ファーストリーフ

 観葉植物の数そのものはリビングのほうが多かったが、スペースが狭いぶん、寝室はずっと緑の匂いが濃かった。
 いっしょに入りたいとごねる葉一を宥めて断念させ、シャワーを浴びた。念入りに体を洗い、バスルームを出た。葉一は大型犬のように寝室内を右往左往していて、落ち着きのない様子がむしろおれをリラックスさせてくれた。
 とはいえ、はじめのうちだけだった。今度は悠長に髪を乾かす余裕はなく、服を脱がされ、全身にキスをされた。
 ふたりとも全裸で重なりあう。体を見たいという葉一の要望も却下して、室内の照明は落とし、ベッドサイドランプの小さな明かりだけを灯していた。
 葉一は興奮を抑えて理性的になろうと必死に見えた。指圧マッサージでもするかのようにていねいに時間をかけておれの体に触れ、強張った筋肉を解し、緊張を和らげていった。
 肩に歯を立てられるのも、乳首をねぶられるのも、臍に舌先を圧し込まれるのも、すべてはじめての体験だった。性器を口に含まれたときはあまりの衝撃に声を上げてしまった。学生時代から性的な関心が薄く、自慰行為に耽ることもないわけではないが、数ヶ月に一度か二度といったところだった。自分はそういった性質の人間なのだと思っていた。間違いだった。葉一の手と舌に嬲られて、あっという間に果ててしまった。
 コミュニティの間で知られた存在なだけあって、葉一は巧みだった。仰向けになってされるがままのおれを二度絶頂に追いやって、さらに体を裏返した。
 臀部の肉を割り広げられ、粘りけのある液体を奥に塗り込まれた。男女の行為とはちがう。どこを使用するのかは知っていたが、どのようにするのかその手法までははっきりわからなかった。葉一にすべて委ねるほかなかった。
 どれほどの量がつかわれたかはわからない。大量の液体を擦り込まれ、たまらず喘いだ。液体の助けを借りて、葉一の指が滑り込んでくると、声はさらに高まった。
 はじめのうち、腹ばいになって尻を葉一に向けていたが、なにをされているのか見えない不安に体が硬くなっていった。おれの様子に気づいた葉一が腕をつかんで上半身を持ち上げ、膝の上に座らせた。
 葉一の胴を両脚で挟み込むかたちでベッドに膝を立てた。葉一の首に両腕を回して必死にしがみついた。葉一は右手でおれの臀部を解し、左手で腰をつかんでいた。支えがなければ脱力して崩れ落ちてしまいそうだった。
 長い指が奥に押し入り、指先が内壁を探る。自分で慰めるときには触れることのない部分だ。想像さえしたことがなかった。はじめは違和感に全身を粟立て、逃げ出したくなったが、すぐに異物感ではない、まったく異なる感覚が押し寄せてきた。手も舌も触れていないのにもかかわらず、再び硬直しはじめていた性器を葉一の腹筋に擦りつけた。無意識だった。そんなはしたない行為はやめたかったが、やめられなかった。
 おれが体を上下させる動きに合わせて、葉一が指を圧し込む。いや、逆で、葉一の動きに合わせておれが腰を落としているのか。もはや判然としない。はじめての行為だというのに、おれは完全に没頭して、我を失っていた。
「葉一くん……!」
 3度目の兆しを感じ、葉一の肩口に顔を埋め、叫ぶように訴えた。
「なに? 初芽」
 葉一も冷静さを欠いて、声は低く掠れていた。肩にも背中にも汗をかいていて、おれも汗だくだから腕が滑って落ちてしまいそうだった。
「気持ち悪い?」
「ちがう……けど」
 液体を塗りたくられた臀部は皮膚の表面も内部もぐちゃぐちゃになっていて、耳を塞ぎたくなるような音を立てていた。声を張り上げ、いった。
「これ、いつまでするの……」
「これ?」
 両手を臀部に添え、指先を肉に食い込ませて割り広げる。間に空気が滑り込み、ひやりとした感覚におれは身震いした。
「嫌?」
 小刻みに首を振る。肩に圧しつけた額が汗で滑った。
「はじめてだしちゃんと準備しないと、痛いから」
「痛くていい……っ」
 言葉を切ったのは、乳首を吸われたからだ。舌先で転がされ、圧しつぶされ、軽く歯を立てられると、まともな思考ができなくなる。
「葉一くん……」
「もうすこし」
 内部で2本の指が分かれ、圧迫感が増す。唇を噛んで耐えた。溢れた液体が内股をつたって垂れ、シーツの表面に染みをつくった。
「汚れちゃう、ベッドが……」
「いいから」
 葉一の声にも余裕がなくなっていた。直接的な刺激がないのにもかかわらず、おれを見て、おれに触れて、興奮している。
「……葉一くん、おれ……これ以上無理そう」
 3度目を迎えるというときには息も絶え絶えで、訴えはほとんど懇願になっていた。烈しい快楽を休みなく与えられ、意識を手放してしまいそうになっていた。
 葉一が手を止め、おれの胸に顎を擦らせた。対象物を観察する研究者のようにおれを見つめ、患者を診察する医師のような手つきで脚の付け根を軽く擦る。掌が滑るのは汗のせいか体液なのか、人工的な液体か、あるいはそのすべてだろうか。葉一の腹部もおれが放った体液で汚れていた。腹筋の凹凸で向きを変えながら流れ落ちていく。
 膝を立てて体を支えるのも限界だった。おれは葉一の胸に頬を擦らせて体重を預けた。濡れた臀を葉一の膝上に乗せて、爪先を投げ出す。立て続けに極めたために全身が熱を纏い、断続的に痙攣している。
「よしよし。だいじょうぶだよ」
 完全に虚脱して大きく肩を弾ませているおれを抱えて、葉一は幼児にいい聞かせるようにいった。
「どうしよう。おれ、こんな……」
 自分の状態を客観視できなかった。何度も達して、そのたび体を震わせて声を上げてしまった。今もひどい顔をしているのはあきらかで、葉一にしがみついて肩に顔を圧しつけることしかできなかった。
「こんなの無理。おれ、こんなになって、恥ずかしい……」
「そんなことない。かわいかった」
 葉一はやさしくいって、むずかる赤ん坊をあやすように指の腹でおれの背をとんとんと軽く叩いた。
「はじめてなのにちゃんと気持ちよくなれてすごいよ。えらかったな」
 頭から首にかけてやさしく撫でられると、動揺が収まり、すこしずつ呼吸がなだらかになっていく。
 体を倒されるときも、頭の裏側に手を差し入れられ、まるで宝物を扱うような手つきだった。
「だいじょうぶか?」
 仰向けになったおれの上に覆い被さって、葉一の低い声が尋ねる。
「きつかったらやめてもいいよ」
 湿った掌が頬に触れて心地いい。正直なところ、はじめての体験に心身ともに疲弊していて、その一言に縋りつきたい衝動に駆られたが、中途半端な状態の葉一を拒絶できなかった。葉一が自分の欲望を抑え、すべてにおいておれを優先していることはわかっていた。
「やめない……」
 けっきょく、おれは葉一の手に自分の手を重ねた。葉一を見上げて、いった。
「全部したい」
「初芽……」
 何度目かのキス。口のなかで蠢く舌に気を取られているうちに、葉一が体を進めてきた。脚の間に熱い塊が圧しつけられ、ゆっくりと侵入してきた。
 指とは比較にならない強烈な圧迫感。塞がれた唇から声が漏れた。額を汗がつたう感触。葉一も大量に発汗していた。ベッドを湿らせながら、おれたちは脚を絡め、胴を重ねた。
 すこしずつ、確かめるように圧し拡げられた。痺れるような痛みとともに、貫かれる快感。最奥に達したとき、おれは全身を撓らせてすべての刺激を受け止めた。
「……平気か?」
 かろうじて頷く。繋がった部分から全身に熱が広がっていく。
「痛くない?」
「だいじょうぶ……」
 時間をかけて準備をしたせいか、覚悟していたほどの激痛はなかった。大きく息を吐き、いった。
「全部入ったの?」
「入ったよ」
 安堵の息をもう一度吐いて、聞いた。
「じゃ、おれもう葉一くんのもの?」
 今度は葉一が息をついた。おれの顔の両脇に手をつき、おれを見つめた。照明が斜め後ろの位置にあるせいで、表情はほとんどわからない。不安になり、手を伸ばした。
「葉一くん……」
「葉一って呼べよ」
「葉一……」
 自分の名を吸い上げ、葉一はおれの唇を貪った。おれの頭頂部に掌をあてて、動きはじめた。
 内臓を抉られる感覚に、おれは悲鳴を上げた。めちゃくちゃな動きに揺さぶられ、振り落とされないよう葉一の首にしがみついた。
「葉一……」
「初芽」
 互いの名を呼びながら、おれたちは烈しくベッドを軋ませた。ほどなくして、葉一が突然動きを止め、低く呻いた。内部で極限まで張り詰める感覚があり、直後、膨張と炸裂をはっきり感じた。
 葉一の前髪から汗の玉が散った。虚脱した体をおれの上に預けて、葉一は大きく呼吸している。肌は熱く、汗ばんでいた。内部を侵していたものが去っていってしまう瞬間、留まらせようするように収縮したことに気づいていた。意識したものではなかった。
「葉一……」
 いとおしさでたまらなくなり、両腕を持ち上げて大きな体を抱きしめた。
「ごめん。おれ、ださ……」
 早すぎるということか、技巧もなにもなく我を忘れて貪ったことをいっているのか、葉一はおれの胸の上でため息をついた。
「初芽はじめてなのに余裕なくてごめん。いつもはこんなじゃないんだけど……」
 まだ動けずにいる葉一の背中を撫でた。おれも体力の限界で、うまく言葉を発することができなかった。おれたちは重なったまましばらくそのままでいた。いつの間にか互いの呼吸のリズムが完全に合っていた。それは行為そのものよりも深いつながりを感じさせた。
「好きな子とするとこんななるんだな」
 葉一が独白のようにいって、おれの横に転がった。体を横にして、おれのこめかみに鼻先を擦りつけた。
「体、平気? 変なとこ、どこもないか?」
「うん……」
「ほんとに?」
「うん」
 おれも葉一のほうを向いた。膝頭が擦れ合い、爪先が絡み合う。
「ちゃんと気持ちよかった?」
 頷くと、葉一は顔を綻ばせた。まだ赤い頬を緩め、おれを抱き寄せる。
「よかった。もうしたくないって思われたら嫌だから」
「そんなことない」
 落ち込んでいる様子の葉一をかわいく思った。おれの言葉に一喜一憂するのもいとおしかった。自分から身を寄せ、キスを受けた。
「またしていい?」
 指先でおれの頬をちょんと圧しながら、葉一が上目遣いにいってくる。思わず笑ってしまいそうになった。
「今?」
「いや……まあ、うん、今かな」
「もう1回?」
「うん。だめ?」
 だめだといえるはずがなかった。強迫観念ではなく、素直に、葉一とつながりたいと願った。
「だめじゃない」
 葉一の腕と脇腹の間に手を差し込み、密着した。胸に額を擦りつけて、いった。
「おれもしたい」
「初芽……」
 すぐに葉一が抱き返してくる。おそらく人生ではじめて、心の底から安心できた。
「好きだよ、初芽」
 この半年の間、数百回は聞かされた言葉。泣きそうな声で、葉一はいった。
「絶対だれにも渡さない」
 それは独白ですらなく、宣言だった。これまで感じたことのない満足感が胸いっぱいに広がった。再び葉一の体重を受け止めながら、おれは大きく深呼吸し、観葉植物が放出する野性的な匂いで体内を埋め尽くした。これほど充足したことは今までになかった。葉一によって、おれは満たされた。