月の裏側に行ってみたい。season2

次の日――



いつものように授業を受け、

休み時間には
然と他愛のない話をする。



いつもと違うのは、

別々に帰ったことくらい。


「また、後でな。」
「うん。じゃぁな。」


短い挨拶に込められた、

それぞれの
思いを抱えて――。





俺の足は

家路に急いでいた。



本当は
まっすぐ帰りたくなかった。



今日だけは、

“またね”

なんて言葉は、嫌いだ。




早く、
すぐに、
あの丘で、


――然に会いたい。



――――


丘に続く階段を、
二段飛ばしで駆け上がる。

「はぁっ……はぁっ……」

あの茂みを抜けたら、
ゴールだ。



ガサッ!!



一瞬にして広がる星空。



いつもなら、
深く、深く、吸い込む。


たったのひとつも、

取り零さないように。



だけど、

スピードは緩めない。





今夜はいいんだ、そんなこと。



地面を蹴る。


駆ける。


――居た!


風を切る。


舞い上がる。




「然っ!!」

振り向くのを待たずに、

飛びつくように
抱きしめる。


勢いが空回りしてる。


「ぅわっ!朔!?どうした!?」


「然っ……
 早くお前に会いたかった。」

抱きしめたまま
大きく左右に揺さぶる。



「登場の仕方っ!癖強いって!」

然の笑い声が
心地よく響く。



俺の呼吸が
落ち着くのを
待っていたかのように、


ゆっくりと、


なだめるような手つきで
絡まる俺を離す。


「然っ……!」

また抱きしめる。

今度は解けないように

両手の指を重ね、
ロックする。


ギュウッ。


「然ーーっ……」

抱きしめたまま、
また、左右に
大きく揺さぶる。

「んーーーー……」

然と揺れるのが
気持ちいい。



「だーかーら、
 
 癖強いって!」


ドスッ!!


「ぐはっ……。」


俺の下半身に、
然の膝がヒットする。



――デジャブ……。



「……それは、
 ……ないんじゃ……ない?」

芝生にへたり込む。


自分の服を整えながら
然が一瞥を投げる。


「お前こそ。
 昨日の今日で、
 それはないんじゃね?」


「――だって……。」


「だって、何だよ。
 一回、座れ、お前。」


「俺の奥さん(予定)、怖い……」


「誰が奥さんだ。
 もっかい、蹴ろうか?」

全力で首を振る。

両手のひらも同じく
高速で
振ってみせる。


「まったく……。

 早く、そこ、座れ。」


「チッ……分かったよ。」



向き合って座る俺たちを、

星空が
見下ろしている。



果てのない彼らにしたら、

俺たちのことなんて

塵一つにも

満たないのかもしれない。



だからずっと、

俺たちを見てて欲しい。



「いてて……。」

腰をトントンとやる。

顔を上げ、然を見る。

「お前、その……
 親とは、大丈夫なのか?」


「クスッ……
 心配してくれてたんだ?」


「当たり前だろ。
 それ思ったら、

 もう、どうしようもなくて。

 ――とにかく早く会いたくて。」


「そか。」

然が目を細める。

「……その時はショックだったよ。

 泣かせた、って。

 でも、
 後からちゃんと、

 分かるように話してくれた。」


「うん……。」


「“悲しくて泣いたんじゃないよ。

 背負って生きてく俺を思ったら、
 涙が出てしまったんだよ。”



 ――って。」



「うん、うん、そうか……。」

込み上げる。

「はぁぁ……なんだよ、もう……」

ふぅ……っと
全身の力が抜けていく。



後ろに体重を預け、

ズズッ……

大の字に寝転ぶ。

ドサッ。



月の光が眩しい。

目を細める。





すっと視界が影る。


然が俺を
上から覗き込んでいる。


「お前――
 意外と本能で動くんだな。」



――どんな顔をしたらいいのか。


俺は腕で目を覆った。


然が
俺の手首を持ち上げ、

俺の顔を確かめる。


然の瞳の中の俺と、

目が合う。



間抜けな顔してるな、俺。



然の瞳は

光を帯びて、

小さくゆらゆら、


俺の目を、
右へ、左へ、


交互に揺れては戻る。


深い瞬きをする。

「――さっき、グッときた……。」

掠れた声が、
耳元に落ちてくる。


もう一度、
俺の目を見る。


スッ……と落ちる。


見つめ合う。


俺を見ているのは、




――然か?

――瞳の中の俺か?



然の顔が近づく。

ふっと
温度を感じる。



2人の呼吸が、

触れる――……

その時、

咄嗟に
俺の手が然の唇を覆う。


――ピタリ。

「え?」


うっとりとしていた然の目が
キョトンとしている。



「あ。」

ぶわっと汗が出る。

然から手を少し離す。


「……えっと。これは、拒絶じゃない。

 今は違うって……いうか。

 その……、ごめん。」


然は、
さっと離れ、
座り直した。

あぐらをかき、
手のひらの芝を払う。


「謝るなよ。
 俺、今なんか変だった。

 忘れて。」


「いや!忘れるなんて、
 そんな勿体ないことできるか!」


慌てて飛び起きる。


「言いたいのは、
 そこじゃないんだけどな。

 なに?何かあるんだろ?」


僅かに首を傾げながら、
然は俺を見た。




風が吹く。


そよそよと、

俺たちの髪を揺らし、

頬を撫でる。



月が、
星たちを引き連れて、



――俺たちを見下ろしている。



―――――


「――なぁ、母さん。」

母の洗濯物を畳む手が止まる。

俺の顔を見ると、
少し微笑んで
ソファに座り直した。

俺は軽く頷き、
タオルを肩にかけた。

母の前にあぐらをかく。

「お風呂と着替えサンキュ。」

「なに、改まっちゃって。」

「母さんこそ、察した風。」


肩を竦めて、

洗濯物とソファに

視線を投げる。


「まぁね。それで?
 ――何か、話、あるんでしょ?」

「然……のことなんだけど。」

「あぁ、あの夜空友達ね。」

「夜空“友達”じゃなくなるかも……
 しれないっていう……。」


「喧嘩?

 ――いや、逆かな?」


「えっ……」

「何、今更驚いてんの?
 めんどくさがりのくせに
 毎晩、
 走って出てってたじゃない。」




オーマイガー。


――バレてた。


母親、おそるべし。



―――――

然が笑う。
「お前、走って出てきてたんだ。」

「う、うるさい。」
めちゃくちゃ恥ずかしい。


「てか、親に話すとか
 お前――、

 よくできるな……。」


「え。

 俺にそっくりな
 生き証人から
 話聞けるなんて、

 おいしすぎるじゃねーか。

 ……お前こそ、
 時々、よく分からんことを言う。」


然がまた笑う。

「朔って感じ!


 それで?

 あるんだろ?――続き。」


若干引っかかるが、
まぁいい。

俺には、
然に伝えることがある。



「とりあえず、一度うちに来い。と。」



しんっ……

然が固まる。

長いまつ毛が

4回、
高速で上下した。


――あ。間違えたかも。


「……困るよな!
 無理に、じゃない。

 大丈夫だ。

 えっと……
 俺、また考えるから。」


ガシッ!

然の両手が、
力強く、
俺の肩を掴む。

「会いたい!朔のお母さん!
 会わせて欲しい!」


えーっ!!

マジっすか。




――然がうちに来る。