(挿絵 season1より)

――首洗って待っとけ。
然が息を弾ませ
長い廊下を走っている。
聞き間違いか?
――いや。
確かに
朔はそう言った
ドクンッ…
ドクンッ…
身体の奥底から
俺を叩く音がする。
――こんなの知らない。
揺さぶる度に見える
朔の戸惑いが
俺には心地よかった。
ほんの一瞬だけ
微かに感じるんだ。
朔の心が発熱する
――刹那の匂いを。
……さっき、ヤバかった。
抱きしめられた圧力。
ゼロに近い距離。
朔の喉元の匂い。
密着した肌から伝わる、
まるで
侵食されるような
――温度。
もしも、
もしも、また、
あの熱量で来られたら、
俺は、
俺でなくなるかもしれない。
漠然とした
“不安”。
あるいは、
未知への期待か――。
「はぁっ……はぁっ……」
ぶっ倒れるまで
全速力で
振り切ってやりたい。
不安だの、
期待だの、
しょうもなくて嫌になる。
堂々と
裸の本音をさらけ出したい。
なのに
なんで
俺は
逃げてんだよ。
あのまま
押し倒してやれば良かったんだ。
なんで……

ドンッ!
「……痛っ!!」
抱きとめられる。
褐色に焼けた腕。
お日様の香りがする。
「然か!もー、危ねぇなぁ……。」
教室から出てきた快と
ぶつかったらしい。
「はぁっ……はぁっ……
んぐっ……はぁっ……」
口元を拭いながら
横目で快を見る。
ゆっくりと、
膝に手をつく。
「おい、然?大丈夫か?」
「はぁ……ゴクッ……わりぃ……」
快の腕を掴む。
そこから
よじ登るように
快を捕まえる。
口早に吐き出す。
「アイツ!
やっぱり!ムッツリだった!
煩悩まみれ!」
「は?」
「アイツ!朔だよ!
快の読み通り!
ムッツリ煩悩なんだよ!」
「プッ……ムッツリ煩悩って!
アイツ、
一体何やらかしたんだ?」
快が爆笑する。
掴んだ腕が
大きく揺れる。
もう一度、
快の腕を掴み直す。
指に力を込める。
「笑い事じゃねぇぞ!
危ない、アイツ!」
「アハハハ!
とんでもねぇな!」
「快っ!笑うな!マジだ!
アイツ――急になんなんだよ!」
「あー、パンパンになって
弾けちまったのかなぁ?」
「コラッ!快っ!
真面目に言ってんだぞ!」
「――おっと……。」
快がスイッと
俺越しに視線を上げる。
俺の手を、
自分の腕から
そっと外す。
「――ご本人と話すべきことだな。」
「え。」
「ほら、ご本人登場。」
顎で俺の後ろを指す。
振り返る……
というよりは、
覚悟を決めて
そろりと、
視線を向けた。

そこには、
腕組みして立つ朔がいた。
「ぅわぁっ!」
俺の毛が逆立つ。
バチッ!!
気のせいか?
今、朔と快に
火花が散ったような……。
指先で、
快のシャツを掴む。
――頼む、行かないでくれ。
朔が
軽くため息をつく。
「……別に取って食わないよ。」
チラッと
俺の指を見る。
あ……。
おずおずと、
快のシャツを放す。
「はい。後はごゆっくり!」
快の両手が、
俺と朔の頭を
無造作に撫でる。
「俺、トイレ。」
ヒラヒラと手を振り
行ってしまった。
廊下に
俺と朔が残される。
しん……。
賑やかなのに、
俺たちの間だけが
静かだ。
飲み込まれてしまう。
時計の針の音でも
聞こえてきそうだ。
……持ってないけど。
先に静けさを破ったのは
朔だった。
「さっきは、悪かった。」
絶対、悪いって思ってない。
口が尖ってる。
そんな顔で謝る奴、
小学校以来だ。
「別にいいよ。
何も気にしてないし。」
朔が眉をひそめる。
「気にしてない――か。」
いちいち
反応が怖いんだよ、もう。
「まぁ、微かに動揺はしてるさ。」
肩をすくめる。
「そか。悪い。」
朔が
頭をかきながら
続けた。
「――後で、いつもの丘、な。」
「……ん。」
―――――
丘に続く階段の前。
朔の目が
うっそうとした茂みの先を
見つめている。
いつもは然と二人で
駆け抜けていく、この暗闇。
深呼吸する。
ザクッ……
ザクッ……
一歩一歩、踏みしめる。
葉っぱの匂いが、
青臭い俺に
やけに優しい。
ここを抜ければあの丘だ。
然は
どんな顔で
そこに現れるだろうか。
いつもみたいに笑うのか?
それとも――
困った顔か?
快のシャツを
指先で掴んでた然。
あんな顔を
させたいわけじゃないんだ――。
この階段、
こんなに短かったかな。
ガサッ……
茂みをかき分ける。
一面に星空が広がる。
目を閉じて
めいっぱい吸い込む。
丘の上に人影がある。
傍らには、
天体望遠鏡のシルエット。
「然……。」
安堵の声が漏れる。
「良かった。来てる……」
でも、
足が前に出ない。
「俺、緊張してるのか?」
ふぅっ……
息を吐く。
自販機コーナーの光が、
常連の俺を呼んでいる。
「……買ってくか。」
ポケットの中
チャリッと音がする。
押すボタンは決まってるのに、
数秒だけ
自販機と見つめ合う。
分かってるくせに
左から右へ、
つつつ……と
目的を探す指。
そして、
「ホットココア、と。」
押す。
ガタンッ!
取り出し口から缶を取り出す。
「あっちっち……」
小さく呟く。
これは――俺の癖だろうか。
――なんてね。
たかが缶を買うだけ。
ポエムチックに
出来るとは、
我ながら余裕だ。
――嘘である。
余裕なんてもんは
家に置いてきた。
早く丘へ上がれよ、俺。
安堵と緊張――
心がジェットコースターだ。
いつから俺は、
こんな
小心者になったんだろう。
―――――
レンズに張り付いてる然の姿。
「おいおい、
通常モードが過ぎるだろ……。」
俺の唇の端が
キュッと上がる。
何だか力が抜ける。
「――然、早いな。」
すっ……
然がレンズから目を離す。
「あぁ、朔。
なんとなく、
月白から見ようかなって。」
「月白?」
「――うん。
月が昇る前に空が白むんだ。
一言で言えば“夜空”だけど、
実は、
いろんな顔があるんだよ。」
「へぇ……。いろんな顔、か。」
然の足元に、腰を下ろす。
昨日と同じ空はない。
天気、
湿度、
風、
日々、
刻刻と変化する。
――まるで、俺たちだ。

レンズを覗き込む然。
大の字で寝転がる俺。
――静寂。
いつも通りだ。
間違い探しをするならば、
夜空に夢中だった俺たちは
今――、
別々のことを考えてる。
もう、元にはもどらない。
だって俺は
腹を括ったんだから。
単に
グズグズと
悩んでたわけじゃない。
俺にとって
然は、
かけがえのない存在だ。
一線を越えるなら
そりゃ考えもするだろう?
友達は永遠だ。
その美味しいカードを
手放す覚悟が
俺には必要だったんだ。

――首洗って待っとけ。
然が息を弾ませ
長い廊下を走っている。
聞き間違いか?
――いや。
確かに
朔はそう言った
ドクンッ…
ドクンッ…
身体の奥底から
俺を叩く音がする。
――こんなの知らない。
揺さぶる度に見える
朔の戸惑いが
俺には心地よかった。
ほんの一瞬だけ
微かに感じるんだ。
朔の心が発熱する
――刹那の匂いを。
……さっき、ヤバかった。
抱きしめられた圧力。
ゼロに近い距離。
朔の喉元の匂い。
密着した肌から伝わる、
まるで
侵食されるような
――温度。
もしも、
もしも、また、
あの熱量で来られたら、
俺は、
俺でなくなるかもしれない。
漠然とした
“不安”。
あるいは、
未知への期待か――。
「はぁっ……はぁっ……」
ぶっ倒れるまで
全速力で
振り切ってやりたい。
不安だの、
期待だの、
しょうもなくて嫌になる。
堂々と
裸の本音をさらけ出したい。
なのに
なんで
俺は
逃げてんだよ。
あのまま
押し倒してやれば良かったんだ。
なんで……

ドンッ!
「……痛っ!!」
抱きとめられる。
褐色に焼けた腕。
お日様の香りがする。
「然か!もー、危ねぇなぁ……。」
教室から出てきた快と
ぶつかったらしい。
「はぁっ……はぁっ……
んぐっ……はぁっ……」
口元を拭いながら
横目で快を見る。
ゆっくりと、
膝に手をつく。
「おい、然?大丈夫か?」
「はぁ……ゴクッ……わりぃ……」
快の腕を掴む。
そこから
よじ登るように
快を捕まえる。
口早に吐き出す。
「アイツ!
やっぱり!ムッツリだった!
煩悩まみれ!」
「は?」
「アイツ!朔だよ!
快の読み通り!
ムッツリ煩悩なんだよ!」
「プッ……ムッツリ煩悩って!
アイツ、
一体何やらかしたんだ?」
快が爆笑する。
掴んだ腕が
大きく揺れる。
もう一度、
快の腕を掴み直す。
指に力を込める。
「笑い事じゃねぇぞ!
危ない、アイツ!」
「アハハハ!
とんでもねぇな!」
「快っ!笑うな!マジだ!
アイツ――急になんなんだよ!」
「あー、パンパンになって
弾けちまったのかなぁ?」
「コラッ!快っ!
真面目に言ってんだぞ!」
「――おっと……。」
快がスイッと
俺越しに視線を上げる。
俺の手を、
自分の腕から
そっと外す。
「――ご本人と話すべきことだな。」
「え。」
「ほら、ご本人登場。」
顎で俺の後ろを指す。
振り返る……
というよりは、
覚悟を決めて
そろりと、
視線を向けた。

そこには、
腕組みして立つ朔がいた。
「ぅわぁっ!」
俺の毛が逆立つ。
バチッ!!
気のせいか?
今、朔と快に
火花が散ったような……。
指先で、
快のシャツを掴む。
――頼む、行かないでくれ。
朔が
軽くため息をつく。
「……別に取って食わないよ。」
チラッと
俺の指を見る。
あ……。
おずおずと、
快のシャツを放す。
「はい。後はごゆっくり!」
快の両手が、
俺と朔の頭を
無造作に撫でる。
「俺、トイレ。」
ヒラヒラと手を振り
行ってしまった。
廊下に
俺と朔が残される。
しん……。
賑やかなのに、
俺たちの間だけが
静かだ。
飲み込まれてしまう。
時計の針の音でも
聞こえてきそうだ。
……持ってないけど。
先に静けさを破ったのは
朔だった。
「さっきは、悪かった。」
絶対、悪いって思ってない。
口が尖ってる。
そんな顔で謝る奴、
小学校以来だ。
「別にいいよ。
何も気にしてないし。」
朔が眉をひそめる。
「気にしてない――か。」
いちいち
反応が怖いんだよ、もう。
「まぁ、微かに動揺はしてるさ。」
肩をすくめる。
「そか。悪い。」
朔が
頭をかきながら
続けた。
「――後で、いつもの丘、な。」
「……ん。」
―――――
丘に続く階段の前。
朔の目が
うっそうとした茂みの先を
見つめている。
いつもは然と二人で
駆け抜けていく、この暗闇。
深呼吸する。
ザクッ……
ザクッ……
一歩一歩、踏みしめる。
葉っぱの匂いが、
青臭い俺に
やけに優しい。
ここを抜ければあの丘だ。
然は
どんな顔で
そこに現れるだろうか。
いつもみたいに笑うのか?
それとも――
困った顔か?
快のシャツを
指先で掴んでた然。
あんな顔を
させたいわけじゃないんだ――。
この階段、
こんなに短かったかな。
ガサッ……
茂みをかき分ける。
一面に星空が広がる。
目を閉じて
めいっぱい吸い込む。
丘の上に人影がある。
傍らには、
天体望遠鏡のシルエット。
「然……。」
安堵の声が漏れる。
「良かった。来てる……」
でも、
足が前に出ない。
「俺、緊張してるのか?」
ふぅっ……
息を吐く。
自販機コーナーの光が、
常連の俺を呼んでいる。
「……買ってくか。」
ポケットの中
チャリッと音がする。
押すボタンは決まってるのに、
数秒だけ
自販機と見つめ合う。
分かってるくせに
左から右へ、
つつつ……と
目的を探す指。
そして、
「ホットココア、と。」
押す。
ガタンッ!
取り出し口から缶を取り出す。
「あっちっち……」
小さく呟く。
これは――俺の癖だろうか。
――なんてね。
たかが缶を買うだけ。
ポエムチックに
出来るとは、
我ながら余裕だ。
――嘘である。
余裕なんてもんは
家に置いてきた。
早く丘へ上がれよ、俺。
安堵と緊張――
心がジェットコースターだ。
いつから俺は、
こんな
小心者になったんだろう。
―――――
レンズに張り付いてる然の姿。
「おいおい、
通常モードが過ぎるだろ……。」
俺の唇の端が
キュッと上がる。
何だか力が抜ける。
「――然、早いな。」
すっ……
然がレンズから目を離す。
「あぁ、朔。
なんとなく、
月白から見ようかなって。」
「月白?」
「――うん。
月が昇る前に空が白むんだ。
一言で言えば“夜空”だけど、
実は、
いろんな顔があるんだよ。」
「へぇ……。いろんな顔、か。」
然の足元に、腰を下ろす。
昨日と同じ空はない。
天気、
湿度、
風、
日々、
刻刻と変化する。
――まるで、俺たちだ。

レンズを覗き込む然。
大の字で寝転がる俺。
――静寂。
いつも通りだ。
間違い探しをするならば、
夜空に夢中だった俺たちは
今――、
別々のことを考えてる。
もう、元にはもどらない。
だって俺は
腹を括ったんだから。
単に
グズグズと
悩んでたわけじゃない。
俺にとって
然は、
かけがえのない存在だ。
一線を越えるなら
そりゃ考えもするだろう?
友達は永遠だ。
その美味しいカードを
手放す覚悟が
俺には必要だったんだ。



