌の感じも、ノアそっくりだ」
おれはアンドロイドのノアの頬に指を這わせた。
「……ビッグフットを知ってる?」
「ゴリラの化けものか。雪山にいて、道に迷った旅人を襲う」
「今のきみがそれだ」
ノアの青い瞳がおれを捕らえていた。
「十五年前、ウイルスが地球を襲った」
「FQ107Pだな」
「感染したひとのほとんどは死んだけど、残った者は独自の進化を遂げた。言語も体質も生殖機能もすべて変化した」
「言語って、あの超音波みたいなやつか」
「暗闇でも意思疎通できる。繁殖には……」
「やめろ。聞きたくない」
「新しい環境に順応してるんだ」
「新しい環境?」
「太陽の力がつよくなりすぎて、地上で生活できない。彼らはすでに地下世界での生活をはじめてる」
「おれは地上で生活してるぜ」
「きみやフランクはいわば突然変異だ。FQ107Pの影響を受けなかった。生まれつき抗体があるのかもしれない」
おれは顔をしかめた。
「おれたちを捕まえて、人体実験しようってのか」
「きみたちは森に入った彼らを襲ってる」
「奴らが襲ってきたんだ」
「見たこともない姿かたちの生きものが突然現れたら、防衛しようとするのは当然だろ」
「見たこともないだって?」
おれは起き上がり、ノアに向かって指を立てて見せた。
「奴らだって、元はおれとおなじかたちをしてたんだ。だからおまえをつくったんだろ」
電子コードが剥き出しになった腕をつかむ。ノアは鼻梁に皺を刻みこんだ。痛みを感じるのか、それとも、おれに真実を話すことを躊躇っているのか、どちらにしても、機械の表情だとは思えなかった。
「本物のノアはどこだ」
腕をつかむ手に力をこめて、おれは詰問した。
「見た目も表情も、記憶まで、おまえはノアそのものだ。コピーには原本がいるはずだ。あいつは生きてる。そうだろ?」
「知らない。生きてたとしても、感染前の記憶はないんだ。でなきゃ、彼を見つけるのに十五年もかかってないよ」
ノアはいたって事務的に説明した。
「その話はあとにしよう。今は逃げなきゃ」
「奴らにここの場所を教えたのか」
ノアは黙っている。おれはため息をついた。
「どうしておれに逃げろなんていうんだ。おまえはおれを捕まえるためにきたんだろ」
返事はない。おれはワインを取り上げ、ボトルから直接飲んだ。どれだけ飲んでも酔いは訪れなかった。
「どうでもいいさ。おれたちは化けものなんだ。いなくなったところで、だれも困らない」
「そんなことない」
今度はノアがおれの手をつかんだ。その指から熱いものが溢れ、おれの全身を駆け巡り、心臓の鼓動を高めた。
「きみに生きていてほしいんだ」
「……機械がなんでそんなことを」
「わからない。でも……ノアなら、きっとそういうと思う」
ボトルを置いてノアを見た。ノアのかたちをした精密機械。新しい世界はすでにはじまっているのだ。おれたちは取り残され、惨めに山に篭もっているしかない。
細い腕のなかに並ぶコードとチップのようなものを見下ろした。フランクの話が事実ではないかと思っていた。しかし、そんなことよりも、ノアを失うほうが恐ろしかった。たとえまがいものでも、ノアはこうして目の前に存在しているのだ。
「先に行ってろ」
おれはノアを押しのけ、立ち上がった。
「ローランド……」
「早く行け。おれもすぐ後を追うから」
いいかけたときだった。猛烈な破壊音と煙が上がり、家の半分が削ぎ落とされた。
「ローランド!」
「逃げろ、ノア!」
叫ぶのと同時に、走った。棚にしがみつき、一気に押し開く。
シェルターのドアを開け、階段を駆け下りた。フランクは縛られたままベッドに座っていた。
「今の音は?」
「奴らがきた」
「くそっ、だからいわんこっちゃない」
おれはフランクの手首を拘束していたロープを解き、彼を助け起こした。背後ではあの不気味な機械音と家具が破壊される音が絡みあって響いていた。
「銃をくれ」
丸腰では逃げることもできない。おれはフランクを殴ったが、この状況で復讐される心配もないだろう。躊躇することなく、ブーツに挟んでいた小型銃を渡した。しかし、フランクは立ち上がらなかった。
「なにしてるんだ。早く……」
振り向いて、硬直した。自分の犯したミスに気づき、立ち尽くした。
フランクは自由になった手で銃を構え、銃口を自分のこめかみに圧しあてていた。
「もう逃げられない」
「おい、よせ。落ち着くんだ」
「奴らに捕まってモルモットにされるのはごめんだ」
吐き棄てるようにいって、フランクは微笑んだ。
「ケイトが待ってる」
「フランク!」
銃声。フランクの体はゆっくりと傾き、床に崩れ落ちた。命が消えているのはあきらかだった。
呆然としているおれの背中に、針のようなものが突き刺さった。おれを呼ぶノアの声を遠くに聞きながら、おれはフランクの死体の横に突っ伏した。



