フォレスト~森に棲む男~

“クランケ”とはドイツ語で“患者”を意味する。新型ウイルスFQ107Pの感染者を、政府や市民ははじめのうちそう呼んでいた。死体となったはずの患者たちが再び動き出したときには、もっとシンプルな呼び名に変わった。ゾンビ。しかし、その呼び名もしっくりとはこなかった。
 彼らは生きた人間の血肉を喰らうわけではない。ただし、ふつうの人間ともいえなかった。言葉を話せず、制御も効かず、電波のような奇声を発し、夜の町を駆け回った。
 政府の医療機関が彼らを解剖し、その正体を暴こうとしたが、なにひとつ有益な情報は得られなかった。皮膚がなくなり、筋肉とわずかな骨だけになった患者たちの殺処分はすぐさま開始されたが、その間にもウイルスの力は増し、空気感染までするようになった。ノアが死んで数週間もしない頃だった。
 政府も軍隊もウイルスを止めることはできなかった。世界中の医師が束になっても、ワクチンはおろか、抗生剤すら生み出せずに、やがて地球上は“クランケ”の棲家となった。
 ランプの薄明かりのなかで、おれは聖書の隅にペンで文字を記していった。
 これらの情報はすべて山から降りたときにラジオや新聞で見聞きしたものだ。それらの知識に、自分の体験から得た情報をくわえていく。
 まずひとつ。奴らは言葉を発しないが、電波のようなもので互いに意思疎通をしているらしい。以前、複数の“クランケ”に襲われたことがある。会話らしきものを交わし、連携して攻撃してきた。
 そしてもうひとつ。奴らは食事をしなくても生きていける。また、人間よりもはるかに治癒能力が高く、少々撃たれたぐらいでは死なない。ただし、太陽に弱く、日中は外に出ることができず、地下に潜んでいる。
 最新の情報を書きこむ。できれば認めたくない事実。奴らはおれを狙っている。
 地下駐車場に迷いこんだ子犬が生きていられるはずはない。おれを暗闇のなかにおびき出すために準備された囮であると考えたほうがいいだろう。奴らは知能も人間並みかそれ以上に発達しているようだ。
 おれは聖書を枕の下に押しこんで、灯りを消した。地下シェルターのなかは真っ暗闇になった。
 くたくたのはずなのに、眠りはなかなか訪れなかった。この十五年、まともに眠れたことは一度もなかった。闇のなかで、おれはノアのことだけを考えていた。

 町に出られるのは朝から昼の短い時間だけ。食糧や日用品を調達し、異常がないかどうか確かめる。最初の数年は、おれとおなじように生き残った人間を探した。今ではすっかり諦めてしまった。十五年間、だれとも出会っていないのだ。仲間を求めても虚しいだけだ。それでも、孤独はゆっくりとおれの神経を蝕みはじめていた。だれでもいい。そばにいて、話を聞いてくれる相手がほしかった。
 オートバイを降り、歩きはじめる。昔何度も通った道。古びたアパートの階段を上った。
 ドアには鍵がかかっていなかった。あの日、怯えるノアを連れ、荷物も持たずに飛び出したときのままだ。
 部屋のなかは埃で埋め尽くされ、饐えた匂いが鼻をついた。リビングのソファには脱ぎっぱなしのセーターが丸まっていた。棚のうえや壁にふたりの写真が飾られている。写真たてから抜き取り、ジャケットのポケットにていねいに入れた。
 棚にはレコードが何枚も保管されていた。今では骨董品と化した十二インチのアナログレコード。ノアのコレクションだ。おれは興味なかったが、ノアは古い音楽が好きで、ヴィンテージショップで買ったプレイヤーをつかい、よく聴いていた。ジョイ・ディヴィジョン、Tレックス、エアロスミス。ワインを飲みながら、音楽にあわせて踊った。
 なかでも、ノアのお気に入りはルー・リードだった。七十年代に活躍し、おれたちが生まれるずっと前に死んだニューヨークのアーティスト。モノクロジャケットのレコードを抜き出し、針を落とした。
 掠れた音が流れる。どこか醒めた歌声にあわせて、うろおぼえの歌詞を口ずさんだ。

 ベルリンの、壁の脇で
 きみの背丈は五フィート十インチ
 あれは、とても素敵だった

 突然、物音がした。おれは咄嗟に振り向き、ボウガンを構えた。
「だれだ?」
 音はキッチンからした。レコードを流したまま、いつでも引き金を引けるようにボウガンを両手でしっかり抱えて、おれはゆっくりとキッチンにちかづいた。
 壁に右半身を摺り寄せ、素早くキッチンに飛びこんだ。
「動くな!」
 叫んでから、立ちすくんだ。自分が見ているものが信じられなかった。
「ノア……」
 ネルシャツにズボン姿のノアが、冷蔵庫の脇で膝を抱えていた。