月の裏側に行ってみたい。season2

友情が終わる時は、

一瞬だ――。


今、
俺の腕は

然を

抱きしめている。


驚き、
固くなる然の肩。

その強ばりが、
切なく愛しい。


然の耳元で囁く。

「隙を見せるなよ。

 俺は

 煩悩まみれの

 危ないヤツ――なんだろ?」



「――違う。」

然は
小さくこぼした。




―――――




「月白?」


「――うん。
 月が昇る前に空が白むんだ。
 一言で言えば“夜空”だけど、
 実は、
 いろんな顔があるんだよ。」

「へぇ……。いろんな顔、か。」


然は笑って頷くと
また
レンズにかじりついた。



まったく……
そういうとこだぞ。


ほんの少しでいい。

意識してくれると
嬉しいんだけどな。


まぁ、いい。

これが然だ。



よし。いくか。


「なぁ、然。

 ――座って話さないか?」


「……そうだな。」

静かに
レンズから目を離す。


俺をちらっと見て

「よいしょっ、と。」

ワントーン高い声で
隣に腰を下ろした。


然の目は
空を見ている。



何を思っているんだろう。

そこに、

俺は居るのかな。



「――然、今日は悪かった。
 
 廊下で……あんなことして。」


然は何も言わない。

ただ、
空を見ている。


「お前と居ると、
 訳が分からなくなるんだ。」


然の瞳が
俺へと動く。

ゆらっと光る。


「俺も――ごめん。」

「え?お前が謝ることは……」

「……急所蹴り上げて、ごめん。」

「……っ!!
 お前、今それ言う!?
 マジ死ぬかと思ったんだぞ!」


ブハッ!!然が吹き出す。

俺も釣られて笑う。



張り詰めていたものが、

うそみたいに


解けていく。





然に向かって

あぐらをかく。

「よぉ、然。
 腹割って話そうぜ。」

然も、
俺に向き直す。

「望むところだ。」


「ほれ。飲め。」
ホットココアを投げる。

顔を見合せる。

ニッと笑う。



風が芝生の香りを
運んでくる。



コクッ……
然がココアを口に含む。

その、
小さな音が、


俺の中に




心地よく響く。




―――――


あの日のことを
思い出す。

初めて

然の

“別の顔”を見た。



俺は正直、

戸惑った。



――見ちゃいけない。


理由はわからない。

直感的に

そう思った。



思えばあの時。


既に――


俺の心には

然が住んでた。



自覚したのは

あの、雨の日だった。




――なぜ、あの日だったんだ?




然が、
ほぅ……と
小さく息を吐く。

「クスッ……俺から話すよ。」


「え?」


「その方がいいと思うから。

 俺の勘が当たってれば、

 答えは――、俺が持ってる。」


「ふーん……?
 じゃぁ、どうぞ。」


然の目が
ぐっと、
俺の目を覗き込む。


「俺さ、

 あの雨の日――
 
 揺らいでたんだよ。」


え?
それって、どういう……



「多分、無意識に、

 お前を誘惑してたんだ。」



開いた口が塞がらない。


「ちょ……っと待て。

 いきなり
 ぶっ込んでくるなよ。」


然が小さく笑う。


甘くて、
少し苦い。

ココアの香りがする。


然が更に
俺の目を見つめる。

奥まで
入り込むように。


「あの雨の日、

 俺が、お前を誘惑した。
 
 即座にお前は反応した。

 ほら。単純な化学式だよ。」


「待てって。
 勝手な化学反応起こすな。」


然が肩をすくめる。

したり顔で
ココアを飲み干す。


缶を奪い取って、
芝生に置く。


「お前、そうやって
 防衛線張るのやめろよな。」


「――防衛線?」


「潔さを見せてるようで

 必死に
 自分守りしてるじゃん。」


「は?意味わかんね。」

あ、然の目の温度が
上がった。

よし。

もう一息。


「俺は、
 自然発火したんだ。

 お前が、
 発火させたんじゃない。」


一瞬にして
然の顔が険しくなる。

「なんっか、
 言い方がムカつく。」


――その調子だ。

――下りてこい。


やり合おうぜ。

俺の胸ぐら、
つかんだときみたいに。

次の一言で

間違いなく、然は来る。


「フン、お前の仮面なんか
 とっくに剥がれてんだよ。」


……カァッ。

冷静な瞳の奥で、
本性が牙を覗かせる。


――見えた!


然が立ち上がる。

「……帰る!」

冷たくも見える眼差しで
俺に一瞥を投げると、
ふいっと背中を向けた。

服に着いた芝生を
丁寧に払い落とす。


その後ろ姿を
見つめる。


――このまま帰すわけないだろ。


そっと立ち上がる。

後ろから、

然を包み込む。


然の耳元で囁く。


「隙を見せるなよ。

 俺は、煩悩まみれの

 危ないヤツ――なんだろ?」





「……っ!!……違う。

 違うんだ……

 朔、お前、早く逃げろ。

 ――危ないのは俺だ。」


――来た!

抱きしめる腕に
軽く力を込める。


「望むところだ。」


「離せ、朔。
 マジで言ってる。」


離せと言いながら
然の抵抗はない。

腕を緩める。

もう一度、
抱きしめる。

今度は

深く、

優しく――。


「……月の裏側見てみたいって
 お前、言ってただろ?

 俺、着地したくなってきたわ。」


「着地……?」


「そう、着地。

 見てるだけじゃ、
 つまらんからな。」


「何言ってんだ?

 興味本位で
 俺に踏み込むな。
 
 そんな簡単じゃねぇんだよ!」


「分かってるよ。

 だから俺ら、
 こんなに拗らせてるんだろ?」


頬に触れる然の髪が、
くすぐったい。


然が、
俺の腕の中にいる。


本当は
もっと強く

抱き込んでしまいたい。

くっついて
離れないくらいに。



いっそ、

ひとかたまりになりたい。




今はまだ我慢だ。




男子煩悩生、

荒ぶる煩悩をなだめるのも

大切な仕事なのだ。