命を狙った皇帝のお飾り妃になりました―この謎、私が解決いたします―

皇帝の玉座がある朱龍殿(しゅりゅうでん)で、尚書省の長官、刑部の長官、その次官、審議の内容を記録する書記官、そして凌空と泰然が紫釉の入場を待っていた。
やがていつもの平服とは異なり、皇帝としての正装に身を包んだ紫釉と、その後ろを妃の格好をした由羅が続く。
由羅たちが入場すると、場内の人間が一斉に礼をしてそれを迎えた。
紫釉が玉座に座り、由羅はその後ろに用意された椅子に座って、事の成り行きを見守ることになっている。

これより魯楽雲の裁定が行われる。
現時点で、楽雲の罪状は翡翠妃殺害未遂容疑だ。
皇妃暗殺未遂事件という国家反逆罪に問われる大事件であるため、多くの貴族や役職者の前で公開裁判を行い、刑罰を言い渡すのが通例だ。

だが、紅蘆派の横やりを防ぐため、司法関係者を最小限にした上で皇帝直々の裁定とした。
同時に、由羅たちはこの裁定の場で、楽雲の妃候補怪死事件の罪についても追及するつもりだ。
妃候補怪死事件は表向き捜査が終了しているため、公での裁定は難しい。
そのため紅蘆派の息のかかった者を排除した、極秘裁定を行うことにしたのだ。
紫釉が着座すると、手錠を付けられた男が刑部の官吏に連れられてきた。
彼が楽雲(がくうん)だろう。
高く結い上げた艶やかな濃い紫の髪はほつれ、捕縛されてたった一日であるにもかかわらず、青白い顔には疲労が滲んでいるのが遠目にも分かった。

「皆、面を上げよ。これより、翡翠妃暗殺未遂事件についての審理を行う。凌空、状況の説明を」

今まで由羅が接した紫釉とは全く異なる口調と厳しい表情で紫釉が言った。
皇帝としての紫釉を垣間見た気がした。
紫釉の言葉を受けて凌空が淡々と状況を語った。

「先日の夜、翡翠妃の寝所に賊が忍び込みました。その数、4人。全員が捕縛されております」
() 楽雲(がくうん)、そなたが暗殺を指示した。その事実に相違ないか?」

楽雲はその言葉に弾かれるように顔を上げると、髪と同じ紫の目で紫釉をまっすぐに見つめて訴えた。

「恐れながら、身に覚えのないことでございます」
「そうか。では、凌空。証人をここへ」
「かしこまりました」

そうして凌空が目配せをすると、武官が昨日捕らえた刺客を連れて現れた。
楽雲は刺客を見ると一瞬だけ顔を歪め、怒りを孕んだ目で刺客の男を睨んだ。
そんな様子の楽雲を無視し、紫釉は刺客に向き直った。

「では男。そなたは翡翠妃の寝所に侵入し、妃を殺そうとしたことは分かっている。誰に依頼されて暗殺しようとしたのか証言せよ」
「このお貴族様に依頼されたんだ」

刺客の男の言葉に、楽雲は大きく首を振って否定した。

「わ、私はこんな男は知りません! この男が出鱈目を言っているのです!」
「はぁ? 俺が嘘をついてるってのか? ったく、妃なんてか弱い女一人簡単に殺せるって大嘘つきやがって。なんだよ、あの強さ。誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだよ!」

衛兵の目をかいくぐって皇妃の寝所まで忍び込んだのだから、相当の腕を持っている刺客だ。
普通の妃ならば殺されていてもおかしくない。

(まぁ、私は普通じゃないからね)

これでも暗殺集団などと言われている黒の狼の一員なのだ。
この程度の刺客に後れを取りはしない。
だが、刺客の男に向かって、楽雲は怒鳴った。
それは彼の内心の焦りを映しているかのようだった。

「うるさい! 私は貴様など知らない! 会ったこともない!」

その言葉に紫釉が静かに楽雲に尋ねた。

「ほう、そなたはこの男と会ったことはない、と。そう申すか?」
「はい! もちろんです」
「泰然、報告せよ」
「はっ」

何が起こるのか分からないという様子で楽雲は動揺している。

「主上の命を受け、2週間余り、魯家を監視した結果を報告いたします。魯家に頻繁に出入りしていた人物が数人おりました。(りゅう) 董夕(とうゆう)() 白鄭(はくてい)、そしてこの暗殺に来た男の3人です。他にも魯家に出入りしていた人物の名前、日時をまとめた調書がこちらにございますので提出いたします」

泰然が恭しく紫釉に調書を渡すと紫釉がそれに目を通す。

「確かに記録に残っている男の特徴と一致しているな」

妃候補怪死事件を追っていく中で、魯家の関わりが見えた際、紫釉が泰然と凌空に魯家の動向を探らせていた。
それが意外な形で役に立った。

「言い訳があるなら聞くが」

冷笑を浮かべて紫釉が楽雲に問うが、楽雲は何か言いかけて口を閉ざした。
苛立った空気から察するに、言い逃れの言葉が見つからなかったのだろう
それを見ながら紫釉はさらに言葉を続けた。

「さて、ここで沙汰を言い渡すところだが、ここからが本題だ」
「本題……?」

紫釉の言葉に楽雲は戸惑いの表情を浮かべた。
紫釉はそれを無視し、凌空に目配せをすると、凌空が柚子(ザボン)に似た果物を持ってきた。

「この果物に、見覚えはあるか?」

それを見た瞬間楽雲の顔色が明らかに変わった。

「い、いえ……」
「これは葡萄柚(グレープフルーツ)という外国の果物らしい。だが、おかしいな。これを土産に持って行くようお前が指示したという証言があるのだが」
「誰が言ったのか分かりませんが、そのような記憶はございません」
「……() 梓琳(しりん)をここへ」

紫釉が指示すると、武官と共に梓琳が裁定場に入って来た。
優美な足取りで入って来る姿は相変わらずの美しさだったが、瑠璃色の瞳には憂いと悲しみの色が滲んでいた。
その梓琳の登場に楽雲は息を呑んだ。
それを無視して紫釉は梓琳に証言を求めた。

「鄭 梓琳、証言せよ。この果物を土産に持って行くよう指示したのは誰だ?」
「楽雲様でございます。珍しい果物が手に入ったので、紅玉薬と一緒に持って行くようにと命じられました」
「魯 楽雲。この証言をそなたは否定するか?」

静かに告げる梓琳に対し、楽雲は目をぎょろつかせ、真っ赤な顔で梓琳を睨む。
だが、紫釉が楽雲に問うと、彼は取り繕ったような笑顔を貼りつけ、大仰に頷いた。

「あ、ああ思い出しました! 確かに外国の珍しい果物だとか。私一人で食べるのも勿体ないと思い、梓琳の友人に持って行くよう言いましたね」

楽雲がいけしゃあしゃあと言うのを由羅は腹立たしく思いながらその様子を見ていた。

(どの口が言うわけ?)

怒りでむかむかしている由羅に対し、紫釉は冷静に楽雲を尋問した。

「梓琳、お前が紅玉薬と葡萄柚を土産に持って行くように言われた時、誰に会いに行くか楽雲は知っていたか?」
「はい。紅玉薬を持って行く際には、誰に会うかを報告してから持って行くように命じられていましたから」
「楽雲、そうなのか?」

紫釉が問うと、楽雲は視線を逸らしたまま、苦々しい表情で答えた。

「はい。そうでございます……」
「つまり、そなたは特定の人物に紅玉薬と葡萄柚を持って行かせることができることになるな」
「そう……なりますね」
「この“特定の人物”は4人。(やん) 翠蓮(すいれん)(れい) 霜月(そうげつ)(きょう) 瑤琴(ようきん)() 紫霞(しか)。いずれも妃候補だ。これは偶然とは思えない。なぜこの4人に紅玉薬と葡萄柚を持って行くように指示したのだ?」

事件の核心に迫る紫釉の追及に、楽雲はたどたどしく答えた。
眼球がせわしなく動いている様子から、楽雲が内心焦っている様子が伝わってくる。

「それは……主上にはより美しくなった女性を妃として迎えてほしいと思いまして、美肌に良いと聞いたこの2つを贈ったまでです」
「なるほど。だがその妃候補は全員死亡した」
「それは……病気だったと伺いましたが」
「そうだな。表向きは」

紫釉は薄く笑うと凌空に視線をやり、再び指示をした。

「凌空、例のものを」
「はい、かしこまりました」
「楽雲、喉が渇かないか?」
「え?」

突然話題が変わり、楽雲は話についていけないようで、気の抜けた声を漏らした。
そうして差し出されたのは果汁を絞った黄色の液体と、赤い硝子の小瓶に入った薬だった。
それを見た瞬間、楽雲の表情は戸惑いから、強張ったものへと変わった。

「一つは葡萄柚の絞り汁、もう一つは紅玉薬だ。両方ともそなたが梓琳に、妃候補の4名に持って行くよう指示したものだ。さぁ、この二つを飲んでみるといい」
「そ……それは」
「どうした、飲めぬか?」

紫釉は畳みかけるようにそう言って飲むように促すが、楽雲は口を引き結んだまま、微動だにしない。
いや、動けなかったのだ。

「この二つを一緒に口にすると死ぬと知っているから飲めぬか?」
「!」

楽雲の顔は蒼白になり、息を呑んだ後、絶句した。
紫釉は背筋が凍るような冷徹な瞳で、口元に薄く笑いを浮かべながら楽雲を見下ろしていた。

「彼女たちは、死亡前にこの2つを摂取していた。一つは紅玉薬。もう一つはこの葡萄柚だ。先ほどの証言から、お前は葡萄柚と紅玉薬を渡せる人間を特定できた。つまり妃候補4人を狙って殺すことが可能だった。……お前が梓琳に指示してこの2つを渡し、妃候補たちを殺したのではないか?」

「そんな滅相もない! 偶然です。現に私も葡萄柚を食べたことがあります。梓琳は紅玉薬を飲んでいる。それぞれを口にしても問題がない代物ですよ。2つを口にして死ぬなど誰が思いましょうか?」
「では何故この2つを飲まないのだ?」
「それは……」
「お前はこの2つを一緒に口にすると死ぬと知っている。だからお前は今この二つを飲めないのではないか」

核心を突いた紫釉の鋭い言葉に、楽雲に逃げ道がないことが誰の目にも明らかだった。
追い詰められた楽雲は突然地面を叩きながら、大声をあげて叫んだ。

「ああああああ!」
「魯楽雲。翡翠妃暗殺未遂および妃候補怪死事件の犯人として、むち打ち刑に加え、四肢切断の後、極刑に処す。また、魯家の財産は没収とする」

全てが終わった。
真実が明らかになり、犯人である楽雲は報いを受けることになった。

(これで、樹璃様も……そして遺族の方々の気持ちも楽になるといいけど……)

由羅はそう願わずにいられなかった。
だが、量刑を聞いた楽雲の顔は見る見るうちに青ざめ、ぶるぶると震え出した。

「くそおおおお! あのじじい、絶対バレないなんて言いやがって! ……そうだよ、私は悪くない……全てあいつが悪いんだ。私は騙されただけだ……ははは、そうだよ悪いのは全部あいつだ」
「どういうことだ?」

突然叫び出した楽雲の発した言葉に、紫釉も、そしてその後ろで話を聞いていた由羅も怪訝な表情となった。

「私は……騙されただけです! 妃候補の元に葡萄柚と紅玉薬を持って行けと言われたんですよ!」
「言われた? 誰に言われたのだ?」
「名前は知りません。ただ、この二つを食べさせれば殺せると……! 葡萄柚と紅玉薬を扱う商人を紹介するから、そいつから買えと。話は付けておくと言って、ジャタイという商人を紹介してくれました」

それは楽雲に合食禁を使った殺人を指示した人物がいることを示唆する。

「でもそいつに会ったのだな。どのような人物だ? なにか特徴があったか?」
「顔は見ていません。会う時には紗の窓幕(カーテン)越しに話すだけでしたから」
「男か? 女か? 年齢は?」
「かなり年を取った男でした。一度だけ後ろ姿を見たことがありますが、白髪で、歩き方が少しぎこちなかったのを覚えています」

その言葉を聞いた由羅の頭の中に、一人の人物が思い浮かんだ。

(まさか……)

動揺する由羅の思考を楽雲の叫びが断ち切った。

「陛下、お願いです! 極刑だけはお許しください!」
「泰然、連れていけ」
「御意」

泰然は礼をした後、楽雲を乱暴に立たせて裁定場の出口へと向かった。

「死にたくない……死にたくない!」

楽雲はそう叫びながら、引きずられて裁定場から姿を消したが、彼の命乞いの声だけがいつまでも遠くから響いていた。
それを打ち消すように、紫釉は威厳のある声で宣言する。

「今日の裁定はこれまでとする」

こうして裁定は終わりを迎えた。
真犯人の存在を示唆して……。