「ボーイズラブ?」
スマホを通して葉一が素っ頓狂な声を上げる。
「えっと、男性同士の……」
「あ、いや、わかってる。ちょっと聞こえにくかっただけ」
ホテルに帰るところらしく、周囲が騒がしい。かすかに聞こえてくる言葉は外国語ばかりで、距離の遠さを実感させる。
「BLドラマに出るのか? 凪砂が?」
「そうみたい」
観葉植物にスプレーで水を噴きかけ、答える。肩と頬でスマホを挟んで通話しながら、両手で葉を摘まんで状態を確認する。どの鉢もすべて健康に育っていて、葉も茎もみずみずしくしなやかだった。葉一が毎日ていねいに愛情をこめて手入れをしているのがよくわかる。
「意外だよね。おれもびっくりした」
「そうか? べつに意外ではないんじゃない?」
葉一の反応は予想とはちがっていた。
「葉一くんは驚かなかった?」
「そりゃ多少は驚いたけど、仕事だろ? 俳優なら、ヤクザでも殺人鬼でもなんでもやるもんなんじゃないの? よく知らないけど」
「……」
「初芽?」
「あ、ごめん」
通話をしていることを一瞬忘れ、無言でいたことに気づいた。
「なんか変なこといった、おれ?」
「ううん。ただ……凪砂もおなじこといってたから」
おれと凪砂の付き合いは小学校からもう10年以上になる。だれよりも凪砂という人間をわかっているという自負があった。自己肯定感が高いといえないおれの唯一の誇れる部分だった。しかし、最近は、おれよりもむしろ葉一のほうが凪砂の考えを理解していると感じることが多かった。そんなとき、おれの心には、寂しさや情けなさ、悔しさといったらゆる感情が巡った。そのすべてを煮詰めて残る感情に名前をつけるのは難しかった。
「けど、だったら、凪砂の偏見も前ほど露骨ではないってことじゃないか?」
直接顔を合わせていないせいか、凪砂の理解を期待しているせいか、葉一はおれの逡巡に気づかず、回線の向こうで声を弾ませた。
「だって、ほら、現場では露骨に嫌な顔もできないだろうし、仕事に対しては熱心な奴だから、役に感情移入して……」
「そうだったらいいんだけど……」
ぎこちない返事に、葉一も言葉を切る。小さなため息とともに、いった。
「初芽」
なにをいわれるかはわかっていた。指先で葉脈を辿りながら、おれは首を窄めた。
「話そうとしたんだよ……」
「打ち明けるチャンスだっただろ?」
「わかってるけど、そういう雰囲気じゃなかったっていうか……」
「初芽」
喧噪のなかで、葉一が声を沈める。
「おれら付き合ってもう半年だろ?」
「うん……」
「その間、ずっと凪砂に嘘つきつづけてる」
痛いところを衝かれて、黙るしかなくなった。これまでも何度か急かされていたが、そのたびに曖昧にはぐらかしていた。葉一もおれの気持ちを汲んで、無理強いはしなかった。しかし、さすがに誤魔化せなくなってきている。
「おれもうこそこそ会うの嫌なんだよ」
ホテルが近づいてきたのか、喧噪が遠ざかる。
「べつにカミングアウトするとかじゃなくて、ただ、友達には正直にいいたいし、祝福してもらいたい。どう思われるか想像したらおれだって怖いけど、凪砂には隠したくないんだよ」
「わかってる……」
十代の頃から自分の性的嗜好に気づき、小さな田舎町で親の期待を一身に背負って孤独に耐えてきた葉一にしてみれば、身近な存在に理解され、ある程度オープンに交際することには特別な執着があるだろう。理解できないわけではない。葉一に対しても凪砂に対しても罪悪感があったし、早く解放されて楽になりたいという思いもあった。しかし、その一歩を踏み出せない。
「いい加減ちゃんと話さないと、変なかたちで伝わったりしたら気まずくなるよ」
葉一のいうとおりだった。おれは問題から目を背け、解決を先送りしているにすぎない。あれこれといいわけをするが、単純に、前進する勇気がないのだ。
「初芽がいえないなら、おれがいうけど」
「それはだめ」
自分でも驚くほど鋭い口調になった。
「ちゃんと話すって約束する」
取り繕うようにいうと、葉一はすこし間を措いてから「わかった」といった。冷静な声だったが、納得しているようには聞こえなかった。
ホテルのフロントスタッフだろうか。外国語が聞こえて、葉一がおなじ言語でなにか返している。
「今のって中国語?」
「え? ああ、そう」
英語が堪能だとは知っていたが、他にも話せるとは知らなかった。商社に勤めていれば、複数の言語を操るのはそう特別でもないのかもしれない。物理的な距離以上に葉一を遠く感じ、寂しさが募った。
「すごいね」
「そうでもない。大学で選択してたから……」
まただれかに話しかけられたのか、会話を中断して、おれの知らない言葉でしゃべる。
「ごめん。今ホテル着いたとこで……」
遠くなった声が再び近づく。エレベータに乗ったのか、電波が乱れて言葉が途切れ途切れになった。遠く離れた海外にいることをまざまざと実感させられる。
「葉一くん……」
声が震えた。急に寂しくてたまらなくなった。スマホを握りしめ、空いたほうの手で鉢の縁を握りしめた。
「葉一くん」
「聞こえてるよ」
ドアが開く音がして、周囲が静かになった。
「今部屋入った」
律儀に報告して、葉一が笑う。
「無駄に広い部屋で、完全に持てあましてる」
出張3日目だが、疲れた様子はなかった。おれに悟られまいとしているのかもしれない。直接顔を見られないことにもどかしさをおぼえた。
「見せて」
考えるより先にいっていた。
「部屋? いいよ。ビデオ通話にする?」
短い操作のあと、長方形の画面に葉一の顔が浮かんだ。仕事帰りでネクタイを締めている。やさしい笑顔に胸が熱くなった。
「顔見ると会いたくなるな」
画面の葉一が目を細める。
「水やりしてくれてんの?」
「うん」
背後の観葉植物たちが見えるようにスマホの位置をすこしずらした。
「ありがとう。すごくたすかる」
葉一が向けてくる言葉はいつも直線的で、受け取るたびにあたたかい気持ちになる。
「でもおれの恋人が見えるような角度にして」
眉を上げて葉一がいい、おれは笑った。
「部屋のなか見る?」
葉一がスマホをゆっくり回転させると、ホテルの室内が確認できた。葉一がいったとおり、かなり広い部屋で、中央にダブルベッドが鎮座している。外出中に清掃が入ったのか、シーツの表面には皺ひとつない。
「ほかのところも見たい」
「わかった。ちょっと待って」
葉一が動くのに合わせて画面が揺れる。バスルームもトイレもきれいだった。部屋の隅に大きなキャリーケースが開いたままになっている。几帳面な葉一には珍しい。それほど仕事が詰まっているということなのだろう。
「こんな感じ?」
さりげなくキャリーケースを爪先で押しのけ、葉一がいう。再び彫りの深い顔がアップになる。
「奥のとこは?」
「え? もっと?」
葉一が笑っていった。
「なあ、ひょっとして浮気の心配してる?」
「ちがうけど……」
そういうつもりではなかったが、心のどこかに不安があったのかもしれない。おれは咄嗟にうまく答えられず、曖昧に首を傾けた。
「出張中にほかの男連れ込むと思ってんの?」
勘ぐるようなおれの態度にも、葉一はかえってうれしそうだった。スマホを持っていないほうの手でネクタイをはずしながら、いった。
「浮気なんかするわけないだろ。初芽がいるのに」
「わかってる。疑ってないってば」
本気で疑ったわけではない。次の言葉を引き出そうとした。
「初芽だけだよ。ほかの奴には全然興味ない」
おれは葉一を試している。自分の劣等感に背を向け、不安を解消するために、葉一を利用している。狡い言葉や態度で葉一の反応を確認しようとするのは自分に自信がないからだ。
「初芽は?」
「……おれがなに?」
「浮気してない?」
「まさか!」
間の抜けた声が出てしまい、恥ずかしさに顔が熱くなった。
「できるわけない、おれがそんな……」
「できたらするってこと? 心配したほうがいい?」
「しないよ、いらない、そんなの」
慌てて捲し立てると、葉一が笑った。片手で器用にシャツのボタンをはずして、ベッドに寝転がる。カメラが回転し、仰向けの姿勢で前髪が乱れた葉一の顔を俯瞰している。
「冗談だって。おれも信じてる」
ひどく動揺した自分がさらに恥ずかしくなって、おれはソファの上に座り、背中を丸めてスマホを覗きこんだ。向こうもおなじように画面に顔を近づける。
「あー、めっちゃ好き。早く会いたい」
葉一の呻き声が耳に響く。閉じた膝の間でじわりと熱を感じる。
「おれも会いたい」
素直な気持ちを口にしていた。鼓動が烈しくなり、息がくるしくなる。このソファでも何度も体を重ねたことがあり、葉一の低い声が鮮明に記憶を呼び起こした。
「寂しいよ、初芽」
間延びした声は甘えん坊の子どものようで、庇護欲をかき立てられる。おれにもそんな感情があるとは知らなかった。
「おれも……」
「今すぐ抱きしめたい。初芽に触りたい」
無邪気な顔を見せたかと思えば、真逆の野性的な眼差しを覗かせる。だれでも夢中になる。もう自覚していた。たったの3日離れただけでこんなにも恋しくなっている。
「初芽もおなじ?」
「聞くなよ……」
体が熱い。葉一をすぐそばに感じるのに、触れられないもどかしさで身を捩った。スマホを握ったまま横になる。ソファのに無造作に置かれたクッションからかすかな葉一の匂いを鼻腔いっぱいに集める。
「早く帰ってきて……」
「すぐ帰るよ」
画面のなかの葉一も切ない表情でため息を吐く。
「帰ったらめちゃくちゃ抱くから」
顎を震わせて何度も頷いた。1日がこんなに長く感じるのもはじめてだった。気が遠くなるような時間だ。
たった3日だ。3日離れただけで、狂おしいほど葉一を求めている。
もし、この先、葉一を失うことがあったら、どうなってしまうのだろう。想像しただけでばらばらになりそうだ。
どこかで覚悟していた。葉一に依存してしまうとわかっていた。だからこそ恐ろしかった。
ソファの上で膝を抱え、おれは葉一の声を遠くに聞いていた。
スマホを通して葉一が素っ頓狂な声を上げる。
「えっと、男性同士の……」
「あ、いや、わかってる。ちょっと聞こえにくかっただけ」
ホテルに帰るところらしく、周囲が騒がしい。かすかに聞こえてくる言葉は外国語ばかりで、距離の遠さを実感させる。
「BLドラマに出るのか? 凪砂が?」
「そうみたい」
観葉植物にスプレーで水を噴きかけ、答える。肩と頬でスマホを挟んで通話しながら、両手で葉を摘まんで状態を確認する。どの鉢もすべて健康に育っていて、葉も茎もみずみずしくしなやかだった。葉一が毎日ていねいに愛情をこめて手入れをしているのがよくわかる。
「意外だよね。おれもびっくりした」
「そうか? べつに意外ではないんじゃない?」
葉一の反応は予想とはちがっていた。
「葉一くんは驚かなかった?」
「そりゃ多少は驚いたけど、仕事だろ? 俳優なら、ヤクザでも殺人鬼でもなんでもやるもんなんじゃないの? よく知らないけど」
「……」
「初芽?」
「あ、ごめん」
通話をしていることを一瞬忘れ、無言でいたことに気づいた。
「なんか変なこといった、おれ?」
「ううん。ただ……凪砂もおなじこといってたから」
おれと凪砂の付き合いは小学校からもう10年以上になる。だれよりも凪砂という人間をわかっているという自負があった。自己肯定感が高いといえないおれの唯一の誇れる部分だった。しかし、最近は、おれよりもむしろ葉一のほうが凪砂の考えを理解していると感じることが多かった。そんなとき、おれの心には、寂しさや情けなさ、悔しさといったらゆる感情が巡った。そのすべてを煮詰めて残る感情に名前をつけるのは難しかった。
「けど、だったら、凪砂の偏見も前ほど露骨ではないってことじゃないか?」
直接顔を合わせていないせいか、凪砂の理解を期待しているせいか、葉一はおれの逡巡に気づかず、回線の向こうで声を弾ませた。
「だって、ほら、現場では露骨に嫌な顔もできないだろうし、仕事に対しては熱心な奴だから、役に感情移入して……」
「そうだったらいいんだけど……」
ぎこちない返事に、葉一も言葉を切る。小さなため息とともに、いった。
「初芽」
なにをいわれるかはわかっていた。指先で葉脈を辿りながら、おれは首を窄めた。
「話そうとしたんだよ……」
「打ち明けるチャンスだっただろ?」
「わかってるけど、そういう雰囲気じゃなかったっていうか……」
「初芽」
喧噪のなかで、葉一が声を沈める。
「おれら付き合ってもう半年だろ?」
「うん……」
「その間、ずっと凪砂に嘘つきつづけてる」
痛いところを衝かれて、黙るしかなくなった。これまでも何度か急かされていたが、そのたびに曖昧にはぐらかしていた。葉一もおれの気持ちを汲んで、無理強いはしなかった。しかし、さすがに誤魔化せなくなってきている。
「おれもうこそこそ会うの嫌なんだよ」
ホテルが近づいてきたのか、喧噪が遠ざかる。
「べつにカミングアウトするとかじゃなくて、ただ、友達には正直にいいたいし、祝福してもらいたい。どう思われるか想像したらおれだって怖いけど、凪砂には隠したくないんだよ」
「わかってる……」
十代の頃から自分の性的嗜好に気づき、小さな田舎町で親の期待を一身に背負って孤独に耐えてきた葉一にしてみれば、身近な存在に理解され、ある程度オープンに交際することには特別な執着があるだろう。理解できないわけではない。葉一に対しても凪砂に対しても罪悪感があったし、早く解放されて楽になりたいという思いもあった。しかし、その一歩を踏み出せない。
「いい加減ちゃんと話さないと、変なかたちで伝わったりしたら気まずくなるよ」
葉一のいうとおりだった。おれは問題から目を背け、解決を先送りしているにすぎない。あれこれといいわけをするが、単純に、前進する勇気がないのだ。
「初芽がいえないなら、おれがいうけど」
「それはだめ」
自分でも驚くほど鋭い口調になった。
「ちゃんと話すって約束する」
取り繕うようにいうと、葉一はすこし間を措いてから「わかった」といった。冷静な声だったが、納得しているようには聞こえなかった。
ホテルのフロントスタッフだろうか。外国語が聞こえて、葉一がおなじ言語でなにか返している。
「今のって中国語?」
「え? ああ、そう」
英語が堪能だとは知っていたが、他にも話せるとは知らなかった。商社に勤めていれば、複数の言語を操るのはそう特別でもないのかもしれない。物理的な距離以上に葉一を遠く感じ、寂しさが募った。
「すごいね」
「そうでもない。大学で選択してたから……」
まただれかに話しかけられたのか、会話を中断して、おれの知らない言葉でしゃべる。
「ごめん。今ホテル着いたとこで……」
遠くなった声が再び近づく。エレベータに乗ったのか、電波が乱れて言葉が途切れ途切れになった。遠く離れた海外にいることをまざまざと実感させられる。
「葉一くん……」
声が震えた。急に寂しくてたまらなくなった。スマホを握りしめ、空いたほうの手で鉢の縁を握りしめた。
「葉一くん」
「聞こえてるよ」
ドアが開く音がして、周囲が静かになった。
「今部屋入った」
律儀に報告して、葉一が笑う。
「無駄に広い部屋で、完全に持てあましてる」
出張3日目だが、疲れた様子はなかった。おれに悟られまいとしているのかもしれない。直接顔を見られないことにもどかしさをおぼえた。
「見せて」
考えるより先にいっていた。
「部屋? いいよ。ビデオ通話にする?」
短い操作のあと、長方形の画面に葉一の顔が浮かんだ。仕事帰りでネクタイを締めている。やさしい笑顔に胸が熱くなった。
「顔見ると会いたくなるな」
画面の葉一が目を細める。
「水やりしてくれてんの?」
「うん」
背後の観葉植物たちが見えるようにスマホの位置をすこしずらした。
「ありがとう。すごくたすかる」
葉一が向けてくる言葉はいつも直線的で、受け取るたびにあたたかい気持ちになる。
「でもおれの恋人が見えるような角度にして」
眉を上げて葉一がいい、おれは笑った。
「部屋のなか見る?」
葉一がスマホをゆっくり回転させると、ホテルの室内が確認できた。葉一がいったとおり、かなり広い部屋で、中央にダブルベッドが鎮座している。外出中に清掃が入ったのか、シーツの表面には皺ひとつない。
「ほかのところも見たい」
「わかった。ちょっと待って」
葉一が動くのに合わせて画面が揺れる。バスルームもトイレもきれいだった。部屋の隅に大きなキャリーケースが開いたままになっている。几帳面な葉一には珍しい。それほど仕事が詰まっているということなのだろう。
「こんな感じ?」
さりげなくキャリーケースを爪先で押しのけ、葉一がいう。再び彫りの深い顔がアップになる。
「奥のとこは?」
「え? もっと?」
葉一が笑っていった。
「なあ、ひょっとして浮気の心配してる?」
「ちがうけど……」
そういうつもりではなかったが、心のどこかに不安があったのかもしれない。おれは咄嗟にうまく答えられず、曖昧に首を傾けた。
「出張中にほかの男連れ込むと思ってんの?」
勘ぐるようなおれの態度にも、葉一はかえってうれしそうだった。スマホを持っていないほうの手でネクタイをはずしながら、いった。
「浮気なんかするわけないだろ。初芽がいるのに」
「わかってる。疑ってないってば」
本気で疑ったわけではない。次の言葉を引き出そうとした。
「初芽だけだよ。ほかの奴には全然興味ない」
おれは葉一を試している。自分の劣等感に背を向け、不安を解消するために、葉一を利用している。狡い言葉や態度で葉一の反応を確認しようとするのは自分に自信がないからだ。
「初芽は?」
「……おれがなに?」
「浮気してない?」
「まさか!」
間の抜けた声が出てしまい、恥ずかしさに顔が熱くなった。
「できるわけない、おれがそんな……」
「できたらするってこと? 心配したほうがいい?」
「しないよ、いらない、そんなの」
慌てて捲し立てると、葉一が笑った。片手で器用にシャツのボタンをはずして、ベッドに寝転がる。カメラが回転し、仰向けの姿勢で前髪が乱れた葉一の顔を俯瞰している。
「冗談だって。おれも信じてる」
ひどく動揺した自分がさらに恥ずかしくなって、おれはソファの上に座り、背中を丸めてスマホを覗きこんだ。向こうもおなじように画面に顔を近づける。
「あー、めっちゃ好き。早く会いたい」
葉一の呻き声が耳に響く。閉じた膝の間でじわりと熱を感じる。
「おれも会いたい」
素直な気持ちを口にしていた。鼓動が烈しくなり、息がくるしくなる。このソファでも何度も体を重ねたことがあり、葉一の低い声が鮮明に記憶を呼び起こした。
「寂しいよ、初芽」
間延びした声は甘えん坊の子どものようで、庇護欲をかき立てられる。おれにもそんな感情があるとは知らなかった。
「おれも……」
「今すぐ抱きしめたい。初芽に触りたい」
無邪気な顔を見せたかと思えば、真逆の野性的な眼差しを覗かせる。だれでも夢中になる。もう自覚していた。たったの3日離れただけでこんなにも恋しくなっている。
「初芽もおなじ?」
「聞くなよ……」
体が熱い。葉一をすぐそばに感じるのに、触れられないもどかしさで身を捩った。スマホを握ったまま横になる。ソファのに無造作に置かれたクッションからかすかな葉一の匂いを鼻腔いっぱいに集める。
「早く帰ってきて……」
「すぐ帰るよ」
画面のなかの葉一も切ない表情でため息を吐く。
「帰ったらめちゃくちゃ抱くから」
顎を震わせて何度も頷いた。1日がこんなに長く感じるのもはじめてだった。気が遠くなるような時間だ。
たった3日だ。3日離れただけで、狂おしいほど葉一を求めている。
もし、この先、葉一を失うことがあったら、どうなってしまうのだろう。想像しただけでばらばらになりそうだ。
どこかで覚悟していた。葉一に依存してしまうとわかっていた。だからこそ恐ろしかった。
ソファの上で膝を抱え、おれは葉一の声を遠くに聞いていた。



