家に着くと、フランクはおさめていた銃を抜いた。
「危険はないといったろ」
「念のためだ」
ため息混じりにドアを開ける。食欲をそそる匂い。キッチンからノアが顔を出した。
「おかえり。シチューつくったんだ」
銃を持ったフランクを見て、ノアの顔から笑顔が消えた。
「……だれ?」
「フランクだ。さっきそこで……」
振り向きかけ、唖然とする。フランクがライフルの銃口をノアに向けていた。
咄嗟に体が動いていた。フランクが引き金を引くのと、おれが彼に体当たりするのはほぼ同時だった。銃口が逸れ、跳弾が壁にめりこんだ。
折り重なるように床に倒れた。フランクの腕をつかみ、壁に叩きつける。まだ煙を立ち上らせているライフルが転がり、重い金属音を響かせた。
フランクは大男だったが、傷を負っているせいで、腕力はそこまでつよくなかった。揉みあいになり、おれはフランクの上に馬乗りになった。暴れる彼を殴り、体を引っくり返して、押さえつける。
「ノア、ロープだ!」
ノアは呆然と立ちすくんでいた。おれの呼びかけにも答えず、口をひらきっぱなしにしている。
「ノア!」
首を捻って怒鳴ると、雷に打たれたかのように顎を上げた。
「ロープを取ってくるんだ。早く!」
足を縺れさせながら、ノアが部屋の奥に消える。ロープを受け取ると、おれはフランクの手を縛った。
「どういうつもりだ」
息を切らせながら立ち上がる。フランクもくるしげに喘いでいた。鋭い視線はおれの脇をすり抜け、うろたえているノアを突き刺していた。
「そいつはおまえの友達じゃない」
「なんだって?」
「奴らが送りこんだスパイなんだ。人間じゃない」
おれは戸惑い、ノアを見た。ノアは怯えて言葉も出せずにいた。おれを見つめ、こまかく首を振る。
「冗談よせよ。人間じゃなきゃ、なんだっていうんだ」
「アンドロイドだ。奴らがつくった」
おれは絶句して、ノアとフランクを見較べた。
「おれはずっとユタの炭鉱に隠れていた。半年前、死んだはずの妻が現れた。ワクチンが完成して、病気が治ったのだと……」
フランクの話はどこかべつの世界の言語のようだった。荒く息を継ぎながら、フランクは圧しころした声でいった。
「おれは妻を連れて隠れ家にいた。夜になって、奴らが襲ってきた。バリケードは解除されていた」
そのときのことを思い出したのか、フランクは苦痛の表情を見せた。身を捩りながらいった。
「妻とともに奴らに捕まって、飛行機のようなものに乗せられた。おれは隙を見て、逃げ出そうとした。発砲し、弾が跳ね返って、妻の腕に当たった」
フランクの口許に自虐的な笑みが拡がった。
「妻の腕から血は流れなかった。傷口からは無数のコードがはみ出ていて、火花を散らしていた」
手に痛みを感じた。気づくと、ノアがおれの手をきつく握りしめていた。顔は青褪め、縋るようにおれを見つめている。
「奴らは十五年で独自の文明を築いている。とくに、ロボットやコンピュータの技術はおれたちの時代をはるかに越えたレベルにまで達している。おれたち生き残った人間を捕獲するために、アンドロイドを差し向けたんだ」
おれはノアの手を振り払った。彼と距離を置き、ズボンの腰から銃を抜き取った。
「……本当か?」
ノアが大きく首を振る。おれは声を荒らげた。
「はっきり答えるんだ!」
おれの怒号にノアはびくっと体を震わせた。何度もどもりながらいった。
「ちがう。ぼく……ぼくはロボットなんかじゃない」
「嘘をつくな!」
フランクがノアをにらんで怒鳴る。凄まじい形相だった。アンドロイドとはいえ、最愛の妻に裏切られたのだ。その怒りと絶望は容易に想像できる。
「ローランド、これをはずせ。時間がないぞ。すぐに夜になる」
「黙ってろ!」
銃口を向けると、フランクは視線を天井に向けた。おれはノアに視線をもどした。
「ローランド……」
「おれの話は本当だ、ローランド。嘘だと思うなら、こいつを撃ってみろ。人間なら血が出るはずだろ」
フランクの言葉で、ノアはますます青くなった。怯えきって混乱している。
おれは銃口をフランクに向けた。
「黙ってろといったはずだ」
低い声でいって、銃口を向けたままノアを見つめる。
「手伝え、ノア。こいつを地下に連れていく」
「ローランド!」
フランクが腫れた目を剥く。
「よせ、ローランド。奴らはもうここへ向かってる。おれもおまえも殺されるぞ!」
おれはフランクの声に耳を貸さなかった。暴れる彼を無理矢理立たせ、地下シェルターに放りこんだ。フランクのわめき声は厚いドアに遮られ、聞こえなくなった。
リビングにもどると、ノアが立っていた。手にナイフを持っている。
「……なにしてる?」
おれの問いに無言で俯く。
「それを渡せ」
ちかづこうとすると、後ずさって逃げた。
「ノア」
おれは銃を左手に持ち換え、ノアに向かって右手を差し出した。
「渡すんだ」
ノアはじっと唇を噛んでいた。おれを見つめ、ナイフの刃を自分の腕に圧しあてた。
「ぼくはロボットじゃない。人間だ。それを証明する」
「ノア!」
おれはノアに駆け寄り、その手からナイフを叩き落とした。もがくノアを力づくで押さえこみ、抱きしめる。
「そんなことしなくていい」
掠れた声。ノアの体温を感じながら、おれは呟いた。
「おまえは人間だ。おれはおまえを信じてる」
「ローランド……」
ノアが嗚咽を漏らした。首すじに濡れた感触。ノアの涙。人間である証拠だ。
「おれは昔からノアをよく知ってる。あいつはおとなしい性格で、繊細だったけど、決して弱い人間じゃなかった。おれなんかよりずっとつよくて、やさしかった。ノアなら……あいつなら、今みたいなことをしようとする。間違いなく」
ノアがおれを見つめている。まばたきすると、目尻から涙がこぼれた。おれは指先でそれを拭った。
「もうじゅうぶんだ。おまえはノアだ。おれが愛したノア・ブライアントだ」
ノアの指がきつくおれのシャツを握りしめた。
「危険はないといったろ」
「念のためだ」
ため息混じりにドアを開ける。食欲をそそる匂い。キッチンからノアが顔を出した。
「おかえり。シチューつくったんだ」
銃を持ったフランクを見て、ノアの顔から笑顔が消えた。
「……だれ?」
「フランクだ。さっきそこで……」
振り向きかけ、唖然とする。フランクがライフルの銃口をノアに向けていた。
咄嗟に体が動いていた。フランクが引き金を引くのと、おれが彼に体当たりするのはほぼ同時だった。銃口が逸れ、跳弾が壁にめりこんだ。
折り重なるように床に倒れた。フランクの腕をつかみ、壁に叩きつける。まだ煙を立ち上らせているライフルが転がり、重い金属音を響かせた。
フランクは大男だったが、傷を負っているせいで、腕力はそこまでつよくなかった。揉みあいになり、おれはフランクの上に馬乗りになった。暴れる彼を殴り、体を引っくり返して、押さえつける。
「ノア、ロープだ!」
ノアは呆然と立ちすくんでいた。おれの呼びかけにも答えず、口をひらきっぱなしにしている。
「ノア!」
首を捻って怒鳴ると、雷に打たれたかのように顎を上げた。
「ロープを取ってくるんだ。早く!」
足を縺れさせながら、ノアが部屋の奥に消える。ロープを受け取ると、おれはフランクの手を縛った。
「どういうつもりだ」
息を切らせながら立ち上がる。フランクもくるしげに喘いでいた。鋭い視線はおれの脇をすり抜け、うろたえているノアを突き刺していた。
「そいつはおまえの友達じゃない」
「なんだって?」
「奴らが送りこんだスパイなんだ。人間じゃない」
おれは戸惑い、ノアを見た。ノアは怯えて言葉も出せずにいた。おれを見つめ、こまかく首を振る。
「冗談よせよ。人間じゃなきゃ、なんだっていうんだ」
「アンドロイドだ。奴らがつくった」
おれは絶句して、ノアとフランクを見較べた。
「おれはずっとユタの炭鉱に隠れていた。半年前、死んだはずの妻が現れた。ワクチンが完成して、病気が治ったのだと……」
フランクの話はどこかべつの世界の言語のようだった。荒く息を継ぎながら、フランクは圧しころした声でいった。
「おれは妻を連れて隠れ家にいた。夜になって、奴らが襲ってきた。バリケードは解除されていた」
そのときのことを思い出したのか、フランクは苦痛の表情を見せた。身を捩りながらいった。
「妻とともに奴らに捕まって、飛行機のようなものに乗せられた。おれは隙を見て、逃げ出そうとした。発砲し、弾が跳ね返って、妻の腕に当たった」
フランクの口許に自虐的な笑みが拡がった。
「妻の腕から血は流れなかった。傷口からは無数のコードがはみ出ていて、火花を散らしていた」
手に痛みを感じた。気づくと、ノアがおれの手をきつく握りしめていた。顔は青褪め、縋るようにおれを見つめている。
「奴らは十五年で独自の文明を築いている。とくに、ロボットやコンピュータの技術はおれたちの時代をはるかに越えたレベルにまで達している。おれたち生き残った人間を捕獲するために、アンドロイドを差し向けたんだ」
おれはノアの手を振り払った。彼と距離を置き、ズボンの腰から銃を抜き取った。
「……本当か?」
ノアが大きく首を振る。おれは声を荒らげた。
「はっきり答えるんだ!」
おれの怒号にノアはびくっと体を震わせた。何度もどもりながらいった。
「ちがう。ぼく……ぼくはロボットなんかじゃない」
「嘘をつくな!」
フランクがノアをにらんで怒鳴る。凄まじい形相だった。アンドロイドとはいえ、最愛の妻に裏切られたのだ。その怒りと絶望は容易に想像できる。
「ローランド、これをはずせ。時間がないぞ。すぐに夜になる」
「黙ってろ!」
銃口を向けると、フランクは視線を天井に向けた。おれはノアに視線をもどした。
「ローランド……」
「おれの話は本当だ、ローランド。嘘だと思うなら、こいつを撃ってみろ。人間なら血が出るはずだろ」
フランクの言葉で、ノアはますます青くなった。怯えきって混乱している。
おれは銃口をフランクに向けた。
「黙ってろといったはずだ」
低い声でいって、銃口を向けたままノアを見つめる。
「手伝え、ノア。こいつを地下に連れていく」
「ローランド!」
フランクが腫れた目を剥く。
「よせ、ローランド。奴らはもうここへ向かってる。おれもおまえも殺されるぞ!」
おれはフランクの声に耳を貸さなかった。暴れる彼を無理矢理立たせ、地下シェルターに放りこんだ。フランクのわめき声は厚いドアに遮られ、聞こえなくなった。
リビングにもどると、ノアが立っていた。手にナイフを持っている。
「……なにしてる?」
おれの問いに無言で俯く。
「それを渡せ」
ちかづこうとすると、後ずさって逃げた。
「ノア」
おれは銃を左手に持ち換え、ノアに向かって右手を差し出した。
「渡すんだ」
ノアはじっと唇を噛んでいた。おれを見つめ、ナイフの刃を自分の腕に圧しあてた。
「ぼくはロボットじゃない。人間だ。それを証明する」
「ノア!」
おれはノアに駆け寄り、その手からナイフを叩き落とした。もがくノアを力づくで押さえこみ、抱きしめる。
「そんなことしなくていい」
掠れた声。ノアの体温を感じながら、おれは呟いた。
「おまえは人間だ。おれはおまえを信じてる」
「ローランド……」
ノアが嗚咽を漏らした。首すじに濡れた感触。ノアの涙。人間である証拠だ。
「おれは昔からノアをよく知ってる。あいつはおとなしい性格で、繊細だったけど、決して弱い人間じゃなかった。おれなんかよりずっとつよくて、やさしかった。ノアなら……あいつなら、今みたいなことをしようとする。間違いなく」
ノアがおれを見つめている。まばたきすると、目尻から涙がこぼれた。おれは指先でそれを拭った。
「もうじゅうぶんだ。おまえはノアだ。おれが愛したノア・ブライアントだ」
ノアの指がきつくおれのシャツを握りしめた。



