月の裏側に行ってみたい。season2





「危ないのは――俺だ。」


あぁ……
言ってしまった。


口から出た言葉は、

宙を舞って

いとも簡単に降ってしまう。




ストン、と。


相手の耳に。


――心に。



俺の後ろで、
朔はどんな顔してる?




振り向くのが



怖い。


―――――


耳に
低い声が落ちる。

「やっと、認めたな。」

そんな声にすら
ゾクゾクするんだ。


俺の、
腹の奥から

痛みを伴って

湧き上がってくる。



そうなんだよ。


俺は、

こんな汚い感情を
持ってる。


お前の
言う通りだ。

散々、
見苦しいほどに
ひた隠しにしてた

その――“感情”。


素直に
認めてやるさ。



ん?

――認める?


バッ!
朔の顔を見る。



舌を出して、
イタズラに笑う朔がいる。

――あ。やられた!

「お前っ、わざと煽ったな!
 今すぐ離せ!」

腕の中で暴れる。


恥ずかしい。
見ないでくれ。


揺れ動く度に

お前のせいにして

誤魔化してきた俺を。



抱きしめる腕が

ほどけそうになる度、

朔が優しく、

包み込む。


「……離せって。」

「離さない。」

「逃げないから、離せよ。」

「捕まえてるわけじゃない。」

「じゃぁ、――何だよ。」

「そうしたいだけ。」

はぁ?
なんだコイツ。

もういいや。

好きなだけ
そうしてたらいいんだ。



俺は、

暴れるのをやめた。



背中から伝わる

朔の体温、

息遣い、

胸の鼓動、

気持ちよくて手放せない。




―――――

然の頭がすぐそこにある。

時折、少しだけ動く。



然が呼吸する度に、

俺の腕も

微かに揺れる。



ここに、然がいる。



俺の腕の中に――。



「然……。」

口からこぼれ落ちる。


「なに。」
呆れたような声。

「俺、今満たされてる。」

然の後頭部に、
顔を埋める。

自然と
呼吸が温度を上げる。


然が俺の髪を
クシャクシャと掴む。

「……そろそろ、離せよ。」


「ん。」


俺は名残惜しくも
然を解放した。


どちらからともなく、
芝生に座り直す。

少し前までの
ぎこちなさは

もう、ない。

「然、俺の話していいか?」

然の横顔が
『ご自由に』と言ってる。
ツンとした態度に
笑いをこらえる。


「俺、多分、
 狭間にいた。

 俺の心は、
 出会った時から
 お前にあったと思う。」

――そう。
この気持ちは、
見ないようにしてた。

頭をもたげる度、
ギュッと押し込んで……。


見てしまったら
お前を失いそうで、

変わることを
拒んでいたんだ。


“いつまでもがいてる?”
って、
星が瞬いている。

その光が、
然のまつ毛も煌めかせる。

その煌めきは
切なさ?
それとも――……


然が、
明るく誤魔化すように

「気持ちの盛り上がりじゃね?

 ……ちょっと、

 ……珍しいもん、

 ……見つけた、みたいな?」

そう言って

笑顔で、俺を見る。


笑っているのに
なんでそんなに
悲しい目をするんだ。


やる前から
諦めてんじゃねえよ。

「往生際悪いな、お前。」



俺は、
然の頬を軽くつまみ、
ニッと笑ってみせた。

目をまんまるにしている然に
思わず吹き出す。

「百面相かよ!」

「うるせぇ! 
 とっとと続き話せよ!」

「荒ぶるのは、
 お前の膝だけにしてくれ。」

クッと笑う俺に
然がムッとする。

「つまんね。」

空を見上げる然。

呆れ顔で
ため息をついている。


俺の心はフラットだ。

大丈夫。
ちゃんと話せる。

「――で、あの雨の日と
 お前ん家行った日があって。

 まぁ、俺だって、
 真面目に考えたんだよ。」


「真面目に、ね。それで?」

仏頂面が
俺に目線を投げる。



「うん、それで……」

俺は、
この丘で

夜空を眺めるのが

好きだった。


雨の日はガッカリしたし、
曇りの日は
空が晴れるのを願った。

約束してるわけじゃないけど、
ここに来れば

“お前”に会えた。

俺はここで会う

“お前”が、大好きだった――。


然、
俺はもう迷わない。


「――俺、お前のこと
 めちゃくちゃ好きなんだ。」


然の瞳が、
グンと温度を増す。

まつ毛の際が、きらりと光る。

一秒もないその輝きを、
俺の目は逃さない。

然の頬に手を添える。

親指で
まぶたの近くを

ゆっくり、撫でる。

「一瞬の気分じゃない。」


「そんなこと、

 ……何で分かる?」


「真面目に考えた、
 って言ったじゃん。

 お前の揺らぎは、
 全く、関係ない。」

然の目は
まだ俺を信用していない。

簡単にいくなんて
ハナから思ってない。

お前は
今までそうやって
自分を守ってきたんだ。


だから――

急ぐつもりはない。


だけど――

お前に近づきたい。




―――――


心地いい朔の声が
俺の話をしている。

こんな気持ちいいことあるか?


嬉しい。

今すぐ抱きしめたい。


苦しい。

今すぐ逃げたい。


愛しい。

俺の事話す、その唇に触れたい。





怖い。




ずっと一緒にいたいから。


泣きたくなる――……


「……俺はっ……違う!」

声がうわずる。

「俺にとって、
 揺らぎは
 関係なくないっ……!」




「――そうだろうな。」

朔の声は落ち着いている。

「お前、本人だし。
 俺は――、って話だ。

 でも、
 ちゃんと知りたいと思ってる。」



どうしよう。
抱きしめたい。

いや違う。
抱きしめて欲しい。

あーもう、どっちなんだ……。


朔の手が、
俺の後頭部にスライドする。

まるで引力みたいに
引き寄せられる。

「……え、朔?」


ふわっ……



朔の香りに包まれる。



ほんのり、温かい。

微かに心臓の音が
聴こえる。

俺は再び

朔の腕に包まれていた。



埋もれていく。



―――――

どれくらい
経っただろうか。


月が高く真上にある。


そろそろ帰る時間だ。


朔の手を、
ゆっくりとはずす。

「俺も、話がある。」


「うん。」


「短いけど……、重いよ?」


「うん。」

じっ……と月を見る。


――あの裏側には何があるのか。


俺は今から、

勇気を出して、

ほんの少しだけ、



“それ”を

朔に、見せるんだ。



裏側を持つ者同士、
仲良くやってきたけど、

悪く思うなよ。



月は、

今夜も大きく

まるく

青く

俺を照らしている。